第35話 抜け落ちた霊視②
遺影の中の香織ちゃんは、眩しい位の笑顔で映っていた。喪主には父親が涙を堪えながら項垂れ、義母のおばさんはハンカチであふれる涙を拭っていた。
克明さんと言えば、放心状態のまま固まり無言のまま涙を流していく。そして心配そうにする若き日の間宮さんもいた。
祖父を生まれる前に亡くし、父を早くに亡くした小学生の僕にとって、これが生まれて初めて物心がついた時に行われたお葬式だった。
『もう、香織おねぇちゃんにあえないの?』
母さんは、寂しげに頷くと僕を促す。
子供にとって、ご遺体と対面するなんて普通なら恐怖を感じるだろうけど、僕にとって死者が視える事は日常で、恐怖を感じる事は他の子達よりも少なかった。
ばぁちゃんに『視る』事を制御する事を教わるまでは、生きている人間と死者を見間違え区別がつかないほど鮮明だった。親族以外の人たちには随分と不気味がられ、嘘つきだと言われてトラウマになっていたが能力を無くせる訳もなく視ていた。
棺に入った香織ちゃんに近づくと、僕は彼女の顔を覗き込む。
間宮さんの話ではめった刺しにされたと言うが、顔には外傷は無く、
何度もいうがその頃の僕にとって、生も死も境目がなく死んだ人に逢えなくなると言う感覚も、理解できていなかった。
だから、僕は何も考えずに無意識に霊視をしてしまった。どうして香織ちゃんと逢えなくなるのか、ちゃんとした理由が知りたかったからだ。
セーラー服姿の、香織ちゃんは学校の部活が終わると足取りも重く歩いていた。
文化部と運動部を掛け持ちしていた彼女は文化祭の時期になると、朝は早く帰りが遅くなる。バスの時間に間に合わない時は、克明さんの車で自宅まで帰っていた。
だが、今日は克明さんと喧嘩をしてしまって迎えの車が来なかった。
両親とも進路の事で揉めていて、しかも再婚相手の義母に迎えを頼むことも、彼女は遠慮してできなかったのだろう。
最終のバスにも乗り遅れた彼女は暗い夜道を歩いていた。街灯もほとんど無い夜道を、中学生の女の子が一人で歩くと言う事は、たとえ田舎でも、いや田舎であるからこそ危険だと思う。
けれど、香織ちゃんの心の中はこの暗い夜道よりも帰宅する事のほうが、何故か彼女の心を重くしていたようだ。
ぽつり、ぽつりと見える島の街灯。
その明かりを頼りに、香織ちゃんは家路を急いだ。
今日は島の誰ともすれ違わず、あの小道の入口で立ち止まった。
ここを通れば、彼女の自宅までショートカットが出来るが、周りは森で囲まれていて今よりも当時は
僕の学生時代にも、痴漢や変質者が現れるような場所だったが、暫く迷うような素振りをして来た道に視線を向ける。
そして香織ちゃんは、何かに怯えるようにして小道に逃げ込んだ。
そこから、香織ちゃんは何度も後ろを振り返り足を早めた。
背後から、何者かの足音と鼻息が聞こえる。怯えたように彼女は走り始めたが、二つに束ねた髪を捕まれ、引き倒されると香織ちゃんめがけてナイフが振り下ろされた。
悲鳴をあげる少女の口を塞いで、フード姿の男は何度も刃物で彼女を刺した。動かなくなった香織ちゃんを覗き込むと、男はぺンチを持ち出して、香織ちゃんの口に突っ込んだ。
――――そして、男がゆっくりとフードを取る。
――――雲から顔を出した満月の光が、男の姿を炙りだした。
僕はあまりの事に絶句する。なぜなら犯人は見たことがある人物だったからだ。
――――そう、返り血を浴びて奥歯を大事そうにハンカチで包むその人物は……香織ちゃんの父親だった。
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁあ!!!』
僕は香織ちゃんが殺害される様子を全部視てしまい、その犯人がこの場所にいる恐怖で父親を指差したまま絶叫してしまった。
錯乱する僕を、ぱぁちゃんが走りよると抱きかかえて遺族に頭を下げながら会場を後にする。霊視をしてしまった僕を叱りつける事も無く、無言で抱きしめてくれていた。僕が陰惨な殺人を無意識に視てしまったのだと悟ったんだろう。
『
その後、遺体を見た子供が錯乱してしまったことを侘びながら母さんが足早にその場を後にしたようだ。
僕は、あまり陰惨な出来事と恐怖で記憶を封印してしまったのだ。
僕の霊視は途切れず、さらに車の中で手袋をした男が車のハンドルに手をかけながら様子を伺っている視界をジャックした。
梨子と間宮さんが構内から出てきたのをじっと舐めるように監視し、二人で乗り込んだ間宮さんの車を追うように走り出した。
何故、犯人が香織ちゃんを殺したのか理由はわからないし、犯人がどうして二人をつけているのか分からない。
だが、犯人の中で僕たちと香織ちゃんが結びついてしまったのだ。
――――もしかすると、僕が葬式の席で絶叫してしまった事を、犯人は思い出したのかも知れない。
十五年も経ってあの時、自分を指差して、絶叫した霊感少年が、霊視で克明さんを救うためだと言って自分の元に訪れたとしたら、犯人はどう思うだろう。
少なくとも内心、穏やかでは無いはずだ。
その霊感が本物ならば、僕が犯人の顔を視たと勘違いされてもおかしくない。散々霊現象をこの目にしているんだから、オカルトを信じない人間でもやましい事を見透かされたのではないかと、疑心暗鬼になってしまっている可能性は高い。
意識を失っている僕は良いとして、僕と共に行動している梨子と間宮さんが、自分を嗅ぎまわっていると思い込んでしまったとしたら、二人が危ない。
「――――梨子!」
僕は、思わず叫んで飛び起きた。
気付けば腕には、点滴や機械がつけられ病院のベッドの上に自分が寝かされている事に気付いた。
隣には僕の声に驚いて硬直する琉花さんの姿が見える。
何故彼女がここにいるのかと色々と突っ込みたいが、今はそれどころじゃない。
「お、おはよう……」
「真砂さん、車ある? あるなら貸して!」
真砂さんは硬直したまま頷いた。
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