太陽の剣

刀綱一實

最初の冒険

第1話 詐欺師は少女の逆鱗に触れる

「なんであそこだけ、人だかりができてるんだ?」

「これから、王妃の霊を呼ぶんだってさ」

 

 顔立ちの整った銀髪の若者に問われて、アイラは答える。久しぶりに連れがいない食事を楽しんでいたのだが、思いもよらず話しかけられてしまった。男の感じが悪くなかったので、相手が卓に寄ってきても何も言わなかった。


 港町の特徴を生かして、新鮮な魚を調理してくれる食堂にアイラはいた。食堂と言っても金を持っている学生や貿易商を客層としており、内装にも食器にも金細工がほどこされ、給仕の服にも金がかかっている。それを維持するためか、店の隅にはいくつか賭け事ができる卓が設けられていた。


「……まさか私の卓に寄ってくるとはね。口説いてみる?」

「俺、子供には興味ねえ」


 そっけなく言われ、アイラは眉をつり上げた。確かにアイラは背が低い。若者と比べると頭ふたつは低い。目尻がつり上がっていても瞳は大きく顔は小さいし、派手な金の髪を頭の後ろで高くまとめているのも落ち着きに欠ける印象を与えるだろう。


 しかし手足には適度な筋肉がついており、細くすらりとしていて子供のそれではない。その上、薄く化粧をしている。だから立派な淑女であるのだ──と唾を飛ばして主張すると相手は肩をすくめてみせた。


「唾を飛ばす淑女がいるかよ。王妃の霊に、礼儀作法でも教えてもらえ」

「あんな霊媒、嘘に決まってるでしょ。店とも関係ないし」


 あるときは死んだ祖父だの祖母だのを呼び出し、ありきたりな言葉を述べて涙を誘う。またあるときは高位の存在からの伝言と称して怪しげな予知や忠告を行い、不安をあおる。いずれにしても犯人の目的は金銭で、霊能者なんて大したものではないのだとアイラは説明してやった。男はそれを聞いて鼻を鳴らす。


「その程度か。しょうもない詐欺なら俺が揉んでこようか」

「やめなさい。下男が衛兵を呼びに行ったから。直に本職が来るから、そっちに任せとけば安全よ」


 アイラはそう言ってから、店内をあずかる給仕を呼び寄せた。出会った記念に若者に一杯おごってやると、彼は相好を崩して喜ぶ。そしていい気分になったまま賭けをすると言って、店の奥に消えていった。

 

 さっきまでの男の怒りは酔いにまぎれそうで、アイラは安堵の息を吐いた。せっかく田舎から遊びに来たのだろうに、要らぬもめ事を起こす必要はない。


 そして改めてひとりになってから、アイラは怪しげな霊媒を観察する。女性だとはわかるが、年は厚い化粧でよくわからない。子を何人か産んでいておかしくないくらいには見えた。


 彼女は意味ありげに黒い外套を身体に巻いてかたく結び、ついている卓の上に真っ白な紙を広げていた。外套はともかく白い紙は高級品だ、元手がかかっている。相当巻き上げてやるつもりで意気揚々とやってきたのだろう。


 しかし、今のところ彼女は集まってきた人間に、適当な世辞を言って喜ばせる程度だ。客もせいぜい、飲み代で軽くなった財布から小銭を落とすくらい。いったい彼女はどうやって、大金を引っ張り出すつもりなのだろうか。


 アイラがいぶかっていると、足音高く席へ戻っていく男がいた。見ると、さっき酒をおごってやった奴である。いつの間にか男の隣には連れがいて、笑いながら彼の後を追っている。


「だからやめろと言ったでしょう。博打なんて、どうせ負けがこむに決まってるんだから」

「お前の小言は聞き飽きた」

「何度も言ってあげる情に感謝してもうやらないことですね。店員だって、もうあなたの怒った顔は見たくないと思ってるでしょう」


 友人……なのだろうか。それとも親戚だろうか。同年代かつ同じような銀髪をした連れにたしなめられた男は、元々きつい傾斜を描いていた眉をさらにつり上げた。


「俺の勘は確かなんだ……数字が光ったんだ……」

「欲にまみれたらどんな勘も無意味ですよ。そもそも確率が低すぎて当たるとはとても思えません」


 面白いのでその話を傍らで聞いてみる。男が挑戦した賭けは「数字当て」のようだ。中身が見えない箱の中に一から五十までの数を書いた札があり、客はそのなかから好みの五つを選ぶ。箱の中に手をつっこんだ店番がひいた番号が予測と一致すれば、金がもらえるという単純な賭けだ。


 誰にでも出来るが、なかなか元は取れないように設定されていた。全て的中すれば高額となるが、それは何億分の一の確率である。あの男も挑戦したが、運は彼に微笑まなかったようだ。


 そんなことを考えながらアイラが男たちを見ていると、唐突に霊媒師が席を立った。人混みをかきわけてまで歩いて行く。彼女が目をつけたのは、さっきの銀髪の男たちだった。霊媒師は無理に彼らと同じ卓に座ると、やおらしゃべり始めた。


「……未来が見られるとしたら、どうするね?」

「はあ?」

「そう言われましても。神官でも無理なものが、あなたに見えるワケがないでしょう」


 常識外れの言葉に、男たちの対応は冷ややかだった。アイラからインチキだと聞いているほうの男など、できるだけ関わりたくないと言わんばかりで露骨に身体を斜めに向けている。それでもなお、女は退去せず勝手に白い紙を広げた。


「確かに私は神官じゃないさ……でも、霊媒だ。とっても頼りになるお方が、後ろについているんだよ」

「へえ。どなただい?」

「アーユシ様さ。アーユシ・フィーリア・レーギス様。知らない名前じゃないだろう?」


 男たちが顔を見合わせた。話を聞いていたアイラの中でなにかが音を立てて切れる。できるだけ静かに席を立ち、足音を立てないようにして、ちょうど到着した衛兵たちに近づく。


 アイラの顔を知っている兵たちは「ここで何をやっている」という顔になり、惜しむことなく厳しい視線を投げかけてくれた。それをいなすようにして、アイラは彼らに取引をもちかける。


 その間にも霊媒師と男の話は進んでいた。


「知ってる。知ってるがよ」

「……先日亡くなったばかりの王妃様のお名前ですよ。みだりに口にして良いものではありません」


 厳しい顔で男たちがたしなめても、霊媒師はどこ吹く風だ。


「と言ってもねえ。あたしは、霊が名乗るのを信用してるだけだから。実際に未来を見通す神通力もお持ちのようだし」


 霊媒師は自慢げに白い紙を机の上に置いた。そして、懐からもったいぶった仕草で紫色の小瓶を取り出す。瓶は透明だったため、中に液体が入っているのが見てとれた。


「この水がアーユシ様との媒介さ。これさえあれば、この世のありとあらゆることがわかる。あの箱から次に出てくる番号を当てることなんて簡単……」

「おい、本当だろうな」

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