第7話 アルフェリア 5

「それより、この森で何をしていたの?」


「俺か? 俺は、魔獣に襲われた冒険者のパーティーを助けるためにギルドからの依頼で来ていた」


「その、襲われたパーティーは何処?」


「俺が囮になっている間に、彼らなら先に逃げたよ」


「ふーん、嘘じゃない様だけど。なんか、きな臭いわよ」


「君こそ、一人この森で何をしている? 間者の仕事でもしているのか?」


「違います、修行です」と、言い切ると足を開いて偉そうに胸を張った。


「ふっ、修行か? こんな所で修行するなんて君は何者だ? もしかしら魔族の勇者とか?」と、冗談半分で笑いながらクリスが話すと、カレンは真っ赤になって下を向いた。


「ゆ、ゆ、勇者です。私は、魔族が信仰する武の女神アテーナの加護を受けたから、強くならないといけないのよ」


「そうか、笑ったりして悪かったな。強くなりたいのは、君の意思か?」


 真っすぐクリスの目を見つめながらカレンは、「はい、私の意思です」


「そうか、偉いな」と、笑顔でクリスはセレナの頭を撫でた。


「こ、こ、子ども扱いしないで。十七歳の大人なんだから」


「ごめん、ごめん。それよりこれからどうするの? 俺は町に戻るけど、君も一緒に来るか?」


「いいえ、一緒に行動する仲間が、少し離れた所で野宿の準備をしているの。それに、ダンディルグに戻らないといけないし」


「ここからダンディルグまでは、早くても二か月は掛かるぞ。長旅になるな」


 クリスは何かを思い出した様にショルダーバッグの中をゴソゴソと調べ、何か小さな物を取り出した。


「君の裸を見たお詫びにこれをあげるよ」


 カレンは乳白色の石がはめ込まれた指輪をクリスから受け取った。


「この指輪? 力を感じるけど」


「それは、護りの指輪。何か危険なことがあれば、君を助けてくれるよ。まあ、君の裸を見た代償としては、安いかもしれないけど」


「代償としては、まだ、足りないわ。でも、せっかくだから貰っておきます。有り難う」


 カレンは、指輪を握りしめると小さな笑い声が漏れる。魔獣をも一人で倒せる勇者の彼女に言い寄る男性は皆無だ。しかも、身の安全を気にかけてくれるクリスは、彼女からすると始めて会うタイプの男性で興味が沸く。


 変な人だな。勇者と知れば、普通は驚くものよ。

 クリスは、普通じゃないのかしら。

 それなら私の動きを止めた彼は、勇者より強い? 

 彼は、一体何者なの?

 考え事をするカレンの前でクリスは片膝を付き、彼女の手を取った。


「お嬢さんに女神の祝福を、君との出会いに感謝する。それとこれからの旅の無事を祈るよ。じゃあ、俺は帰るから。元気でな、またどこかで会えると良いな」


 彼女の手の甲にキスをした後、ジャブジャブと川を渡りながら手を振るクリスにカレンは、「もちろん、きっとまた会えるわ。その時は、ちゃんと責任取ってもらうから」


「良いね。その時は、責任取ってやるよ」


 クリスにとっては、何気ない別れ際の言葉だった。この出会いは、二人にとって忘れられない印象的な出会いになる。出会いと別れとは、時として偶然が重なり必然となる場合がある。この先再びカレント出会う事になろうとは、クリス考えもしなかった。


 ギルド会館に戻ると、疾風の戦団のメンバー四人が部屋の真ん中で、スライブにこっぴどく説教されている。周りを取り囲む野次馬からも馬頭ともとれる厳しい言葉が投げられていた。クリスは報告の為に群衆をかき分け、輪の中心で足を止めた。


「もう、それぐらいにしてやりなよ。十分、反省していると思うよ」


「戻ったか、私の部屋で報告を受けるから、後で来なさい」と、説教を終えたスライブは館長室へと戻っていった。


「まあ、みんな無事だし。問題は解決したから、これでお開きだ」


 疾風の戦団を取り囲んでいた群衆は、解散していく。日が暮れて来たのでギルド会館を出て行く者、受付カウンターで話の続きを始める者、そのまま仲間と一緒に留まり談笑する者など。クリスを前にする疾風の戦団の四人は揃って頭を深く下げた。


「助けてくれて、本当に有り難うございました」、四人が声を揃えた。


「若気の至りだよな。今後、無謀な挑戦はするなよ」


「わ、分かりました。俺、自分がいかに未熟だったか身に染みて理解しました」、アルフが唇を噛みしめながら涙ぐんでいた。


「自分の手の傷で分かるだろう。俺に勝てないのに魔獣に勝とうなんて百年早いわ・・・なんてな」と、クリスはおどけて見せた。


「あの・・・、どうやって逃げて来たのですか? 魔獣を倒してきたのですか?」と、魔法使いのメルが上目遣いでクリスを見つめた。


「倒すなんて危ない事はしないよ。追いかけてくる魔獣を振り切って逃げて来た。途中で奴は諦めて寝床に帰ったから」


「素早い魔獣を振り切るって・・・並みの身体能力じゃないと思うのですが」


「ほら、その、身体能力強化の魔法を使ったんだよ」


「そんな魔法、聞いた事がありませんけど」


「あるんだ、騎士の家に伝わる秘伝と言うやつだよ」


 クリスは何とか誤魔化した。本当は創造神の力の一部を活用したのだが、素直に話せる事では無い。彼は出来るだけ自分の能力を他人に見せないようにしている。詮索されるのも嫌だし、面倒な仕事を依頼されるのも嫌だったからだ。


 エルフのチェッカはクリスに、助けてもらったお礼に夕食を御馳走したいので、館長との話が終わったらプルートの店に来て欲しいと告げると、仲間を連れてギルド会館から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る