第4話 アルフェリア 2

 メイン通りにある二階建ての重厚な石造りの建物は、この町のギルド会館だ。クリスが扉を開けると、大勢の冒険者と商人達がカウンターで職員と話したり、掲示板に貼られた仕事を見ていたり、部屋にあるテーブルを仲間と囲んで談笑している。


「お早う、リリ。今日の制服姿も良いね。短めのスカートが似合っているよ」


「お早うございます、クリス様。恥ずかしいので、あまり足を見ないでください」


 ギルドで働く女性は、紺色のブレザーを制服として着ている。男性は普段着やら好きな格好をしているのに。


 クリスが受付嬢のリリと話をしていると、怪我をした犬系獣人の女性冒険者がギルド会館に飛び込んできた。血の付いた革の鎧の表面には、獣の爪痕が残る。


「仲間が、やられました。誰か、応援をお願いします」


 彼女の近くに居た熟練専従者のトルカが仲間の魔法使いを呼び、彼女の怪我を治療し始めた。


「少し落ち着きなさい、深呼吸をしてから詳しい内容を話そうか」


「有り難うございます。私は、疾風の戦団に所属するポポルです。仲間と一緒に名もなき森の害獣駆除をしていたのですが、奥に入り過ぎて魔獣に襲われてしまいました。仲間は、まだ戦っています。獣人で足の速い私が、応援をお願いしに来ました。」


「そうか、応援に参加する者は居ないか?」


 その場にいた全員が戦う相手は魔獣だと聞いて、しり込みしてしまった。


「誰も居ないのか、そうだよな。ポポル、すまないが応援は無理だ。魔獣に出会った場合、戦うのではなく普通は逃げるのだが。今すぐ、戦いを止めて逃げるように伝えてくれ」


「駄目なのです。逃げられないのです」


「何故? 逃げられない理由は何だ」


 彼女の所属する疾風の戦団が犯したミスは、偶然魔獣に遭遇したのでは無く、自分達の力を過信するあまり洞窟で見つけた魔獣にちょっかいを掛けてしまった事だった。その際に仲間の剣士と魔法使いが洞窟内に取り残されてしまい、逃げられなくなった。正直に話してしまうと、自業自得とばかりに誰にも相手してもらえない事を分かっていた。


 騒ぎを聞きつけたギルド館長スライブが建物の奥から姿を現した。


 彼は、細身で背が180センチと高い。眼鏡の奥の鋭い瞳と彼の着る黒色の詰襟シャツ姿は、冷酷なイメージを彷彿させるアラサーの男性だ。


「何の騒ぎだ? 問題でもおこったのか」と、クリスの前に立つ受付嬢のリリに尋ねた。


「スライブ館長、彼女のグループが魔獣に襲われたようです」


「魔獣に? 名もなき森の奥の魔獣の事か?」


「そのようです、今も交戦中だから応援が欲しいと話しています」


「なら、クリス。お前が行ってこい」


「はぁー、ブロンズの三ツ星の俺が受けて良い仕事じゃないだろ」


「館長命令だ、お前しか居ないだろ」


 スライブとクリスの話しに中堅クラスの剣士ランドが割り込んできた。


「館長、ウィムジーにその仕事は無理でしょう」


「なら、シルバーの二つ星のお前が応援に行くのか?」


 ランドの顔から血の気が引いて行く。魔獣を相手にするには、通常、騎士団や冒険者など最低でも五十人近い兵力が必要だ。それをせいぜい五、六人の冒険者達が助けに行った所で相手になるどころか、逆に巻き添えを食って命を落とすのが関の山だ。


「正直に言うと、無理です。俺には出来ない仕事ですよ」


「馬鹿正直だね、ランド。そんなんだから、その年になっても結婚できず、女に騙されるんだよ。人が好過ぎるよ」


「茶化すなよ、ウィムジー。だから、お前が行っても足しにならないと言っているのだ」


「ランドの言う通りだよ。それでも行けと言うのか、館長」


「うむ。元でも王国騎士は、窮地に立たされる仲間を見捨てない」


「こんな所で、それを持ち出してくるのか。反則だな」


 ブロンズの三ツ星が元王国騎士だと言う館長の発言に、周りに居た者たちがざわめき始める。幼少から騎士になるために体術や剣術を習い、戦場で戦っていたのなら弱くてもランドと同じシルバークラスの実力者だからだ。しかも、館長が指名するほどなの実力は、どれ程のものなのか周囲で関心が高まる。


「なんだ、ウィムジーのお前は、元騎士か? どこの国だ?」と、熟練冒険者のトルカが目を細めた。


「クリスは、元フリント王国の騎士だ。最前線で戦っていたはず」と、館長が答えてしまった。


「おしゃべりが過ぎるぜ、館長。ギルドでの個人情報の管理はどうなっているんだよ」


「お前、最前線で戦っていたのか。なのに、なぜ生きている?。フリントとグランベルノの戦いで起こった最前線の消滅は、有名だぞ。その生き残りというのか?」


「はい、はい。トルカ、人の詮索はそこまでにしてくれ。俺は、何千もの兵士が消滅した最前線の生き残りだよ。まあ、運が良かっただけかな」


 受付カウンターにもたれながら話すクリスを全員が信じ慣れない目で見つめた。

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