048 ラストナイト

 龍斗はしばらく固まっていた。


「えっと、その、それは……」


 仁美の告白が予想外過ぎて、言葉が出てこない。


「最初はちょっと気になる程度だった。いつからかは分からないけど、それが好きって気持ちなんだと気づいた。でも、私と龍斗の間には年の差がある。だから諦めていた。だけど、やっぱり言っておきたい。後悔しないように。だから言ったの」


 仁美は改めて口にする。


「龍斗、私は貴方のことが好き」


 龍斗は頭の中が真っ白になっていた。今の今まで、彼は仁美のことをそういう相手として見たことがなかった。


 彼にとって仁美は仲間である。PTで共に戦う仲間。そして、親友だ。


「俺は……その……」


「分かってる。私のこと、そんな風に見たことはないんでしょ」


「そ、そうなんだよ」


「私もね、恋人になってほしいと思って告白しているわけじゃないの」


「えっ?」


 龍斗には意味が分からなかった。


 てっきり告白だと思っていたのだ。


 夏祭りで愛果がしたように。


 だが、それは間違いだった。


「私はこれからお父さんと過ごすことになる。そうなったら、龍斗とは会えないと思う。だから、そうなる前にずっと隠していた気持ちを伝えた。それだけなの。別に恋人になってほしいとかそういうつもりじゃない。だからね、もし龍斗が今後、他の子と付き合ったとしても気にしないよ。それに、そういうことを制限しようとも思っていないから。ただ、私の気持ちを伝えたかっただけだから」


「なるほど」


「ポポロが別れ際に私に言ったセリフ、覚えてる?」


「いや……なんだっけ?」


「自分の気持ちに正直になれって」


「あー」


「あれはこのことを言っていたの。ポポロね、ああ見えて、私が龍斗に惚れているって知っていたんだよね。私は一度もそんな話をしたことがないのにさ」


 ポポロの一言が仁美を後押しした。


 自分の中で留めておこうと思った気持ちを伝えさせたのだ。


「じゃあ、俺は、どう答えたら……」


「素直に『ありがとう』でいいんじゃない?」


 ニヤリと笑う仁美。


「こんな美人なお姉さんに好きって言われて嫌な気なんてしないでしょ?」


「まぁ、そうだな」


 龍斗は頷き、笑みを浮かべて仁美を見た。


「ありがとう、仁美。すごく嬉しいよ」


「うん!」


 ◇


 その後、二人は旅館で過ごした。


 大浴場で風呂を満喫し、専用の個室で食事を楽しんだ。


 そして、夜がやってきた。


「ねぇ龍斗、今日は一緒の部屋で寝てもいい?」


 食事を終えて部屋に戻る道すがらで仁美が言う。


 二人は普段、別々の部屋で夜を過ごしていた。


「一緒の部屋? かまわないけど、布団を並べて寝るのか?」


「そうじゃないよ」


 仁美は自身の腕を龍斗の腕に絡めた。


「最後だから一緒の布団で寝たいなって」


「――!」


 龍斗の歩行がぎこちなくなる。


(一緒の布団だと……!)


 瞬時に邪な妄想が脳裏によぎった。


「一応言っておくけど」


 仁美はニヤニヤして、覗き込むように龍斗を見る。


「拒否権、ないから」


 ◇


 有言実行。


 その夜、仁美は龍斗の部屋で寝ることにした。


 もっと言えば同じ布団で……。


「私のワガママに付き合ってくれてありがとうね」


「べ、別にいいよ、どうってことない」


 一人用の布団で向かい合うように寝そべる二人。


 両者の顔は目と鼻の先にあり、息が顔にかかった。


 どちらの心臓も普段より激しい鼓動を刻んでいる。


 心なしか体は火照っていて、顔は赤くなっていた。


「ついでだからもう一つ、ワガママを聞いてよ」


「なに?」


 龍斗がそういった瞬間、仁美は動いた。


 自分の唇を龍斗の唇に重ねたのだ。


「この夜が明けるまでは恋人として扱って」


 頬を赤くしながら言う仁美。


 その吐息は熱い。


「分かった」


 龍斗は頷き、今度は彼のほうから唇を重ねた。


 目を閉じ、舌を絡め合う。


 濃厚なキスが終わると、仁美が言った。


「私、ポポロみたいに強くないから、明日は龍斗が起きる前に此処を発とうと思うの。そうしないと、いつまでも前に進めないで立ち止まっちゃうから」


 それに対して龍斗が答える前に、彼女はキスを再開する。


 二人だけの夜の時間が流れた。


 ◇


 翌朝。


 目を覚ますなり、龍斗は素早く体を起こした。


 窓ガラスに全裸の自分が映っている。


 慌てて服を着て、室内を見渡す。


 そこに仁美の姿は見当たらなかった。


「仁美!」


 部屋を出て、仁美が使っていた隣の部屋に向かう。


 その部屋にも仁美の姿はなく、チェックアウトは済んでいた。


「本当に俺が起きるより前に行っちまったか」


 龍斗はトボトボと自室に戻り、スマホを手に取る。


 仁美にメールを送ろうとしたところで手が止まった。


 送ってもいいのだろうか、という疑問を抱く。


「知るものか!」


 それでも龍斗はメールを送った。


(送らないで後悔するくらいなら、送って後悔してやる)


 震える手で文字を紡ぎ、送信する。


 彼のメールは一言『今までありがとう』のみ。


 返信はすぐにあった。


『こちらこそありがとう』


 それから。


『大人の女も悪くなかっただろ?』


 ニヤリと笑うサングラスをかけたキャラの絵文字付きだ。


 龍斗は「やれやれ」と苦笑いを浮かべ、部屋に戻る。


 仁美との冒険が終わった。

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