029 奥多摩 鷹ノ巣山の洞窟

 休日が終わり、新たな敵に挑戦する日がやってきた。


 次の敵はコカトリスクイーン。奥多摩の鷹ノ巣山に棲息する怪鳥だ。


「準備はいいな? 行くぞ」


「おー!」「おーなのです!」


 龍斗たち三人は、鷹ノ巣山の麓にある洞窟へ足を踏み入れた。


 洞窟内は湿度が高くてじめじめしている。壁のいたるところに水滴が浮かんでおり、岩肌の地面は濡れていて滑りやすい。これでひんやりしていれば最高なのだが、残念なことに洞窟の中は蒸し風呂の如き暑さだった。


「暑いぃ」


 仁美はシャツの胸元を摘まみ、パタパタして顔に風を送る。しかし思うようにはいかない。服が汗でぐっしょりして肌に張り付いているからだ。


「暑い暑いと言えば余計に暑くなる」


 龍斗はむっとした様子で言った。


「でも寒い寒いと言っても涼しくなんないじゃん」


「たしかに」


 仁美の勝ちだ。龍斗は話題を変えた。


「ポポロ、入学試験はどうだった?」


「一次試験、無事に突破なのです!」


 ポポロは嬉しそうな笑みを浮かべる。龍斗や仁美と違って涼しげな様子だ。顔も涼しげなら着ている服もまた涼しげで、水色のワンピースは濡れているどころか湿気っている様子すらなかった。それもそのはず、エルフは魔法で体感温度をコントロールできるのだ。


 エルフの魔法は非常に便利だ。今、龍斗たちが松明たいまつなしで洞窟を歩けているのも魔法によるものだ。本来なら光源がないはずの洞窟を、ポポロが生み出した光の玉によって照らすことで明るくしていた。


「龍斗はどうよ? 新しい家」


「いい感じだよ。って、昨日も一緒に家で過ごしたんだから分かるだろ」


「あはは、まーね」


 龍斗が家を買ったのは一昨日のこと。


 しかし仁美は、その次の日も龍斗と二人で過ごしていた。昨日の名目は「一人じゃ寂しいだろうと思って」だ。もちろんそれは建前で、本音は龍斗と一緒に過ごしたかったわけだが、残念ながら彼はそのことに気づかず、額面通りに言葉を受け取っていた。つまり、仁美が期待するような“何か”は起きなかったのだ。


「おっと」


 話をしていると魔物が現れた。コボルトだ。数は1体。


「私に任せて」


 すかさず仁美が動く。レイピアを抜き、自身に強化スキルを施し、前方のコボルトに突っ込んだ。


「コボォーン」


「楽勝!」


 サクッと倒し、握りこぶしを作る仁美。


「コボルトが単独……? おかしいな」


 龍斗は敵の数に違和感を抱いていた。


 コボルトは基本的に群れで行動する魔物だ。もちろん単独で行動することもあるけれど、それはとても珍しいことである。


「もしかするとどこかに伏せているんじゃないか」


 そう思って見回したところ、ビンゴだった。


「コヴォオオオオオオオ!」


 背後に3体のコボルトが伏せていたのだ。


「しまった、伏兵を見落としていたわ!」


 仁美が慌てて対処しようとするが間に合わない。


「任せてなのです!」


 ポポロが炎の矢を放って迎撃する。これで2体が死んだ。


 しかし、1体は炎の矢を避け、ポポロの懐に潜り込む。


「ポポロ!」


 仁美の声が洞窟内に響く。


「はぅぅ」


 ポポロはギュッと目を閉じる。やられることを覚悟した。


 だが、そうはならなかった。


「俺だって戦えるんだぜ」


 龍斗だ。


 彼は懐に忍ばせていた短剣でコボルトを突き刺して殺した。


「なにその剣!?」


「龍斗さんが武器を使ったのです!?」


 仁美とポポロが驚く。予想外のことだった。


「実は前に大阪へ行った時に買ってな」


 浪速バスターズの千尋に勧められて護身用に買った短剣だ。


「あー、そういえばそんなこと言っていたね」


「まさか本当に使う日が来るとは思わなかったよ」


 これで雑魚の処理が終わる。


「この洞窟には魔物だけが知る隠し通路が多数ある。雑魚はそういうところに潜んでいるわけだ。警戒感を強めていこう」


「了解!」「はいなのです!」


 龍斗たちは気を引き締めて最奥部を目指した。

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