第12話 二人はカップル?

「……美山?」

「…………えぇっ!?」


 シアターの通路。

 迷惑かなという場所で立ち止まった美山ともっちゃんは、後ろを向いて驚いた。


「奇遇だ」

「ほ、ホントだね……」

「…………おう」


 美山も映画は見に行くと言っていたし、最近の人気の映画がこれということは被る可能性もあっただろうけど、まさか本当に同じ映画を同じ時間に観ていたとは。


 奇遇だし……怖いな、ちょっと。


「結局二人で……来たんだな」

「あ、うん……もっちゃんが、来てくれて」

「来たくなかったんだけどね〜」


 仕方なく、という感じだけど、結局は来てくれる辺りに真の友達を感じる。

 幻滅してたけど見直しちゃったなもっちゃんのこと。初めて話すけど。


「それでさ」


 そんなもっちゃんは、俺達の方を見ると俺の横に視線を向けて、


「二人は、カップル?」


 と、俺に問う。

 いやいやカップルなわけないじゃないか――と能天気に返そうかと思ったけど、そこで気付く。


 さっきから、美優が一言も喋っていない。


「……こいつはー……」


 ……怒ってるのか? 美優。


 いや、ただたまたまクラスメートに会っただけで怒るような妹じゃないと信じてるけど、もしかして怒ってるのか?


 顔色から察したいけど、サングラスとマスクが邪魔で少しも表情が把握できない。

 くそ、もう全部取れそれ。


「妹……なんだけど」

「あっ……そうなんだ! ああっ、前、家で言ってたもんね!」

「いやいやいやうんまあ……言ったかもしれないけどな?」


 そんな大声で言うなよ美優に聞こえちゃうだろ?

 美優にこいつが家に来た奴かってバレちゃうだろ?


 というかむしろ察しのいい美優ならこの時点で全てを把握していてもおかしくない。

 あのマスクの下では顔中でマグマが沸騰していてもおかしくない。


 しかし、そこまで一言も発さなかった美優がようやく発した言葉は、


「とりあえず、邪魔になるので皆さんで一緒に外に出ませんか?」



 ◇◆◇◆◇



 外に出ると、美優は自分から自己紹介し始めた。


「みゆです。初めまして。兄がお世話になっています」

「あ、初めまして……みゆちゃん?」

「みゆです」


 俺の妹が役者になった。


 ショッピングセンターに併設されている映画館を出ると、既に他の店もやっていて、人が多く歩いている。

 そんな中、みゆと化した妹を含めた俺達四人は、普通に固まって通路を歩いていた。


「ああ……その、妹が映画観たいって言うから、連れてきてて」

「へー、みゆちゃんもこの映画観てたんだ」

「みゆです」


 こいつロボットの演技してね?


 ただ、さっきまで自分が主演の映画を観てた二人を堂々と騙せる辺り、美優はやはり女優なんだろう。

 格好に関しては見えてないものの、声がいつもより少し高くなっているし、心なしか幼く見える。


「私達もね、どうせなら一番最初に観たいねってなって……みゆちゃんも?」

「そうです。みゆです」

「面白かったよね!」

「面白かったです。みゆです」


 そういう芸人いるよね。


 まあ、二人にとって俺の妹はおかしい奴になってしまったものの、何も問題はなさそうでよかった。


 美優なんか、いきなり二人に襲いかかってもおかしくないと思ってたけど、俺に配慮して二人とも普通に接してくれるらしい。


「ん〜二人はこの後どうするの?」

「え、あー映画観終わったから俺達は――」

「みゆ達は買い物をします」

「ここで?」

「そうです」


 そう言った後「みゆです」と付け足す美優。それいる?


 というか、ここで買い物するって言ったら、もしかすると二人もついてくるっていうかもしれないし――


「お二人も一緒にどうですか」

「え、ちょ」

「えっ、い、いいの……?」

「せっかく会ったので。みゆはこれも何かの縁だと思いますし」


 ……何企んでるんだこいつ。

 いつもならあんなに俺と女子を関わらせないようにするのに。


 もしかして憑依型の演技で中身もみゆになっちまったのか……?


 ただ、二人も別の用事があるだろうし、わざわざ休日に俺とは――


「……ど、どうしよもっちゃ――」

「うん、そうしよう? 私達も暇だったんだよね〜」

「も、もっちゃん……?」


 ……なんだかお互い連れに振り回されてる気がするけど。


 そうして俺達は四人でショッピングセンターを回ることになった。



 ◇◆◇◆◇



「……一人どこ行った?」

「……どこ行ったんだろうね?」


 しかし歩き始めてから一分後。もっちゃんが姿を消した。


「さっきまでいたよな」

「うん」

「何か言ってたか?」

「さっき私は単独行動するからって」

「ああ言ってたのか」


 一応宣言してたのね。

 だとしたらさも自分も行くかのように俺達と行動するかって言ってたのはなんだったんだ?


 美山だけ押し付けたような形になってるけど。

 普通に一人で買い物したかったのか。


「……じゃあ、どっか行くか?」

「うん、そうだね」


 何故か、美優はそこまで話さなくなってるし。

 きっと、こいつの場合俺と二人で買い物したかっただの思ってるんだろうけど、そもそも一緒に行こうと言ったのはこいつだしな。


 よくわからん。


「……みゆちゃんは、どこ行きたい?」

「服が見たいです」

「そっか! 行こう行こう!」


 なんかテンション上がってる。

 いとこに接するお姉ちゃんみたいな。


 ただ、美優も一応服には気は遣ってるだろうし、気は合うかもしれない。

 美優の思考さえまともだったら。


 それから、目当ての店に移動する途中、美山が少し前を歩く間にみゆじゃなく美優が耳打ちしてくる。


「綺麗な友達だね? 早人」

「……ホラーはやめてくれ」


 その台詞この後美山が遺体で見つかる展開しか想像できなくなるから。


 しかし、幸いにも美山が突然の不幸に襲われることもなく、ショッピングセンターの中のアパレルショップに着く。


 俺がいても邪魔だろうから、外で待っていようかと思ったけど。


「……あれっ、時君は行かないの?」

「女子二人のがいいだろ」

「……一回、来てみない?」


 そう言うと美山は、俺の袖を掴んで軽く引っ張ろうとする。


 ただ、その逆側から美優が俺の腕をがっちり掴んで。


「早人も行こうね」

「……わかったよ」


 別に俺がいても何の役にも立たんだろうに。


 美優に引っ張られるまま店の中に入ると、俺には何がおしゃれで何がダサいのかわからない世界がそこには広がっていた。


 何か思うかと言われたら思うけど、服の世界はこんなん絶対ダサいだろという服がめちゃくちゃおしゃれな扱いを受けていたりするから自分のセンスがわからなくなる。

 俺は一生足を踏み入れないであろう領域。


「これ、可愛いけどなー」

「なら買えよ」

「そ、そんな言い方する……? 時君は、どう思う?」

「俺はこの店の全てに対して何も思わない」


 意見を言っても否定されそうだし。


 おしゃれに興味のある者同士で意見交換しあってくれ。


「みゆちゃんは……あれ?」

「美優ならさっき試着室になんか持ってってたな」

「え、もう?」


 何を企んでるのか知らないけど、一緒に行こうと言ったのも、服屋に行こうと言ったのも美優だし、何かやりたいことがあるんだろう。


 そんな話をしている間に、美優の入っていった試着室のカーテンが開き――。

 何やら店員さんの称賛と共に美優がこっちに近づいてくる。


「早人、どう?」


 そうして姿を現した美優は、全身を店の服に着替えて俺達の前に登場した。

 店員さんの称賛も納得できるほどのオーラを纏って。


 店にはゆったりしたシルエットの服が多い中、美優は比較的体の線が出る黒のトップスに、腰から伸ばした白を基調にした柄物のスカートで足を隠している。


 俺には服のことはわからない。わからないが、


「……ほんとスタイルいいな」


 こいつ。


 美優の背は俺と同じくらい。大体170cmくらいか。


 お互い食っても太りにくい体質だが、俺の場合はヒョロい奴という印象を与えるのに対して、美優は女性ならではのスタイルの良さを感じさせる。


 足の長さと、腰の細さが際立つ服を来ているせいで余計に。


「今、見惚れてた」

「見慣れてただけだ」

「見慣れてるけど見惚れてたんだ」

「うるせぇ」


 別に言葉遊びがしたいんじゃないんだよ。

 美山がいる前で「みゆ」じゃなく「美優」になろうとすんな。


 そんな風に、家にいる時のように絡んでくる美優を見て、美山は変な視線を送っている――かと思いきや、


「わ……」


 美山はずっと、美優の方を見ていた。

 まさしく見惚れるように。


「どうですか」

「あ……す、凄いね、みゆちゃん。スタイルも良いし、服も凄い似合ってる」

「ありがとうございます」


 ニヤリと笑うように、美優のマスクが少し動いたような気がした。


「ああ……」


 ……そういうことか。


 そうやって自分のスタイルとセンスを見せたかったから、美優を連れてここまで来たのか。


 意地が悪いというか、それで本当に相手を圧倒できるのが、素直に凄いというか。

 一万年に一人と言われている美貌を性格の悪い奴に持たせたら一度はやりそうなことをこいつはやってる。


 首から上を隠してもそれをできてしまうところが本当にたちが悪い。


「じゃあ着替えてきます」

「う、うん……」


 満足して帰っていく美優を見ながら、美山は持っていた服を元に戻した。

 美山が何か言ったわけじゃないけど、今の美優を見て自信がなくなったんだろうなとは思った。


 俺からすれば服については何も思わなかったけど、わかる人からすれば、服に関しても凄いものがあったのかもしれない。


 美優のどこを見て美山が俯いてるのかは俺にはわからないけど。


「…………もっちゃんどこ行ったんだろうな」

「えっ? あ……そだね……」


 今はとにかく少しでも早くもっちゃんに帰ってきてほしい。


 今この場にはもっちゃんが必要だ。美優はもうどっか行け。帰ってこいもっちゃん。

 俺にこの空気をどうにかできる気はしない。


「……あ、もっちゃん」

「マジでっ!?」


 呼んだら来てくれるヒーローか!?


 美山の見る先を見ると、確かにもっちゃんが店の中に入ってくるのが見えた。

 店の中に入り、俺達を見つけて向かってくる――かと思いきや、


「……あれ、もっちゃん……?」

「……なにしてんだ?」


 丁度試着室から出てきた美優に近づくと、何かを話した後、耳打ちして美優を驚かせている。

 その後、店の服を戻した美優と一緒に、もっちゃんは店の外へ出ていってしまった。


 すぐ帰ってくるような様子はなく、二人は遠くまで走っていくのが店の中から見える。


「……もっちゃん……?」

「もっちゃ……みゆ……?」


 お互いのパートナーに裏切られ、店に放置される俺と美山。


 遠ざかっていく二人が見えなくなったところで、俺達は自然と向かい合い、心の中で呟くのだった。


 逃げてぇ。

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