ふじはらの物語り 第二章 陸奥 

徇(まこと)

第1話

藤原明国(あけくに)は、北家の流れを汲み、氏の長者、すなわち、閑院左大臣を中心とする嫡流とはすでに袂を分かった二番手の流派に属しており、その中では「中堅」に当たった。


彼の従兄弟の一人がその流れの長(おさ)であった。その者は、当時兵部卿であり、参議であった。


明国自身は、一度、国司として地方に行ったことがあるものの、それ以外は、ずっと中央にあった。


そして、彼は当時民部省に職を得ていた。無論、未だ地下(じげ)ではあったが、“今一歩”のところにいた。


彼の職場には、一人の厄介な上司がいた。


職務怠慢。朝言うことと夕(ゆうべ)に言うことで、また、人により、言うことが変わる。目上には媚びへつらいつつ、下の者を人を人とも思わぬ振る舞い。嫉妬深さ。などなど…。その不都合は枚挙に遑(いとま)がない。


かような者のために、彼の同僚には心身に異状を来たす者もあった。


幸い、彼は、“これ”を無難に遣り過ごし得ていたが、仲間内でのあの者に対する不満や悲憤は、もはやいかんともし難くなっていた。


中でも哀切であるのは、弱小氏族の者どもの遣る瀬なさであった。


彼は、意を決して、現状をそれとなく、あの者の直属の上司に聞き届けさせようとはかった。


それは、「君子」のやり方ではあるまいが、ほかにどうすれば良かったのか、ということもある。


が、お偉いさんは、明国以上に、「君子」から程遠かった。


このお偉いさんは、賢き辺りの末の末ぐらいで、皆に対してその場しのぎに人当たりが良いのであるが、結句覇気に欠け、保身を優先させることに、大して躊躇を試みないことを得意としていたものである。


事は、あの者の耳にだだ漏れであった。


当然、その男は、怒りに怒り狂った。


彼は、明国の放逐を模索したのである。


その者は、藤原北家の嫡流の集団に属していた。


彼の父は、閑院左大臣と昵懇(じっこん)であった。もう亡くなっているが。


そして、あの男は、まさに“虎の威を借る狐”のごとく、閑院左大臣とのつてを頼りに、明国に「意趣返しをしてやろう」、すなわち「遠くに飛ばしてやろう」としたのであった。


彼は、寒いのが苦手であった。


よって、明国が、北国で“身のほどを思い知る”のを希望するのであった。


そして、まんまと、明国は陸奥国に飛ばされるとなった。


これに関して、閑院左大臣は“よく憶えている”ということなど、ありようがない。些事なので。

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