011:元カノ(後)
「イツキ君は黙っていて」
「へ、へい」
あ、ダメだこれ。全く発言を許して貰えないやつだ。
そして淡路の方はフラれたと言う事実はないにも関わらず、明らかに動揺し打ちのめされている。
「……私、フラれてないもん。先輩のカノジョだもん。ふ、られ、ふら……っ!」
そこで淡路の瞳からはボロボロと涙が溢れ始めた。
ただ泣き声だけは必死に堪えている。
女の意地、プライドの様なものだろうか。
これは勝負あり、と言うことでいいだろう。
サキさんの完勝だ。
「おい、あの子泣き始めたぞ」
「あんな可愛い子を泣かすとか、やっぱりクズだったんだな」
えー、泣かしたのは俺じゃなくてサキさんだよ!?
俺は悪くない! 原因はっ……あれ、やっぱり俺が悪いのか?
でも俺が泣かした訳ではないよな、多分。
しかし確かに少女の泣く姿というのは中々に胸を打つものがある。
可愛い女の子であれば尚更、特に男には効果覿面だろう。
それはやはり俺も例外ではなかったようだ。
はぁ……仕方がない。
「……サキさん」
「何?」
「今日のところはここまでで勘弁して貰えませんか? 彼女からちゃんと話を聞いて、サキさんにもお話ししますから」
いくら恋愛感情なく付き合っていた相手とはいえ元カノであるのは間違いない。
それに俺は彼女に対して負い目がある。
俺が彼女に最後にしたことは『クズ』と罵られても反論は出来ないことらしいし。
なら俺は彼女に恨まれることはあっても、俺が彼女を邪険にすることは出来ない。する資格はないのだろう。
だから彼女が俺のことでサキさんに責められるのは何か違うと思う。
まずは俺がちゃんと彼女と話をするべきだ。
「……本当に彼女とはもう何もないの?」
「はい、今のカノジョはサキさん一人です」
「『今の』?」
あ、しくった。
「ず、ずっとサキさん一人だけです」
サキさんが懐疑的な目で俺を見ている。
いかん、なんか嫌な汗出てきた。
「……いいわ、今日の所は許してあげる。けど話次第ではどうなるかは保障しないわよ。それと密室で二人きりになるのは許さないから」
「は、はい」
サキさんは踵を返し、早々と校門を出て行った。その間、一切こちらを振り向くことはなかった。
思い謀らず勉強の件はとりあえずはうやむやになったが、さらに大きな問題を抱えることになった。
元カノである後輩は今だここに立ち止まり涙を流している。
けれど先程よりは涙の勢いも弱くなっている。もう少しで泣き止んでくれそうだ。
カバンからハンカチを取り出し、彼女の前に差し出すが彼女はそれを受け取らなかった。
彼女が落ち着くのをその場で待った。
少しして彼女もだいぶ落ち着きを取り戻して来た。
目端にまだ涙が残っているがもう泣いてはいない。
「落ち着いたか? ならーー」
近づくと彼女は俺に掴み掛かろうとした。
俺が咄嗟のことにそれをかわすと、彼女はバランスを崩し倒れそうになった。
その身体を慌てて受け止め、何とか倒れることを防ぐことが出来た。
しかし当然、彼女から感謝の言葉はない。変わりに睨み付けて俺の身体をはね除け、走り出してその場からいなくなってしまった。
結局は話せずじまい。
一体何がどうなっているんだ?
俺は確かに先週、彼女から告白され付き合い始めた。そしてこの間の休日に俺がやらかしてフラれた。
フラれた時は彼女からメールで『先輩があんな人だとは思いませんでした』という文面が送られてきた。
それからは連絡が着かなくなった。おそらくはブロックされてしまったからだろう。
あー、訳わからん。何故にこうなる?
くそっ、視線が気になって集中出来ん。
ん? 視線? ……あ、また忘れていた。そうだった、ここは学校だった。
廊下で感じていた周囲からの好奇の視線は今や冷ややかな軽蔑の視線に変わっていた。
ヒソヒソと何か話している声が聞こえる。
小さな声ではあるがその中でも『クズ』と言うワードが多いようだ。
これはもうどうにもならないだろう。
まあいい、自分がクズだと言うことは俺が一番わかっている。
変わるのは周りの環境が少しだけ悪くなるくらいのこと。
多少、居心地が悪くなるだろうがそれだけだ。最初から居心地が良かった訳ではない。それが少しばかり悪化するだけなのだ。
大したことのないことだと思えば諦めも付く。
しかし、サキさんには何と説明したものか……。
『話そうと思ったのですが話できませんでした。てへぺろ』
ダメだな。きっと怒る。
今回の一件はもしかしたらサキさんと別れるチャンスなのかもと考えもしたのだが、やはり俺の望む円満な別れ方とはかけ離れていた。
そもそも、円満な別れ方ってなんだよ。付き合った経験はあるが基本的に恋愛偏差値は低いんだぞ、俺は。本当に俺にそんな高等テクニックなんて使えるのだろうか。
まぁ、考えても仕方がない。なるようになるだろう。
出来るだけ頑張ってダメならそれはそれで仕方がない。
その時はまた『諦める』だけだ。
とりあえずは今日も家に帰って勉強……は、せずにゲームでもしよう。
明日のことは明日考える。明日から本気出す。
そんな守る気もない決意を胸に、独り暮らしのアパートへ帰ることにした。
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