外見について

私は実際の年齢よりも若く見られることが多いのだが、自分の顔が好きではない。

まあ自分の顔が大好き、と言い切れる人間はかなり少数だとは思うが、それにしても自分の顔を直視しなければならない場面というものは嫌だ。

鏡はまだ良い。見慣れているし、良い所にばかり目がいくように習慣づいているのだろう。

だが写真はダメだ。証明写真などを撮って見ると愕然とする。自分ってこんな変な顔してたのか?と本気で思う。

輪郭は面長過ぎるし、低い団子っ鼻とへの字口はいかにも育ちが悪く偏屈な性格を表している。鏡で見ている分には、目元には意志と知性が宿っていて割と良いと思っているのだが、写真は明らかな左右の非対称性という現実を突き付ける。偏屈そうな性格の割には実年齢よりも幼い表情には乏しい人生経験がそのまま表れており、そのアンバランスさがとてもチグハグな印象を与える。


……だがまあ少し落ち着くと、どう考えても自分がこの顔以上でも以下の人間でもない、と現実を受け入れざるを得なくなる。

子供の頃は家族が嫌で「自分は本当はどこか違う家の子供で、実は何らかの事情で拾われてきたのだ!」と思い込もうとしたが、少し経ってから自分と親の顔を見比べて「どう見てもこの親の子供だわな」と現実を受け入れたのが、大人への第一歩だったと思う。


10年以上前に吉祥寺で一人で映画を観た帰りに、妙齢の女性に声を掛けられた。

「観相を学んでいる者です。お代は要りませんので顔をよく見せていただけませんか?」という主旨だった。

観相学とか骨相学とも呼ばれる学問があるそうだ。大まかに言えば占いということになるのだろうが、その人の顔から人間性を推測し、人生論的なアドバイスも送るのかな?……まあそういったものだ。

手相などは全く信じていないが、当時から顔と人間性との関連については漠然と思っていたので、その人の話を聞いてみることにした。

具体的に何を言われたかはほぼ忘れてしまったが、忘れたということはさして意外なことは言われなかったということである。もちろん言い方には配慮がなされていて、頑固→意志が強い、優柔不断→思慮深い……といった言い換えはなされていたが、ほぼほぼ自己評価から大きく外れるようなことは言われなかったと記憶している。

まあつまり人間の顔と人間性とには関連性がある、という自分の考えを少し強固にする出来事だった。




人は外見じゃない、内面だ!みたいな言説は一時期よりも聞かれなくなり、ある程度の大人ならば外見にも当然気を遣うべき、という風潮が割と強くなったように思う。

これは時代的に余裕がなくなったことの表れではないかという気がする。

対人関係に求めるものが薄くなっている……極論を言えば相手の本質的な人間性などはどうでも良くて、自分と接する場面でどう振舞う人間なのかが判断出来ればそれで充分……という気持ちが透けているような気もする。

だからこの変化は厳密に言えば、その適用の場面が微妙にズレているのかもしれない。

また一方で、外見をイジるような言葉はかなりタブー視されてきている。そこに対して何の異論もない。公共の場でブスだのデブだの言って笑いを取ろうとすることは、時代遅れのかなり幼稚な行為だと思う。

しかし人は実際には多くの部分を外見から判断するし、また一方で人は外見についてすらきちんと判断出来ていないとも思う。


見るからにイケメンのヤツで、仕事も勉強も運動もロクに出来ないというヤツには会ったことがない。むしろ大抵のイケメンは何でもこなせてしまうヤツが多い。ここで言っているのは、髪型や服装に気を遣った雰囲気イケメンではなく、純粋に顔の整った男のことだ。

せめて性格くらいは悪くいてもらわないとこっちもやってられないのだが、そういうヤツは嫌味なことに性格まで良かったりもする。周囲に気を遣えて、私のような捻くれた日陰者にも屈託なく話しかけて来たりもするものだから溜まったもんじゃない。

だがまあ、少し考えればそれも当然のことという気もする。生まれてこの方、誰からも愛されてきたような人間は性格が悪くなりようがないのである。

まあ基本的にこの点は男女とも同じだろう。坂道グループのアイドルの子たちは見るからに育ちが良さそうである。

結局のところ、その人の感情面や知能面が表されているのが顔面なのだろう。それを本能的に人は感じ取って相手の人間性を判断しているということだ。

そう考えると、自分の好みの外見の相手を好きになることはとても理に適ったことと言える。


以前、爆笑問題の太田さんが本の中で「もしキムタクの顔面に和田勉がなったらどうなるんだろう?」ということをネタにしていた。

イケメンの代名詞がキムタクで、ブサイクの代名詞が和田勉というわけだが、「和田勉がキムタクの顔面を手に入れたとしても、心が和田勉のままだからやがて顔が崩れていくに違いない」という話だったと思う。対して「和田勉の外見になったキムタクも最初はカッコよく振舞うのだが『でも外見が和田勉なんだよなぁ』と自ら心が萎えてゆき、やがて性格も悪くなってゆく」という論旨だったと思う。

失礼極まりない話であることは差し置いて、なかなか興味深いネタだと思う。

実際に顔が入れ替わったらどうなるかはもちろん分からないが、この話を多くの人が興味深く思えるのは、やはり顔面と人間性とに相当程度の相関関係があることを受け入れているからだろう。


だが外見に人間性が表れるのであれば、顔面への偏重が少し過ぎるのではないか?という気もしてくる。なぜか人は顔と身体を分けて捉えることが多い。実際には顔も身体の一部でしかないのにも関わらずである。顔に人間性が表れるのであれば、骨格や体型にもその人の本質的な人間性が出てくるのではないだろうか?

だが体型に関しては判断しにくい面がある。多くの人間は服を着ているから体は顔面ほど露出していないし、体型は顔面よりも意図的な変化をさせやすいというのもあるだろう。

しかしそれでも無意識に人は身体からも情報を多く受け取りその相手を判断しているのだと思う。

例えば何らかのスポーツを経験していることのある人間ならば、そういった傾向はより強くなるだろう。わずかな動作一つにその人の身体能力や競技力のレベルが表れている……というのはよく聞く話である。

私はもちろんそういった達人ではないが、歩き方を見て「あ、あの人だ」と判断することは多くなったと思う。あとは結構下半身に注目するようになった。身体的な強さは下半身にこそ表れるということが分かってきたからだ。特に尻などの腰回りと太ももである。どんなに立派な話をしている人間も腰が細ければ「偉そうに話しているけど、コイツと組み合ったら自分の方が強いよな……」という訳である。こういった精神的な余裕(?)を得るためにも身体は鍛えるべきだと思う。

……いや何の話だ?


AKBや乃木坂の握手会に参加したことがあるのだが、生で見るアイドルには驚かされる。画面越しに見ている方が可愛いというアイドルとは出会ったことがなくて、生の方が圧倒的に良い。

顔面に関してはテレビで見ているそのままの顔が動いているという感じだが、驚かされる一番のポイントはやはりスタイル(体型)だと思う。皆、驚くほど小顔で華奢だ。「同じ人間という種族なのか?」と思うほどだ。グループ内では三枚目的ないじられ方をするメンバーも、生で見るとやはりアイドルだな、という感じがする。画面越しではスタイルの部分は充分には伝わらないということなのだろう。

握手会というのは、何時間も待ってほんの数秒メンバーと握手して一言二言言葉を交わすだけ、という外野から見れば至極バカバカしいイベントなのだが、参加してみてそういったことを感じられたのは良い経験だったと思う。あれは一種の聖的な体験という感じがする。待たされる長い時間がそうした感情を生むのかもしれないが、何度も参加したくなる気持ちも分かる(実際にはあまりに参加する人間が増えすぎたため行かなくなったが)。


女性芸能人だけでなく、男性芸能人も同様だ。

生で見て一番衝撃を受けたのはラッパーのZeebraさんである。

私は全然ヒップホップファンではないのだが、とあるラジオの公開収録を観に行ったときにZeebraさんが登場した。自分が座っている椅子の横を通って行った彼を見て「顔小っさ!めちゃくちゃカッコ良!」と衝撃を受けた。

カリスマというのは間違いなく存在する、とその時思った。その場にいるだけで注目を集め、誰もがその言葉に過剰なまでに耳を傾ける、そんな存在のことだ。

Zeebraさんがヒップホップシーンを牽引していった歴史を私はほとんど知らないが、その外見も彼の言葉に説得力を持たせる要因の一つになったのではないか、ということをその時少し思った。


私の好きな哲学者にスピノザという人がいる。

彼の哲学は色々あるが、デカルトの物心二元論に対して一元論(汎神論)を唱えた人として知られている。実在する唯一の実体は『神』であり思惟(精神)と延長(物体)はその属性でしかない、としたのである。

要は精神も肉体も同じものの違った表れでしかない、ということだ。

したがってスピノザは、精神にばかり重きを置く当時の風潮に対して、身体にもっと目を向けるようにというようにという主張もしている。

そしてスピノザは決定論的な世界観を描いた人でもある。つまり全ては必然なのである。

あなたがその顔と身体と精神と人格とで生まれてきたことは必然であり、何ら恥じる必要はないのである。






(了)

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