音楽について④

さて、AKBにハマった私は当然のように乃木坂にもハマってゆく。

最初は「新しいものが出てきたから、そちらに乗り換えよう」というつもりは全くない。何となく不義理な気がするし、追いかけるものを増やしたくないからだ。

しかし、これから国民的アイドルになってゆくかもしれないグループ(まさに実際にそうなったわけだが)の誕生の瞬間を見逃してはならない、ということで2011年テレビ東京で始まった冠番組『乃木坂って、どこ?』を見始めた。……のが、沼にハマってゆく瞬間だった。

現在の私はAKBも坂道系もほとんどCDを購入せず、録画した番組を見るだけになっているが、テレ東で日曜深夜やっている乃木坂・櫻坂・日向坂の3つの冠番組が一週間の一番の楽しみとなっている。アイドルバラエティという枠を超えたとても面白い番組たちである。


さて本題である音楽面だが、坂道3グループに関してはAKBほどハマらなかった、というのが正直なところだ。

もちろん一時期はCDも毎シングルくらい買っていたし、好きな曲も沢山あるのだが、今になって思い返してみると音楽面ではどこか物足りなさを感じていたような気がする。

例えば乃木坂は「清楚なお嬢様グループ」というイメージからか、楽曲として許容する範疇がとても狭い印象を受ける。最近はやや変わってきているかもしれないが、ピアノを中心とした生楽器の編成はいつもほとんど一緒……というイメージが強かった。(レコード会社の特色なのだろうが楽器の音質自体は凄く良い)

バラエティ番組などで、ややアイドルらしからぬグループという印象も付いたAKBの反動として、清楚なお嬢様系イメージの乃木坂が売れたという部分はあると思うのだが、そのイメージが音楽的な許容範囲を狭めてしまったということなのだろう。

乃木坂の妹分である欅坂は「攻めた楽曲が革新的」という世間的評価も強いように思うが、自分はあまりそう感じなかった。それが何故なのかを正確に語るのは難しいが、多人数ユニゾンのボーカルのせいだろうか。後述する楽曲派アイドルの曲と比べるといかにも範疇内のJPOPに聴こえたというのはある。もちろん好きな曲もある。特に『二人セゾン』と『黒い羊』のMVには何度泣かされたかは分からない。


さて、乃木坂が2011年、欅坂が2015年に結成ということであるが、その間には当然他の音楽も聴いていた。……間違いなく聴いていたのだが、何か新しく印象的な音楽と出会った、という記憶はないのが正直なところだ。CDを買ったとしても、昔から追っているバンドの新譜を買った程度のものだったと思う。音楽的には低迷期だったと言えるかもしれない(自分の中での音楽の位置付けがという意味で)。


だが、2016年になって転機が訪れる。後述するが最大の転機は2017年ということになるだろう。

楽曲派アイドルとの出会いである。楽曲派アイドルとは楽曲に力を入れたアイドルである……と言うと、どのアイドルも楽曲に力を入れているに決まっているのだが、コンセプトとして特定のジャンルを継続してやっているアイドルのことらしい。

近年の源流となっているのはやはりPerfumeだろうし、その最大の成功例はアイドルとヘビーメタルを組み合わせ世界的に活躍している『BABYMETAL』だろう。当然どこかのタイミングで私の耳にも入っていたのだが、元々メタルという音楽に興味がない私は食指が動かなかった。「はいはい、なるほどね。外国人は日本文化としてこういうの好きそうよね」くらいにしか思っていなかった。(もちろんBABYMETALが凄いグループなのは知っている)。

最近では『Bish』を始めとしたWACK系も人気だ。  


そんな時期に楽曲派アイドルと出会ったのだ。例によって出会いはタワレコの試聴コーナーである。……全部タワレコじゃねえかよ!と言われそうだが、その頃にはCDもあまり買わなくなりタワレコに行くことも減っていたから、その出会いは幸運だったと言えよう。

最初に出会ったのは『Maison book girl』というグループだった。(以下略称ブクガと呼ぶ。)

「何だ、これは!?」と衝撃を受けた。

今まで聴いたことのない音楽だった。現代音楽っぽいと言うのだろうか、複雑なリズム、希薄なコード感……何か今までの音楽が大事にしてきたものが欠落しているような音楽だった。個人的には地下室とか、暗い部屋にある水槽のイメージがいつも付いて回る。地下室で病んだ少女が孤独に踊っている、そこには熱狂も歓声も一切ないのだが、それでもどこか熱量を感じる……そんな不思議な音楽だ。


そしてすぐにまた別の楽曲派アイドルと出会う。

『ヤなことそっとミュート』というグループだ。(略称はヤナミュー)

ヤナミュー……ああ、ヤナミュー。現在の私が愛して止まない、そして今後の人生においてこれ以上の出会いはないのではないか、と思っているグループである。

ヤナミューともタワレコで出会った。ブクガのアルバムを買いに行った2017年4月のことだった。試聴を始めて10秒、アルバム一曲目のイントロを聴いた時点で購入を決めていた。そして翌日から聴きまくった。通勤中、ジョギング中、昼休み……あんなに音楽を集中して聴いたのは思春期以来だった。

何故そんなに惹かれたのだろう?

ヤナミューの音楽はグランジやシューゲイザーなどのオルタナティブロックと呼ばれることが多い。メタルの激しさとはまた違った激しさで、複雑なテンションコードの轟音(人によっては不協和音に聴こえるかもしれない)の上に4人の真っ直ぐな女性ボーカルが乗る。激しいばかりでなく、時に静寂を聴かせるような静と動の対比も特徴的だ。打ち込みや鍵盤の音はほとんどなく、ドラム、ベース、ギターだけで完結させているのが最近のアイドル音楽では割と珍しい気がする。

ヤナミューの音を初めて聴いた時に思ったのは「この音楽をずっと求めていたんだ!」という感覚だった。激しさと煌めきを併せ持ったバンドサウンド、それでいてJPOPとしても通用する複雑さとポップさとのバランス、真っ直ぐで力強い女性ボーカル……本当にこの音楽をずっと待っていたのだった!

そしてすぐにライブも観ることになる。

以前にも書いたが、東京に住んでいて素晴らしいのは、気になったバンドやアイドルのライブをすぐにでも観られることだ。ヤナミューに関してはアルバムを買ってから一週間も経たずに渋谷の小さなライブハウスで観ることが出来た。(ブクガのライブも当然観ていたが少し弱かった。あと元々音楽性としてライブで盛り上がるような音楽ではないというのもあるだろう)

別のグループとの対バンだった。『Uijin』という対バン相手のグループにも衝撃を受けた。でかい音量、激しいパフォーマンス、客への煽り……それに応えるように客も汗だくになって暴れ回っていた。

そして後発のヤナミューの登場である。……とにかくまず出音のデカさに衝撃を受けた。結構激しいバンドのライブに何度も行ったことのある自分にとっても経験のない音量だった。(後にヤナミューのプロデューサーがライブではエンジニアも担当していることを知る)

そしてメンバーのパフォーマンスにも衝撃を受ける。「人間が爆発している!」と思った。かつてBRAHMANのライブで経験したような感覚を思い出した。……かと言って別に特別なことをしているわけではない。客を煽るわけでもなく、ただ歌って踊るだけだ。だがそのパフォーマンスは非常に熱いものだった。いや、やはり根本の楽曲がエモいものだということだ。それをパフォーマンスするとなればそれだけ熱いものならざるを得ないということだ。(近年多用されるエモいという言葉だが、ヤナミュー以上にエモいものなどあるのだろうか?)どんなアイドルにとっても楽曲が根本のシナリオだ、というのはこういうことなのだ。

もちろん技術的に見れば満点ではなかっただろう。最初からレベルは高かったと言われるが、2021年現在までパフォーマンスを向上させてきていることがその証拠だ。だがハタチそこそこの少女たちが込めた熱量に私は衝撃を受け圧倒された。音源で聴いているだけの時点では「言うてもアイドルだしなぁ、曲に着せられて無理しているような感じじゃないと良いけどなぁ」と思っていたが、そんな気持ちは最初に見たこのライブ一発で吹っ飛んだ。

ヤナミューの音楽を私は「このクソみたいな現実に立ち向かうための最大の武器」だと思っている。現実とかいう敵は、強大な力と卑劣なやり方で私たちから大切なもの奪い、時に殺しに来る。そんなクソみたいな現実に立ち向かうためには、まず何よりもねじ伏せるような強いパワーが必要だ。複雑なテンションコードも必要だ。現実は2和音や3和音で表現できるような単純明快なものではないからだ。静と動の対比がなければ嘘だし、煌めく部分も希望として必要だ。そして技巧や個性付けとしてのクセに逃げることのない真っ直ぐなボーカルが本当に嬉しい(特にメンバー『なでしこ』さんのボーカルは至高です)し、それだけで励まされる。

ヤナミュー以外にも素晴らしい楽曲を持ったグループは沢山あるし、ダンスや歌という純粋なパフォーマンス力で言えばさらにレベルの高いグループもあるだろう。(現在のハロプロ系は凄いらしい)でもどのグループと比べてもヤナミューは特別だ。それは上記のような現実に対するカウンターとして、これ以上なく正鵠を射抜いているからだ。

あとメンバーの人間性と音楽性とが非常にマッチしているように見えるのも奇跡的だ。真面目で不器用で内省的で、ライブだけが彼女たちにとっても解放出来る場なのではないか、と思わされるほどにマッチしている。

振り返ると4年近くヤナミューのライブを観ていることになるが、本当に毎回泣きそうになる。


そんなこんなで初見のヤナミューにやられてからは、ずっと月に2、3回のペースでライブに通っている。

当然普段も様々な音楽を聴くのだが、次第に音楽を聴くという行為が「ライブ会場で音楽を聴くこと」へと意味を変えてきているように思う。生の魅力を知ってしまうとイヤホンから流れる音楽が代替行為でしかないように感じられてしまうのだ。

ヤナミューとの対バンを通じて他にも様々なアイドルを知ることになるが、それほどパフォーマンス力の高くないグループでも、音源よりも生のライブ会場で伝わる感情の方が圧倒的に勝るということを知った。

ライブはやはり小さなライブハウスが良い。著名なアーティストが大きな会場で行うライブは、派手な演出があったり広い会場での一体感があったりとそれはそれで素敵だろうが、それよりも間近で観られる小さなライブハウスの方が圧倒的に生っぽさがあって良い。本当に早いことコロナが収束して欲しいものである。


さて、ヤナミューとの対バンを通じて様々な楽曲派アイドル(楽曲派とわざわざ呼ぶのも野暮ったい気はするのだが)を知ることが出来た。もう解散してしまったグループもあるのだが(地下アイドルは解散やメンバーの入れ替わりが非常に多い)どれも私の音楽観を変える素晴らしい出会いだったので、幾つかのグループを紹介させていただきたい。

複雑な曲展開と超絶技巧のバンドサウンドに少女たちの無垢な歌声が乗る『sora tob sakana』(解散)、ロック寄りのサウンドが多い中アイリッシュ風味などどこかアコースティックで清涼な音像の『amiinA』(解散)、懐かしいソウル・ディスコサウンドをリバイバルし圧倒的歌唱力で聴かせる『フィロソフィーのダンス』、最高のシューゲイズサウンドとアイドルの融合『………』(ドッツとかドッツトーキョーと呼ばれていた。現在は解散し後継グループ『RAY』がある)、ラップとアイドルの融合『Lyrical school』などなど……列挙すればキリがない。

あともう一つだけ『MIGMA SHELTER』というグループは紹介したい。

このグループを初めてライブで観た時本当に「異常な体験をした!」と思った。大まかに言えばダンスミュージックなのだが、テクノとかハウスではなくサイケ・トランスと呼ばれるダンスミュージックである。

マジでどこかの原始宗教のサバト会場に紛れ込んでしまったのかと錯覚させられた。違法ドラッグはおろかアルコール一滴すら摂取していなくてもブッ飛ぶというか……完全に狂いにいかせる音楽である。『MIGMA SHELTER』を知って……というよりもライブを体験して、音楽というものへの理解を更新させられた気がする。


そんなこんなで現在の私の音楽はアイドルにほぼほぼ占められている。

現在の邦ロックを掘ってゆくくらいならアイドル音楽を漁る方が圧倒的に豊かで自由だと思っている。上に挙げた以外にも、客が2~30人しかいないような場所でライブをしているアイドルの中にも、革新的な音楽をしているグループが沢山ある。

なぜそうなってきたのかというと、よく言われるのはCDが売れないという音楽業界の不況が、優秀なクリエイターたちをアイドル界隈に押し流してきたということだ。無論最初はそういった面もあっただろうが、現在はクリエイター側も積極的にアイドルを利用しようとしているのではないか、という印象を受ける。それは当然実利的な面もあるし、アイドルというフォーマットを利用した方が自由な表現が出来るのではないか?ということだ。バンドもHIPHOPも楽曲=作者として捉えられることが多い。そうではないアイドルというフィルターを一つ通すことで、表現がより広がる可能性にクリエイター側も気付いているのではないか……というのは私の妄想だ。


未だに「アイドルだから」というだけの理由でアイドルの音楽を聴かない人は多い。私の実感では本当に多い。やはりバンド界隈の人に多いように思う。別にそんなのはその人の自由だがもったいないな、とは思う。




さて、長々と4回に渡り書いてきたこのシリーズもこれで終わりである。

子供の頃の私はもっと文系というか、音楽に興味のない子供だった。音楽をこれだけ好きになったのは感情をダイレクトに揺さぶる表現方法だからだろう。暗さもネガティブな心も表現して良いということを最初に教えてくれたのは音楽だった。今も自分の心情に寄り添って支えてくれているのは、小説やその他のエンタメ作品よりも音楽だと思う。

今後音楽とはどういう付き合いになるのか分からないが、懐メロしか聴かなくなった時は自分の感性の一つの終わりだと思っている。正直ヤナミュー以上の音楽には出会わないのではないかという気もしているが、その予想が裏切られることを期待している。






(了)

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