第24話 (真剣に選んでくれるの、すごく嬉しい)


「颯太。雑貨屋さん寄りたい」


 食事後、そう言い出した篠に二つ返事で了承した。

 篠は颯太の腕を引いて、店に入る。颯太一人なら、まず間違い無く入ることが無い、可愛らしい店だ。

 白い壁に木目調の雑貨。至る所に造花や草が置かれていて、ディスプレイを見ているだけで目がチカチカとした。


 颯太の腕を引いた篠が、アクセサリーの並べられている棚に行く。ぎょっとする颯太の横で、篠が手を伸ばしたのは、よく見ると髪の毛を結ぶゴムだった。


(あ、よかったゴムか……)


 ネックレスや指輪を見られ始めたら、なんとなく気まずいところだった。ヘアゴムぐらいなら、颯太も平常心で横にいられる。


 篠は真剣な目で、一つ一つを吟味している。

 店内を見ると、周りも店員も女性ばかりだ。先ほどから、ちらちらと視線を向けられていた。


(場違いなんだろ。わかってるって)


 颯太は、店内を見るのをやめ、篠の手元に視線をやった。じろじろ見られているのを見返すよりも、篠が選ぶ物を見ている方が有意義だと思ったからだ。

 颯太が手元を見たのに気付いた篠が、繋いでいた手をくいくいと引っ張る。


「ねえ。この中から、どれが似合うか選んで」

「えっ……」


 篠は無数のヘアゴムの中から、三つにまで厳選したらしい。この三つ、と指さされた物を見て、颯太は冷や汗を掻いた。


 そういうのは、面倒な上に、かなり苦手な方である。


 しかし、選べば篠は喜ぶだろう。


(ふわわ、が出るかもしんねぇし……)


 神妙な顔をして、颯太はヘアゴムの一つを手に取った。紫色の大きなリボンがついた、結びにくそうなゴムである。


 こんなので髪が結べるんだろうか、なんて思いながら篠の顔の横に持っていく。驚くほど似合っていた。


(え、もうこれでいいじゃん)


 めちゃくちゃ可愛かった。バレーの練習中、いつもやっていたポニーテールをこれで結ぶと、確実に絶対にもの凄く可愛くなることが予見できた。


 一応お義理と、次のヘアゴムを手に取った。先ほどのより、クラシックな形のリボンがついたヘアゴムだ。


 顔の横に寄せると、心得たとばかりに篠が少し横を向く。長い睫毛がそっと伏せられる。


(……え、これもめっちゃ似合うんだけど)


 次のゴムは、今のようなカジュアルな服装よりも、制服の方が似合いそうだった。私服ならもっとふわふわしたワンピースを着た時に似合うだろう。

 焦げ茶色のリボンが、篠の白い肌を引き立てる。目を伏せているのも相まって、アンティーク人形のように美しかった。


 驚愕しつつ、最後の一つを手に取った。ふわふわの、兎の尻尾のようなものがついたヘアゴムだ。これは流石に、子どもっぽくなるに違いない。


 そう思っていたのに、顔の横に寄せた瞬間、よろめいた。


(は? ……可愛い)


 是非とも、マフラーをぐるぐるに巻いて、少し大きめのミトンをつけ、だぼっとしたニットを着ている篠に、つけて貰いたい。


 三つ全て、可愛かった。

 どれを選ぶか、試合中ほど真剣な顔つきをして、颯太は悩み始めた。


 もう一巡、全てのヘアゴムを篠の髪に当てた。篠はずっと、にこにこしていた。篠も待っているし、早く決めなくてはと思うのに、やはり決めきれずにもう一巡する。


 颯太はついに音を上げた。


「――すみません。無理です」

「どうしたの?」


 ずっとにこにこと待っていた篠が、きょとんとして尋ねた。


「全部同じぐらい似合ってました」


 観念して言うと、篠は少し目を見開いた後、ふわわっと笑った。


(あ、ふわわ。出た)


 喜びもつかの間、篠が「じゃあ全部買うね」と言ってみっつとも手に取ったのを見て、颯太は慌てた。


「えっ!? あ、じゃあ、どれか一つ俺に買わせてください」


 何度も手に取ったから、値段もちゃんとわかっている。一つ一つの値段はそれほど高くないが、三つ買うとなれば、財布にそこそこのダメージを与える値段だ。


 篠は先ほどよりも驚いた顔をして、照れたように笑った。


「……うん。ありがとう。どれ買ってくれる?」


 篠の小さな手のひらに、三つのヘアゴムが載っている。颯太はしばらく悩んだ後、焦げ茶色のリボンのヘアゴムを選んだ。


(多分これなら、いつもつけて来られるし)


 後の二つは、学校に着けて来るには飾りが大きすぎる気がした。女子の校則を完全には把握していないので、もしかしたら飾りの大小は関係ないかもしれないが――出来れば、つけているところを見られるものがよかった。


「これにします」

「うん。ありがとう。買って。颯太」

「はい」


 買っても何も、買うというのはこっちのほうだ。篠はにこにことしながら、颯太の手を引いてレジに連れて行く。


 ヘアアクセサリーの棚は、レジのすぐ近くにあったため、店員はずっと二人のやりとりを見ていたようだ。店員も、篠に負けないほどにこにことしている。


「こちら、二点お預かりいたします」


 篠が商品を出すと、念を押すように、二点を強めに言われる。お互い、鞄から財布を取るために、一度手を離した。


「素敵な彼氏さんですね」


 颯太のレジの番になると、店員が颯太越しに篠に話しかけた。ぎょっとしている颯太の後ろで、篠はにこにことして受け入れている。


 一々否定した方が、恥ずかしいのだろうか。颯太は篠に倣い、無言でおつりを受け取った。






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