第8話 「作ったことないよ」「いいから、可愛い笑顔で押しつけて来い!」


 その後、由貴の好きなキャラが時透無二郎ときとうむにろうとわかったところで、来月の期末試験後に行われる球技大会の方向へ話が転がった。

 颯太と竜二はバスケ、直史は卓球に出ることになっている。


「先輩達は何に出るんですか?」

「二人ともバレー」

 直史に答えたのは由貴だ。

 球技大会の話になってから、いつもの笑みが無くなっていた篠だったが、今の質問で完全に沈黙してしまった。


 予鈴前にようやく食べ終えた弁当に蓋をする篠に、颯太は尋ねる。


「……どうかしたんすか?」

「……苦手なの。球技。チームプレイだと特に、皆に迷惑をかけちゃうから」

「気にしてないって」


 由貴が笑ってフォローすると、篠は苦笑した。いつもにこにこと幸せそうに笑っている篠の、こんな笑顔を颯太は初めて見た。


「――教えましょうか?」


 颯太は無意識に言っていた。


「え?」


 驚いて、少し目を見開いている。その表情を見て、自分が何を言ったのかを知る。


 あまりにもどんよりとしていた篠を見ていられなかったのだろう。言い出したのは自分なのだからと、颯太は頬杖をついた。


「バレーなら教えられますし。朝と放課後は部活あるんで、昼休みとかなら」


 ぶっきらぼうな颯太の言い方に、篠は花が綻ぶように笑う。


「……うん。教えて欲しい。お願い」

「わかりました」


 じゃあ明日。と、初めて颯太と篠は明日の約束をして別れた。




***




「おーい、楢崎ー! 呼ばれてんぞ!」


 午前の授業を終え、学食に向かおうとしていた颯太はクラスメイトに呼び止められた。

 クラスメイトの声が大きかったせいで、教室中の人間が、クラスメイトのいるドアの方を見た。


 そこにいる女生徒を見て、颯太は慌ててドアの方へ行く。


「すみません。昨日俺が時間も場所も言って無かったから、わざわざ来させてしまって」


 上級生に呼びに来させた上に、待たせるなんて颯太の常識では考えられなかった。大股で駆けてきた颯太を見て、篠がくすくすと笑う。


「ううん。大丈夫」


 篠の笑顔を見た教室が、大きくざわめいた。面倒臭そうな空気が漂ってくる。


「お、おい楢崎! 誰だよこの子!」

「めっちゃ可愛い。何組? ナラと何すんの?」


 クラスの中でもうるさくて、無意味に女子にかまいたがる男子らが集まり出した。特に普段話をするわけでも無いのに、こういう時は一番にやってくるようだ。颯太は顔を顰めて言う。


「先輩だぞ。敬語使え」


「えっ、先輩?」

「こんなちっさいのに?」

「先輩まじ可愛いっすね。よく言われるでしょ」


(そりゃよく言われてるに決まってんだろ)


 何しろこんなに可愛いのだ。「えーそんな全然ー」とか言い出したら、こちらを観察してる女子達が怒り狂うに違いない。


「ナラ君。お友達?」

「え? ――まあ」

 本人らを目の前にして「友達では無い」とは言い辛い。

 しかし微妙な颯太の返事で何かを察したのか、篠は小さく頷いた。


「――そっか。昨日の話なんだけど、早速今日からお願いしたくて。いい?」


 颯太は若干、驚いた。


(……え。まさか、こいつらスルーすんの?)


 颯太は「はい」と頷きながらも、クラスメイト達に視線をやった。


 彼らもまさか、こんなにふわふわした見た目の――どちらかと言えば、男の押しに弱そうな――篠が、まさか無視するとは思っていなかったのだろう。ぽかんとして、篠を見ている。


「ありがとう。ねえ、今日もお昼ご飯何か買う?」


(わ~――完全に無視する気だ。結構図太いんだな、この人)


 竜二や直史に、篠がこんな態度を取ったことが無かったはずだ。確定した事実に驚きつつも、颯太はまた頷く。


「はい。練習前に食いたいんで。寄ってっていいですか?」


 学食に寄るのは時間がかかりすぎる。購買でパンか何か買えればと思っていた颯太に、篠がはにかむ。


「あのね、お弁当作ってきたの」


「……はい?」


 篠が両手で持っていたランチバックを掲げた。


「コーチして貰うお礼。手作りに抵抗ないなら、食べて貰えないかな?」


 ランチバックは二つある。

 唖然としている颯太の横で、クラスメイト達も、女子が作った弁当の入っているランチバックを凝視していた。


「……いいんすか?」


「食べてくれなきゃ、持って帰る頃にはもう腐っちゃうよ」


「いやあの、ナラが食わないなら俺が!」


 颯太の横にいたクラスメイトが手を上げる。この流れで手を上げられた、その勇気だけは買ってやるべきだろう。


 篠は手を上げたままのクラスメイトを見た。先ほど無視されていたクラスメイト達が、少しだけびくりとしたのを颯太は感じた。


 何を言われるんだろうかと、ドキドキとビクビクが混ざったような顔をして、誰もが篠を見つめている。


 しかし篠は口を開く事無く、二度瞬きをすると、控えめに微笑んだ。


 それが返事とでも言うように、すぐにクラスメイトから視線を逸らして颯太を見る。


「ナラ君、食べてくれる?」

 上目遣いの篠の表情は、少しばかり不安そうだった。


「……いただきます」


 ぱぁ! と音がしそうなほど、勢いよく篠が笑顔になる。

 隣でクラスメイトが崩れ落ちた。周りにいた奴らが、肩をぽんと叩いて慰めている。

 アホなクラスメイトを横目に、颯太は篠に言う。


「ボール、家から持ってきたんで」

「あ、ごめんね。考えて無かった。ありがとうね」

「外で食いましょう」

「うん」


 颯太が一言告げる度に、篠はにこにこ、と頷く。


 教室から出た颯太がドアを振り返ると、崩れ落ちたクラスメイトの数が増えていた。





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