第5話 「ついでに昼ぐらい誘いなさいよ」「ひえっ」


「ナラ君、お昼ご飯もう食べた?」

「いえ。昼休みになってすぐに来たんで」

「どこで食べるの?」

「友達が学食で待ってるんで、そっち行きます」

「ご一緒していい?」


 は? と思っている間に、「お弁当持ってくるから、ちょっと待ってて」と言って篠は教室へと戻った。





 スカーフを歪に巻き、弁当を持った篠と並んで、学食に向かう。

 何故こうなったのか、颯太はまるでわかっていなかった。連れて行っても文句を言われることは無いだろうが、何故篠が、一年の男子と昼飯を食べたがるのか、全くわからない。


(友達がいねーとか……?)


 失礼なことを思いながら篠を見ると、篠は首をぐっと曲げて、颯太を見上げた。ふふ、と小さな笑みが篠から漏れる。


(いやこれで友達いなかったら、俺にも友達いねーだろ……)


 わからん、全くわからん。と颯太が頭を掻いていると、階段に辿り着いた。今まで隣に並んでいた篠が、すっと身を引く。


 どうしたのかと思えば、颯太の背後に回っていた。昨日の事を思い出した颯太がつい身構える。身長を測る手つきを思い出した体が、勝手にぞわりと震えた。


 後ろを振り返ると、篠は階段の手すりをぎゅっと握りしめていた。篠の桜色の爪が、力を入れすぎたせいで白くなっている。


「……これ無いと、怖くなっちゃった」


 颯太がじっと、篠の手元を見つめすぎてしまったせいか、篠がへなっと笑って茶化した。


 颯太は眉根をぎゅっと寄せる。

 何故か胸の辺りも、ぎゅっとなった気がした。


「……俺、そばにいるんで。何かあっても絶対支えます」


「……ありがとう。ナラ君」


 篠の笑顔が、ふわわに変わる。


 その顔が嬉しくて、颯太は盲導犬のように、篠の隣に張り付いて階段を降りた。




***




「おーい、ナラ! こっち……」


 手をぶんぶんと振る竜二が、言葉を途中で止めた。颯太の手前に、美少女がいることに気付いたのだろう。


「えっ……篠先輩? なんで……」

「ごめんね。お邪魔しちゃっても、いい?」

「……へ?! あ、はい!」

「どうぞどうぞ」

 竜二と直史が首をぶんぶんと縦に振った。竜二は慌てて立ち上がり、篠のための椅子を持ってきている。


「じゃあ俺、買ってきますんで」

「うん」


 竜二に椅子を引かれ、席に座った篠が颯太に手を振った。


「皆は、この間一緒にいた子?」

「そうです。俺は――」


 篠と竜二達が話す声を背に、颯太はカウンターに向かった。


(――何食うかなー……)


 気分的にはカレーうどんだった。だが、近くに篠が座っているのに、カレーうどんをすするのはどうなんだろうか。


(もし跳ねたりしたら申し訳ねーし。うどんはなー。もうA定食無くなってるし、んー)


 結局颯太はそれほど食べたいわけでもないB定食を選ぶと、席に戻った。竜二か直史が座り直したのか、篠の横が空いている。颯太は大人しく篠の横の椅子を引く。


 だが、思っていたよりも、椅子が近かった。座ると、膝が篠の足に当たってしまった。


「すみません」

「ううん。いいよ」


 慌てて足を閉じると、前に座る竜二がわなわなと震えている。


「何だよお前、このラッキースケベめ……! 俺がそっち座ればよかった……!」

「竜二、あのな。何を妄想してんだよ」


 膝が当たっただけだと呆れた目を向けた颯太は、体を強張らせた。避けたはずの足が、足首に当たっている気がする。


 テーブルの下を覗き込む勇気は無かった。篠じゃないかもしれない。前に座る竜二だとすれば、薄ら気持ち悪いことこの上ないが、これ以上避ければ、他の誰かの足にぶつかるかもしれない。


(いや、偶然だろ。狭いだけ。それ以外に、何があるって?)


 結局足を動かすことも、誰の足か尋ねることも出来ずに、颯太は箸を持った。


「あ。ナラ君。唐揚げ好き?」

「え? あ、はい」


 突然振られた話題に、颯太は慌てて頷く。


「リボン探してくれたお礼。はい」


 篠は可愛らしい動物のピックがついた唐揚げを弁当から取り、颯太に差し出していた。


「……え? いいんすか?」

「うん」


 唐揚げと言えば、弁当のメインだ。主役だ。ヒーローだ。バレーで言うなら、エースである。


「いや、でも……」


 弁当と篠を見比べる。篠はにこにことして、颯太に差し出している。


「いいな! 篠センパイ、俺にもくれませんか?」

 竜二が向かいの席から身を乗り出した。


「篠先輩の弁当、全部無くなるだろ」

「じゃあその唐揚げ、俺に頂戴」

「残念だったな。スカーフ、拾って無くて」

「ちぇー」


 竜二と颯太の掛け合いを、篠はにこにことして見守っている。ピックは細い指先で摘まんだままだ。


「……じゃあ、ありがとうございます。いただきます」


「うん。お母さんのご飯、美味しいから食べて」


 にこにこと笑って、篠は颯太の皿に唐揚げを載せた。


「篠先輩の弁当はお母さんが?」

「そうだよ。おにいとおねえのと、一緒に作って貰ってるの」

「末っ子なんです?」

「そう。甘えたってよく言われる」

 直史の質問に、篠はゆっくりとした口調で答えた。


 篠は箸でご飯を摘まむと、小さな口に運んだ。もぐもぐと、何度もよく噛んで食べている。


 座っていても身長差はあった。だが、立っている時よりも近くに顔がある。つむじは見えない。


 くっついたままの、足が気になった。


 颯太は唐揚げを、一口でパクっと食べた。




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