夏の終わり、僕は君に嘘を付く。

西宮ユウ

第1話 夏の始まり。

人は皆、嘘を付く。

それは、意識的な嘘や、無意識的な嘘。人は、知らないうちに嘘を付き、人を騙し、生きているのだ。しかし、嘘には二種類存在する。

人を傷つける嘘。人を幸せにする嘘。

これは、僕が人生で初めて、人を幸せにするために嘘を付いた、甘く、ほろ苦い夏の物語である。


「お兄ちゃん、今日から夏休みだよね?」

僕の妹である楓が、急に話しかけてくる。

「そうだけど、なんでそんな事聞くんだ?」

「いや、どっか出掛けたりしないのかなって思って」


昨日、高校三年の前期が終わり、高校生活最後の夏休みを迎えたのだ。

しかし、今年の夏は、異常気象のせいで、気温が上昇。各地で、観測史上初などと言われ続けている。


「暑いし、動くのがめんどくさい」

「はぁ……そんなんだからお兄ちゃんは、いつまでたっても彼女できないんだよ」

「余計なお世話だ」


今年の9月で18になる僕は、生まれてこの方、彼女と言うものが出来たことがない。いや、正確には、恋愛というものに全くと言っていいほど興味がなかったのだ。


「あ、お兄ちゃん」

妹は、再び話しかけてくる。

「今度はなんだよ」

「お母さんにお使い頼まれてたんだけど、代わりに行ってきてくれない?」

「なんでだよ。お前が頼まれたんだろ?俺に押し付けんな」


毎回これだ。

休みの日も親が仕事の為、いつも妹に買い物を任せている。しかし、何かしらの理由を付け、俺に買い物を押し付けてくる。


「だって、今日友達と遊ぶ約束してるし……だからお願い!この埋め合わせはいつかするから!」

「はぁ……わかったよ。準備してくるから、メモと買い物袋用意しておいてくれ」

「はーい」


妹が埋め合わせなどしない事は、重々承知したうえで、僕は買い物を引き受けた。引き受けざるを得なかった。

何故なら、断ったら断ったで、いろいろとめんどくさいのだ。

いろいろとはいろいろなのだ。触れないでおこう。


「じゃあ、行ってくる」

「はーい。気を付けてね!」


僕は、買い物袋とメモを持ち、商店街へと向かった。


この時の俺は、まだ知らない。夏休み初日、渋々買い物へ出かけた日に、思いも知れない出会いが待っていることを。


「最初は八百屋か。八百屋のおっちゃん、暑苦しいから苦手なんだよな……」

「へい、らっしゃい!お、どっかで見た顔だと思えば、光来こうらいじゃねーか!また、買い物を押し付けられたのか?」

「ご名答。これで何度目か……」


正直、何度買い物を押し付けられているかわからない。それくらい、押し付けられている。


「今日は何にする?」

「えっと……白菜、トマト、玉ねぎ、あと那須ください」

「はいよっ!」

この材料で一体何を作るのやら……。

「毎度!また待ってるぜ!」

「今度は無理やりでも妹に行かせるよ」


僕は、メモに書いてあった食材を買い、次の店へと向かった。

するとその道中、俺は一人の女の子に目が留まった。

その女の子は、周りの人とは違い、儚く、今にも消えてしまうかの様な透明感をしていた。言うなれば、存在そのものが、今にも消えてしまいそうな、そんな容姿だった。


僕の体は、無意識にその子を追い、気づけば、見知らぬ浜辺にいた。


「私に何か用ですか?」

女の子は振り向きながら俺に問う。

「え、いや。用とかではないんですけど……」

僕は返す言葉がなく、返事に困った。

「じゃあ、ストーカー?」

「それは違います!」

「あはは。冗談ですよ、冗談。ここの海、綺麗ですよね。ずっと眺めていると、汚れた心を洗い流してくれている……みたいな」

「そ、そうですね」


僕は見とれてしまった。口を開けたまま、海を眺める彼女に、不覚にも見とれてしまった。


「ここで出会ったのも何かの縁。仲良くしましょ!私は、夏色渚なついろなぎさ。君は?」

「僕は、春野光来はるのこうらい……です」

「光来君!いい名前だね。これからよろしくね!」


彼女は透明だ。透明故に、何色にでも染まる。染まってしまう。彼女は今、海の色に染まっている。

僕は、彼女に心を惹かれ、魅せられ、ここまで来た。そして、僕の心は、彼女色に染まったのだ。


僕は彼女に恋をした。






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