第13話 母の携帯電話の行方 ②

「ええと……すいません。名字が違っていらっしゃるので、ご家族と確認できかねまして……個人情報に関しての開示は……」

ニヤニヤと笑いながら、先ほどの女性とは違う男性の店員が、美由紀たちの待つブースに来て座った。

「あ。そうですよね。美由紀さん?」

「え?」

「お父さん、今日はいらっしゃいますかね?」

「え……たぶん。お母さんから連絡来るかもしれないから家に居るって……携帯電話持っている……あ」

父と母は同じ携帯電話会社の契約だ。

「あのっ、これ、父の番号なんですが。こちらの会社と契約してるんで。これで身分証明になりません?」

「これだけでは……」

美由紀の必死な表情に、男性店員がなぜか吹き出しそうな表情になっているのを見て、幸一が自分の携帯電話を差し出す。

「こちらも同じ番号に何度か掛けています。そちらで契約者を確認してもらえませんか?私の方でも契約者に電話して証明してもらいますから」

「は…はぁ……」

幸一がやや低めの声でそう言って表示された番号のコールボタンを押すと、男性店員は美由紀に向けていた薄ら笑いの表情を引っ込め、面倒くさそうにしながらも指し示された番号を書き留めてから、備え付けのパソコンで照合を始めてくれた。

「……あ、お義父さんですか?はい。ちょっと美由紀さんと携帯ショップに来ていまして。お義母さんの携帯電話を預かっているか調べてもらいたいんですが、家族だと証明できないから無理だといわれまして……ええ」

数コールで電話に出たらしい父と話しているらしいのを聞くともなしに聞いていると、幸一の腕が電話を持ったまま、美由紀ではなく男性店員へと差し出された。

「本人です。こちらとお話していただけますか?」

『まったく!!母さんの携帯電話…えぇと……確かここに……ああ、あった。言うぞ?』

「えっ。あのっ。は、はい……」

『俺の番号が……』

「え、あの……はい、確かに、そちらで間違いございませんが……」

『じゃあ、母さんの方の番号のやつがどうなったのか、娘と婿に教えてくれ』

「あの、それが、規定で、ご本人かご家族でないと……」

『娘は家族だろうが!それに、何年か前まで、娘が同じ番号であんたんとこと契約していたぞ!今は婿と別の携帯電話会社に家族契約しているが……その記録があるだろう?!』

「も、申し訳ありません……契約解除となったお客様の個人情報は破棄しておりまして……その、照会はこちらでは……」

『いいから!母さんの電話はそっちに預けられてるのか?いないのか?』

「あの…その…こちらではそういった記録はございませんが……」

『ないのか?預かっていないのか?』

「はぁ……まあ……その……」

父の声がだんだんと大きくなり、店内中とはいかなくても、美由紀たち以外にも微かに漏れ聞こえるほどの音量となってくる。

そんな父の攻撃に店員がうっかり漏らした言葉にさらに畳みかけてくるのを埒が明かないと思ったのか、ようやく母の電話番号では修理依頼が無いことを教えてくれた。


半ば予想はしていたから、ガッカリはしなかった。

しなかった、が──

「いったい、何がしたいのかしら……?」

飯田春香という女性が何をしたいのか、美由紀にはさっぱりわからない。


ショップでは何もわからなかった。

一応は『他人の家』で母が無事なのは、確認できた。

いや──手紙には確か、もう一人の名前が──


「ね、ねえ!もう一回お母さんのいる家に行きたい!」

「ええっ?!」

促されるままにショップを出て、見慣れない車の助手席に収まるまで黙り込んでいた美由紀が、エンジンをかけようとハンドルの下あたりを覗き込んでいる幸一に向かって言うと、驚いた顔と声が返ってきた。

「ちょ、ちょっと待って?今日はもう家に帰ろうよ……お義父さんも心配してるし、居る場所は判ったんだし……」

「それはそう……なんだけど……」

でも、やっぱり会話の噛み合わない母の様子が気になる。

一刻も早く連れ帰りたいという気持ちの方が、本当かもしれない。


でも──


「母が、帰りたくないっていうのよ……なんか、おかしいのよ……」


『壊れた』という携帯電話を取り上げられた母。

電話のない、でもどうやら母にとっては、見知らぬわけでもない人の『電話のない家』。

『預けた』という届かない手紙。

美由紀が会いに行った時には、他人である母以外の気配がしなかった家。

『誰もいない』ゆえに、鍵を預けられていないからと家を出なかった母。


いったい何がどうなっているのか──

夫に話してはみたものの、美由紀の混乱が収まったとは言えない。

逆にもっと訳がわからなくなってくる。

「……えぇっと……その……『吾郎』という人のこと……なんだけど」

「え?知ってるの?幸一さんの知っている人なのっ?!」

美由紀は狭い車内で、思わず追いつめるような大声で詰問してしまった。

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