第27話 逆襲。

 情けない話だが、その時、異能者達よりも先に俺を止めたのは、何も知らない本当に一般人な武の拳だった。

 殴られても対して痛くなく、気を失っている妹を抱えて校舎内を駆け回っていた俺は、即座に邪魔者だと殺気を飛ばして排除しようとした。


 だが。



『そんなに妹が大事なら―――なんで暴れてるだけで助けようとしないんだッ!!』



 言われた言葉は、混乱していた俺の心に届くくらい重い一撃だった。



『馬鹿なことしたダチを覚まさせる為ならオレは殴るぜ?』



『たとえそれが……おまえでもだっ! 零っ!』



 殴り過ぎだと言いたい。ヘタしたらお前まで停学処分をくらうぞ?

 だが、言われて呆然としていた俺には、そんな気の利いた言葉なんて浮かぶ筈もない。教員よりも早く到着した親父達や学校の他の異能者達のよって拘束されるまで、ひたすら武に殴られていた。……無意識に強化してたので間違いなく武の拳の方が傷んだと思うが。




『やれやれ、こうなってしまったか』

『悪い予感が当たったと言うわけか……幻、君の助言を素直に受け取るべきだったか』


 どうにか学校の騒ぎを鎮圧させた後。大人達に連行された俺は事切れた人形のように一切抵抗せず、柊さんの喫茶店で冷たく親父に言い渡された。滅茶苦茶にしたのに殴られず、ただ淡々と言い続けた。


『監視していた者達から王が出現が報告された。鍵が壊れたことで扉の封が解けたのだろう。他にも何十体もの魔獣が王と共に街外れの山に落ちた』


『葵の件はこちらも把握してなかった。そのことでお前を責めるつもりはない。だが、敵の狙いが読めなかったとは言わせない。確かに話してないことも多々あったが、『鍵』が盗まれたのはお前も知っていた筈だ。何故、他のメンバーを呼ばなかった?』


『暴走したのも葵の狙いなら仕方ない。お前が冷静さを欠いたのも兄ならしょうがないだろう。しかし、その後お前は周囲のことも考えず暴れ回った。異能のことが明るみになる以前に危うく大量の怪我人が出るかもしれない危険な行為をした。決して許されることではない』


『責任者として言い渡す。――お前を作戦から外す。今回だけではない。今後も……もう異能者として活動することを禁じる。騒ぎが収まるまで自宅で待機していろ。正式な処分は後日決める』


 信用出来なかった。だから俺は親父に報告出来なかった。

 その結果、事態を収拾が遅れてしまい他の人員もすぐには動けなかった。

 柊さんは責めなかったが、俺の精神状態を薄々感じ取ったか、お手伝いもしばらく来なくていいと言って用意していたケーキを渡してくれた。……そういえば今日はクリスマスイブだったと思い出した。




『反省は……これでもかってしてるようだね。……そんな顔されたら何も出来ないじゃない……』



 妹の次に被害を受けた幼馴染の凪だ。ボロボロだったから学校に残っていたら間違いなく騒ぎになると、回復も兼ねて一緒に店に移動していた。


『本当にどうしてこうなるかなぁ……。私はただ止めたかっただけなのに……』



 容赦なく吐くほど暴行したんだ。恨み辛みを言われて、殴られてもしょうがないと思ったが、彼女はただ悲しそうに泣きそうな顔で言ってきた。


『零、君は正しい、けど残酷だよ。そんなことを続けたって誰も喜ばないし、誰も幸せになんてならない。どちらも不幸なまま。それは平和とは決して違う。ただの自己満足だ。正しいだけじゃ辛いだけ。なのに、なんで』


『なんで……なんで君は……それが分からないのっ!? ここまで傷付かないと分からないくらい忘れたって言うのっ!? ねぇ、答えてよぉ……? れい……!』


 いっそのこと殴って欲しかった。言葉よりも殴られて蹴り飛ばされた方がマシに感じた。


 葵によって氷のように冷たかった思考が崩壊した影響か、彼女らの言葉が酷く心に突き刺さって、生き地獄にも感じ俺を苦しめていた。




『しくじったな。お互いに』


 まだ絶不調の英次は問答無用で病院に戻されたが、去り際に俺にだけ聞こえる声で告げてきた。


『避けられないルートだったのかもしれない。……どっちにしても門を守れなかった時点でオレたちの完敗だ』


『だが、まだ巻き返せる。出て来たばかりでまだ完全ではない王を倒すんだ。……っと言いたいが』


 横目で無反応な俺を一瞥すると、小さくため息を漏らして視線を逸らす。


『お互い……回復には時間が掛かりそうだが、時間は待ってちゃくれない』


今晩までだ。間に合わないなら外部の連中を呼び込む。いいな? 零』


 いいもなにも、俺は待機命令をくらったんだ。急がないといけないと分かってるならさっさと呼んで来い。……と言う気も湧かず俺は店を後にした。




『自分を責めたらダメよ? 自暴自棄になったって何も解決しない』


 呆然としたまま自宅に戻って、あらかじめ事情を聞いていた母に慰められたが、色々とあって疲れ切った所為か殆ど耳に入らなかった。


『きっと葵も何か事情があったと思うから、起きたらまず一緒に話しましょう? 家族なんだからきっと分かり合えれる筈よ』


 部屋に戻って寝てしまおうかとも思ったが、最後に言われた言葉が俺を動かしたのかもしれない。


 気付いたら妹の部屋に居て、熱を出して寝込んでいる葵の側で座り込んでいた。


『お、おにぃ……ちゃん……おにぃ、ちゃん……』


 熱で唸されているだけじゃない。俺の夢でも見ているのか、怯えているようだ。そんな恐怖に染められた妹の寝顔など見てられず、逃避のように視線を逸らしてしまった。



『れいくん……こわいよ』



 しかし、縋るようで助けを求めるような彼女の声に自然と引き戻される。懐かしい呼ばれ方だ。不意に鈍かった心臓の鼓動が大きくなった。ここに来るまで無感情だった俺の顔が驚きのものに変わったのは、鏡で見なくても分かってしまった。



『お願い……だから』



 小さな手が伸びてくる。震えて弱々しいものであるが、無意識に俺がいるのを感じ取ったのか、その手は迷うことなく近くにある俺の手を握って……



『おいてかないで……おにぃちゃん……』


 ……声は出なかった。ただ……




『ひとりにしないで……』




 気付いたら瞳から微かに溢れて、衝動のままに手を握り返した。

 怯える葵の頭を撫でて落ち着くまで寄り添った頃には、夕方……夜を迎えていた。気を遣ってくれたか、母から夕飯などで呼ばれなかったが、決意した今は寧ろ好都合であった。

 



「約束する。必ず帰るから」



 妹の手を離すのがここまで辛いと感じたのは、生まれて初めてであった。

 このまま部屋を出たら後悔するかもしれない、色々と。……けど、約束して覚悟まで決めた以上、もうやめる気はなかった。





 英次に連絡する前にある人物に電話を掛ける。

 普通に待機命令を破るのも構わなかったが、どうせなら手にした情報を利用した方が確実だ。


 その首謀者と思われる相手に掛けると、大して待つこともなく相手も電話に出た。

 

『ワシに連絡とはどういうつもりだ零? 心から待機命令を受けたのではないのか?』

……アンタらが俺の頭の中に仕込んだ物と『王の権能』とやらについて話がある」

『……』


 そして、無事に外出許可が下りたところで英次に連絡。病院で寝泊まりしているようで、監視の方も手薄らしい。予想していたのか、待ちかねたような声音ですぐさま尋ねてきた。


『何が知りたい? 敵の位置か? 異能者達の位置か?』

「両方寄越せ。最新情報も含めて逐一」


 パソコンが使えるのか、キーボードをカタカタ動かす音がする。手慣れているから異能機関用のネットワークにも簡単に入れる。……スパイ紛いなこともしているだけあるな。


『悪い情報がある。外部の機関が嗅ぎ付いたようだ。異能機関の管理してる衛生が一部動いてる。外の結界と天気の所為で完璧じゃないようだが、遅れたら派遣される可能性が高い』

「衛生の方は鍵さんに頼む。デカい借りがあるから断れない筈だ。ちなみにどこの機関だ? 俺も知ってる連中か?」


 不器用に見えて意外と器用だからなあの人は。


『組織は――四神の一角『青龍』だ。日本の各地で監視してる四大機関の1つだ』


 聞かされた組織名には覚えがあった。

 なんせこいつが潜n―――じゃなくて、協力関係を結んでいる外部機関の1つだからだ。

 それが何の連絡もせずこちらの事態に勘付き始めているということは……



「この件が終わったら一度しに行くか。以前しつこくあったスカウト話のお断りもちゃんとしてないしな?」

『調子が戻ってくれて安心したけど、その報復を受けることになる『青龍』の支部長さんがなんか不憫に思えてきた。……もしかしなくても、キレてる?』

「ふふふ……どうだろうなぁ?」

『あ、これホントダメなやつだわ』


 と無駄話はここまでである。

 のんびりしていると消耗している王が完全に目覚めてしまう。

 その前にさっさと害虫ども一緒に―――



「大掃除に行く。もう二度と雑菌が出てないよう徹底的に殺菌しにな」

『ああ、よろしく頼むぜ。零』



 借りは返してやる。

 俺の不満解消ついでに……全員、地獄を見せてやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る