第13話 親馬鹿。

 途切れ、途切れの記憶のページがめくる度に……甦るのは後悔の念。


 ただ悪意から守ろうとしたかっただけなのに、なんでこんなことになったのか。

 どれだけ思考を回しても納得のいく結論が出ない。世界が悪意に満ち溢れようとしているのに、俺はただ呆然と眺めているしかない。



 いや、変えたくても答えが見えてこない以上は、どうしようもない駄目な人間でしかなかったのかもしれない。





「悪いが、その日は一緒にいられない」




 ――なんでもない筈だった。




「凪たちと一緒にいればいいだろう?」




 ――何が悪かったんだ。





「悪いと思ってる。けど無理なんだ」




 ――何がダメなんだ……。




「別にいいだろう。1人でいたって」




 ――分からない、何も。




 だから泣くなよ。










「最低ね。零」






「最悪の目覚めをどうもありがとう」


 何が良くって幼馴染の冷たいお言葉を貰わないといけないんだ。……チラリと部屋にあるカレンダーを見て溜息が溢れた。


「はぁ……あと1日か」


 寒々とした朝を迎えながら、俺は早々と制服に着替える。授業自体は昨日のうちに終わりを迎えており、今日は終業式を兼ねた『冬祭』に向けての最終点検がある。

 汚れてもいいジャージの体操服をカバンに入れてさっさと部屋を出ると、廊下に満たされているひんやりとした空気が肌に冷たく伝わる。


「寒いしどうせ着替えるなら事前に着させてほしいんだけどな」


 と愚痴を溢してしまうが、実際のところどうしようもなかった。

 休日の学校であれば体操服のままでもセーフだったが、今回は終業式も兼ねているので流石に無理があった。……まさか、全校生徒が集まる中で、自分だけ体操服姿で参加する勇気なんてない。


 この寒さは辛いが、作業開始までの我慢の時間である。


「おはよう……」


 ただ1階に降りる際、まだ寝ているであろう妹の部屋の扉へ、小さいが一応声をかけておく。

 返事なんて当然なかったが、俺の声に対し微かに扉の向こうから、空気が震えるような反応があった。


「……」


 何も言う必要なんてない。

 俺は1階のリビングに着くや適当に自分用の朝食を用意。さっさと食べ終えて家を出ようとしたが、背後から馴染みのある気配がした。




「泣きべそかいている妹は放置か?」




 親父だ。ネクタイはないがシャツ姿の仕事スタイル。

 どうやら今日も仕事なようで俺に声を掛けつつ、仕事のカバンを玄関に置いた。


「兄としてそれが正解だと思ってるのか?」

「朝から説教とか勘弁してくれ。こっちは学校でしかも終業式と祭り準備があるんだぞ」

「こんな早く行くのか? まだ日が出たばかりだが?」

「うちの学校は普通じゃないんだよ。クラスの催しなんか俺の常識が狂っているのかと、疑いたくなるくらいの作り込みと悪意の作品なんだぜ?」


 と言うのは当然建前。都合の良いこの場しのぎの理由である。


 逃げたい。超逃げたい。もはや安息ではなくなった我が家から学校にすぐさま登校したい。何故なら……


「言い訳はそのくらいで良いんじゃないか? 妹のお誘いを軽い気持ちで断ったら号泣されて、もの凄く気まずいから学校に逃げたいんだって言えば」


 階段の影でこっそり聞いている葵に聞こえる風に、俺と同様に気が付いている親父が告げる。


『……っ』


 俺もそうだが、あちらも出て行くタイミングを逃したようだ。

 色々な感情が混じった動揺の気配がハッキリとビシビシと感じ取れる。……どうやら妹はかくれんぼは不向きなタイプらしい。


「少しだけ話そうか、零」

「……手短にしてくれ」


 立派な助言であれば本気でお礼を言おうとは思ったが、目の前の男は俺と同じくらい不器用な人である。……これはもう遺伝と言ってもおかしくない。


「手短で済むかはお前次第だが、仮に1時間話続けたとしても余裕で間に合うだろう? さぁ、立ってないで適当に座ったらどうだ?」


 玄関から動くつもりがない俺に対して、親父は特に気にした様子もなく、淡々とした表情と声音で話し出して座るように促したが……。


「……」


 俺の直感がハッキリと言っている。

 娘に弱い親父の本能なのか、間違いなく怒っている感じで話し出した。

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