英雄王叙事詩

椅子翁 孔仔

作者の言葉


我が主人公、有栖川ヒロトの伝記を書き起こすにあたって、私は些か戸惑いを覚えている。他でもない私が有栖川ヒロトを主人公と名付けはしたものの、生命として彼が決して偉大ではないことは、私自身承知しいているし、その為に、こんな種類の質問を避けられないことが予見できているからである。『君は自作の主人公を彼に選んだけれども、その有栖川ヒロトとやらはどの様な人物で何をやり遂げたのか?読者のたる我々が、何故彼の生涯の一部を様々な出来事の詮索に時間を消費させなければならないのか?』

 最後の質問は決定的だ。何故なら、この質問に対しては『多分、この小説を読めば自ずとわかるはずです』としか答えようがないからである。だが、もし、読み終えてもわからず、我が有栖川ヒロトの願いの本質に同意して貰えないとしたら? 私がこんな事を言うのも、悲しいことに、それが予言出来てしまうからである。私にとって彼はある点で優れた人物であるが、果たして読者に上手くそれを表現出来るかどうか、全く自信がない。彼は殺人者であっても、人類の可能性を信じ、価値を見出そうとしていて、ヒトを愛している殺人者である。と言う点が問題なのだ。尤も、現代のような時代に、人々に個人の価値を求めることの方がおかしいのかもしれない。ただ一つ、かなり確実な点を言えば、彼が吸血鬼であり奇人と言える、時代遅れなキャラクターという事だ。しかし、吸血鬼という生き物は世の注目を引く、事よりもむしろ損なうものである。特に、誰もが個々の現象を統合して、全体の混乱の渦中にせめて何らかの普遍的な意味を見出そうと志しているような時代に尚のことだ。奇人とは大抵個々の特殊な現象だからである。そう思いませんか?

 ところで、もしあなたがこの最後の命題に同意せず、『そうじゃない』とか、絶対にそうとは限らない』と答えたりすれば、私は恐らく、我が主人公有栖川ヒロトの意義に関して大いに意を強くする事だろう。なぜなら、奇人とは『絶対に』個々の特殊な現象とはかがらないばかりか、むしろ反対に、奇人が時として全体の核心を内に秘めており、同時代の他の人達は皆、突風か何かで、なぜか一時その奇人から引き離されたいという場面がままあるからだ・・・

 尤も、私はこんなおよそ興味もない、要領を得ない説明になど拘らず、前置きなしには、ごくあっさりと始めればよかったのかもしれない。気に入られればどのみち読み通してくれるだろう。だが、困ったことに、伝記は一つだが、小説は二つあるのだ。重要な小説は二番目の方で、これは、既に現代になってからの、それもまさに現代の瞬間における、我が主人公の行動である。第一の小説は既に十年も前の出来事で、これは殆ど小説でさえなく、我が主人公の長きにわたる生涯の中程か終盤に過ぎない。だが、私としては、この第一の小説を端折ってしまうわけにはいかない。何故なら、少なからず第二の小説の事が明確にならないに違いないからだ。しかし、それによって、最初に感じた私の戸惑いは、一層複雑なものになってしまう。もし、わたしが、つまり、当の作者が、こんな人類の敵である主人公にとっては、この小説ひとつでは決してその生涯を書くことは叶わないだろう。

 この問題の解決に窮したので、わたしはいっそなんの解決もせずにすます事に決めることはない。勿論明敏などくしゃはわたしがそもそもに最初からそういう肚でいたことを、もうとうに見抜いて、何故わたしが意味もなく空疎な言葉や貴重な読者の時間を消費させているのかと、腹を立てておられるに違いない。私が空疎な言葉や貴重な時間を消費させたのは、第一に、礼儀の念からであり、第二には、やはり予め何かしらの先手を打っておこうと、という老獪さからである。とは言え、私は、自分の小説が『全体としては本質的な統一を保ちながら』一人でに二つの話に分かれた事を、むしろ喜んでさえいるほどだ。最初の話を読めば、第二の話に取り掛かる価値があるかどうか、後は読者が自分で決めてくれるだろう。勿論、誰一人、なんの義務もないのだから、最初の話の数行くらいで読むのを投げ出し、二度と開かなくとも結構だ。しかし、公平な判断を誤らぬため、どうしても最後まで読み通そうとする紳士な読者もいるでしょう。だから、そういう読者に対しては、やはりこちらも気が楽である。その人たちの律義さや誠実さにも拘らず、やはり私は、ここ小説の最初のエピソードで話を放り出させるような、極めて正当な口実を与えておく事にしよう。これで前置きは全てです。こんなのは余計だという意見に、私は全く同感だが、既に書いてしまった以上は、このまま残しておく事にした。

 それでは、本題に入ろう。



 

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