カイト

 潮風の匂いがする。舗装されたアスファルトは徐々に風化し、海抜0メートルに向けて緩やかな下り坂が伸びていた。このまま進めば、海上を渡って別の島か大陸にたどり着く。

 しかし、旅路には思わぬアクシデントが潜んでいた。俺は慌ててスピードを落とし、周辺の様子を伺う。


「おい、マジかよ……」


 続いているはずの道が、途切れている。ルート254はクレーターとは無縁の道路であるはずなのに。何か大きな存在が道を切断したかのように、その一帯だけ消失しているのだ。


「“天罰”が降ってきたか……?」

「いや、上からの廃棄物ですね。天使に下の世界を監視する余裕はありませんから、本当にただの落下物ですよ。……もしかして、今までの道に分岐点がなかったのってこれのせいですか?」

「下らないもんだな、噂話って」


 車体を坂の最上段で止め、俺は思考を加速させる。サイレンの音は、徐々に近づいてきているのだ。引き返すのも、立ち止まるのも避けたい。

 アインズも首を捻り、ホバーバイクを凝視する。そして、何かを閃いたかのように瞳を輝かせた。


「……このバイク、飛べないんですか?」

「浮きはするが、飛びはしないよ。あくまでも改造したのは速度であって、浮遊性能じゃない。だからってこのまま突っ込むのはそれこそ自殺行為だろうよ」

「ここに、翼があるじゃないですか」

「いや。それは折れて……? おい、まさか……」

「もう羽ばたくことはできませんけど、帆を張ることはできますからね!」

「……カイトか」


 金属管の骨に支えられた翼は、吹き荒ぶ浜風に乗って飛翔する為に強度を増したものだ。これもある種の違法改造ですかね、とアインズは笑う。

 大昔の人が開発した飛行機の構造を思い出す。陸でもなく、海でもない、当時の人々にとって未知の選択肢だった“空”へ飛ぶための機械。ヒトが自らの新たな可能性を発見した発明の一つだ。彼らは大空を舞って、上空に住んでいる天使を見ることはできたのだろうか。


 背後から聞こえるサイレンが大きくなってきた、俺は意を決し、ホバーバイクのアクセルを最大限解放した!

 最高速度時速500kmに達した車体は、僅かなウィリーでその重心を行方不明にする。重力に反発するこの機構なら尚更だ。“相棒”はふわりと浮き上がり、彼女の広げた翼が風を浴びる!


「これが、進むでも止まるでもない答えか……」

「九十九さんが助けてくれなかったら、見えなかった景色ですよ。……こんな近くで海を見れるなんて!」


 傷が痛むのか、アインズは冷や汗を流していた。飛行は出来なくても、せめて滑空をする気なのだ。いくらホバーバイクが重力を無視しているとはいえ、巨大な金属塊と一人の男を支えるにはその翼は脆くはないか。


「なぁ、やっぱり無理があったんじゃ……」

「何言ってるんですか。飛ぶのには、慣れてるので……!」


 やはり、彼女は強い。陽光で輝く栗色の髪が風になびく様子を見つめながら、俺は嘆息した。ターコイズの瞳は海の色に似て、目の前の希望に向かってキラキラと輝いている。その姿は、神々しいまでに綺麗だった。


「……悪いな、せっかく翼を折ったのに。お前の覚悟を無駄にするような真似じゃないか?」

「今になって後悔してます。別に折らなくても下りられましたね。不退転の覚悟で来たんですけど、それはそれとして飛ぶのは選択肢の一つですもんね……」

「割と適当に生きてないか……?」

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