ルート254の旅人

折れた翼

 ルート254はどこまでも真っ直ぐ伸びた道路だ。既にあった道を上書きするように舗装されたアスファルトでは、ロードサイドに点在するダイナーやガレージが旅人を休息させる。

 見渡す限りの荒野を割って伸び続けている灰色の道に、滅多に人が通ることはない。時折通るのは俺のように酔狂な走り屋連中か、平和維持のために出動する警官くらいだ。


 だから、その存在は異質だった。路肩で佇む少女は、座り込んだまま死んだ目で遠くの景色を見つめている。その背に生える翼は、手折られていた。


「……ヒッチハイクかい、お嬢さん」


 俺は“相棒”のブレーキを緩め、足を止める。天使を信じるほど敬虔な人生を送ってきたわけではないが、背中に純白の翼を生やした常人など見たことがない。たとえそれが手折られていたとしても、こういった存在は風格から違うものだ。

 淡い栗色の髪は陽光を浴びて輝いている。年代物のスコッチに似た、琥珀のような色だ。

 そこから視線を落とせば、その髪の色に似合わない暗い瞳で俺を一瞥している。諦念と孤独がない混ぜになった、深い海のようなターコイズの瞳だ。どこか、俺と似ているような気がした。


「足がないなら、目的地まで乗せてもいいか? 一人旅は気楽なんだが、ちょうど話し相手が欲しかったんだ」


 俺が声を掛けると、彼女は微かに笑った。喜んでいるのか、憂いているのか、それとも両方か。か細い声で呟く。


「……選択肢を、探してるんです。手伝って、もらえませんか?」

「選択肢?」


 怪訝な表情の俺にもたれ掛かるように、その少女は脱力していく。折れた翼は白い羽根が抜け落ち、全身は擦り傷や打撲痕だらけだ。

 俺がやるしかないのなら、仕方ない。ただ、その流れに乗るだけだ。


 相棒の背に自分以外を乗せたのは、初めてだった。


    *    *    *


「ツクモ、お前はまた厄介事を……」

「……命に別状はないんだな?」


 硬いベッドに眠る少女を眺め、修理屋は煙草を燻らせた。

 修理工場を兼ねたガレージの壁には、古びたピンナップとビールのポスター。乱雑に並んでいるスペアパーツはどれも型落ちで、相棒に搭載するには心許ない。それでもここを贔屓にするのは、コイツが俺より物を知っているからだ。


「俺は無機物の修理くらいしか出来ねぇよ。ましてやヒトの治療なんて……」

「悪いな、アンタしか頼れなかったんだ」

「この分は上乗せして貰うからな」


 修理屋は鉄パイプを折り、翼に添える。ダクトテープで固定すると、その上から包帯をぐるぐると巻いた。少女の表情が僅かに歪む。どうやら、まだ痛むらしい。


「どうも、上から落ちたようだ。脚を折ってる。飛ぶための翼もヤられてるということは、追放か……」


 修理屋は天井を指差し、ゴーグルの透明度を下げた。噂には聞いていたが、空には本当に何者かが住んでいるらしい。


 ルート254が直線道路である理由は、地上に空いた無数のクレーターだ。突如として生まれたそれが自然や文明を飲み込んでから数年、政府はクレーターの規則性を予想し、一本の道路を作った。何らかの意図を感じるようなクレーター間の空白地帯を中心に、人々は身を寄せ合うように住居を道路沿いに固めた。外に出る人も極端に減り、ルート254は俺たちのようなバイカーにとっての天国となった。

 閉鎖環境だと噂話も広がりやすいようだ。誰かが与太話として言った「不可視の落下物」を鏑矢に、クレーターの原因は“上”からの天罰だと言う人々が増え始めたのだ。政府の高官なんかにも信奉者が出て、先月は交信用の花火が打ち上がったらしい。


「きっと棄てられたんだ。棄民だよ、この子は」


 修理屋は眉を潜め、俺に「元いた場所に返してこい」と言う。


「お上が、喉から手が出るほど欲しがってる人材だ。見つかろう物なら完全に厄介事に巻き込まれるぜ。ただでさえ今は不法移民にうるさいんだよ。俺らも後ろ暗い商売してるんだ。……わかるよな?」

「……これでいいか?」


 ポケットから丸めた紙幣を取り出し、俺は修理屋の報酬に上乗せした。相棒の定期メンテナンスの分。怪我人の応急処置の分。そして、秘蔵の追加違法改造パーツの分。


「とびっきり速いやつ、チューニング頼むよ」

「ハハッ、無謀だなァ……」

「暗い眼をした子どもを、さらに曇らせたくはないんでね……!」

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