勇者に改心の一撃を!~僕の世界は異世界の勇者達に壊された~

若葉さくと

序章

プロローグ 夢の中で

 真っ暗な闇の中僕は自分の不運を嘆いた。 


「どうして…… どうして僕だけがこんな目に…… 」


 なぜ僕はあの人に見向きもしてもらえないのか、なぜ僕だけがこんなに不幸なのか。

その答えはとても簡単で、原因が何かも明白だった。

でも今は目を閉じて夢の世界に入ってしまおう。

この悲しい境遇を一時でも忘れられるように…… 明日になれば全てが終わっているはずなのだから。


 僕は夢を見た。

いつもは寝る前に見たこと聞いたこと体験したことが夢の中に形を変えて現れるのに、今日だけは違った。

自分自身の視点ではないし、上から下を見下ろす形になっていて、体を自由に動かすこともできた。


「この夢の中には見たことも想像したことも無いものばかりがある…… これは僕じゃない誰かの夢だ」


 他人の夢の世界に入るなんて経験は、こんな日でなければできないだろう。


「ああ…… この夢の主人公も僕にないものを持っているんだね…… 」


 その夢の主人公は僕が欲しくて欲しくてたまらないものを持っていた。

悲しい境遇を忘れるために目を閉じたのに、どうして見せつけられなければならないんだろう。

そんなことを考えていると、夢が終わろうとしているのか辺りが明るくなり始めた。

夢はいつもそうだ、その先が気になるちょうど良いところで必ず終わって目が覚めてしまう。

だったら、だったらいっそのこと試してみよう、この思いをぶつけてみれば何か起こるかもしれない…… 。


「君の夢の続きを僕にちょうだい!!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 意識が段々と浮かび上がってくる。

深い深い暗闇の世界から、明るい世界へと周りの景色が切り替わる。

僕が今寝ているベッドは、真っ白な壁に囲まれた部屋の中にある。

近くにある小さな窓からは綺麗な青空が見えていて、太陽の光が窓ガラスに反射して少し眩しい。


「ここが夢の中だなんてとても信じられないなぁ」


 そう呟こうとしても僕の口は動かない。

口どころか身体を動かすこともできず、目を動かすことしかできない。

うん、今日もいつもと同じ夢だ。

視線を窓から反らし反対側を見ると、いつもと同じ彼女がそこに座っていた。


 そんな場面から始まる夢を僕は物心付いたころから何度も見ている。

座っている彼女の顔は毎回日差しでよく見えないけど、不思議と優しく懐かしい感じがする。

彼女は手に古く分厚い本を持っていて僕が彼女の方を向くと、その本を開き優しいゆったりとした口調で読み始める。


 それは、僕のいる世界とは違うどこか遠くの世界のお話。

異世界からやってきた勇者達が、人々の平和を脅かす悪い魔王とその手下たちを改心させ、世界に平和が訪れる『勇者様の物語』という題名の物語。

物語を読み終わると彼女はそっと本を閉じ、僕の頭に手を乗せ優しく撫でる。

手から伝わる温かさに包まれて幸せな気持ちになる。


 夢はそこでまるで溶けるように終わり、眩しい朝日が僕を迎える。

小さいころから何度も見るこの夢を僕は『物語の夢』と呼んでいる。

以前夢のことを母さんに話したことがある。


「それは、あなたの前世の記憶かもしれないわね」


 それが母さんの答えだった。

僕の住むこのセルリタという世界では、遠くの異世界で不幸にも若くして死んでしまった子どもたちの魂が、稀にこの世界に生まれ変わることがある。

その子ども達は、前世の一番楽しかった記憶を大人になるまでの間、夢の中で追体験するという。

こういった子どもたちのことを『夢を見る子』と呼んでいる。

力が強かったり魔法が使えたりと何か特別な力があるわけではないけれど、セルリタの女神様の加護があると言われている。

僕が住むこのラントリールの村では『夢を見る子』は僕一人だけだけど、王都に行けば他にもいるのかもしれない。


 可愛そうな子どもの魂を救ってあげる神様は、とても優しい女神様だなと思った。

僕の魂はどうしてあの白い部屋の中でベッドに寝ていたのだろう。

どうして一番楽しい記憶が本を読んでもらうことなんだろう。

身体を動かすことが出来なかったのかもしれないし、そう考えるととても可哀そうだ。


「ラルフよく聞いて。

前世の子の夢がどんな夢でも、そればかり考えてしまっていてはいずれ心が支配されてしまうわ。

今生きてるのはあなたであって、夢の中の子ではないのよ。

…… 心が支配されるなんて言う話は、まだあなたには難しいかもしれないわけど、いずれわかるときがくるはずよ。

あなたはあなた自身として、その子の分まで精一杯生きてくれればいいの…… それを忘れないで」


 そう言って母さんは笑顔で僕の頭を撫でてくれた。

夢の中の彼女と同じ、温かく優しい手だった。

僕が『物語の夢』の話をすると、母さんは決まって何度もこの言葉を口にした。

その時の真剣な眼差しを僕は一生忘れないだろう。


 支配されるほどではないけれど、夢の影響で勇者に憧れたことはある。

旅に出てみたいなと思ったことだって何度もある。


 でも、この世界には悪い魔王も手下もいない。

その代わりに良い魔王様と魔族はいる。

この世界全体に存在する魔力という力は、強大な力を持っている代わりに、上手く制御できないと暴走してしまうとても恐ろしい力だ。


 僕たち人間という種族は魔力がほとんどない種族で特別な力は使えないけど、その代わり特に影響もなく暴走することもない。

対して魔族たちはというと、その名のとおり魔力を自らの体に多く持つ種族で、特別な力を扱えたり優れた特徴を持っている。

その代わり魔力を制御できなければ本能のままに暴れてしまい、僕たち人間と同じように話すことすらできなくなってしまうらしい。

この魔力を司り、魔力を統べる者として、世界の魔力の均衡を保ってくれているのがこの世界の魔王様だ。


 おかげで魔族たちは暴走することなく、僕たち人間と同じように村を作ったりしながら、そこで暮らすことができている。

だから僕たち人間も魔族の存在に怯えることもなく、人間同士争う事もなく、日々を平和に暮らしている。

悪い魔王に立ち向かう勇者になれないのはちょっぴり残念だけど、家族や村の皆との日常やこの世界の平和が続けばそれでいい。


 それが僕の唯一の願いだ。

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