鹿翁館のミステリー

涼格朱銀

01.導入

 僕が鹿翁館の調査に参加することになったきっかけは、一通のEメールからだった。


 メールの送り主は梶原直樹。史学科のラザロゼミで同期だった男だ。

 大学を卒業してから会うことはなかったが、ラザロ教授の助手として働いていると聞いていた。


 メールの内容は、要約すると以下のようなものだった。



 ――ラザロ教授が鹿翁館の調査中に失踪した。

 警察も捜索をしているが、状況からして、考古学の専門家によって調査した方が真実に近づけるのではないかと考えている。

 同期のよしみで、時間があるなら手伝って欲しい。



 文学部といえば、暇人と変人の集う場として有名である。出版業界にコネのある東京の大学ならともかく、地方の文学部は、無駄に偏差値が高くて入りにくいわりには、卒業しても就職する際に何の得にもならない。だから、よほどの好き者しか来ない。


 中でも史学科は精鋭である。史学科はカネにならないだけでなく、カネがかかる。何かの調査をしようとしたら現地に飛ばねばならないし、発掘となると、事前調査だの、土地の所有者や政府の許可だの、機材や人手の確保だのと、それはもう大変。それでも遺跡を掘り返さずにはいられないのが史学科の連中である。

 この学科の人達の現代に生きていない。史料や遺跡にしか興味がない。

 

 というわけで、史学科には学生が少ない。僕と同期のゼミ生は、私を含めて3人しかいなかった。



 僕は現在、史学とは何も関係のない会社員として働いている。しかし、隙を見ては近くの発掘調査に参加する。


 遺跡というのは案外身近に存在している。なにしろ僕らが住んでいる場所のたいがいは、昔も誰かが住んでいた。となると、そんなかつての生活跡が地中から掘り返されることは必然と言える。


 というわけで、何かの工事中にうっかり遺跡や化石が出てしまうことは意外とあるもので、そうなると、ひととおり発掘調査が終わるまで工事の続きができない。

 しかし、その調査を地方自治体とかに任せると、いつまで経っても終わらない。役所も遺跡なんか掘り返すほど暇ではないからである。


 すると、建主は仕方なく「カネを出すからとっとと調査してくれ」と、近所の大学などに依頼する。大学は発掘調査の補助員なりボランティアなりを募集する。

 それに僕が乗っかるわけである。


 こういうのは大した報酬が出るわけではないが、自分で発掘調査を指揮する大変さを考えたら、ちょこっと手伝いをして考古学者気分を満喫するくらいが幸せというものである。


 僕はここ数年で、恐竜の化石だの、陶器の破片だの、いろんなものを土の中から掘り出した。そしてそれらは地元の史料館などで陳列されている。僕の名前が大々的に公表されるわけではないが、そんなことはどうでもいい。自らの手で歴史を掘り返しも古代の謎に多少なりとも迫ることに貢献できるところにロマンがあるわけである。



 そんな僕にとって、梶原の誘いはとても魅力的だった。

 謎の館の調査というだけでもわくわくするが、教授の失踪というサスペンス的な要素まである。しかも、失踪した教授が恩師となれば、人情的な道義もある。


 僕は手紙を読み終わった瞬間、脊髄反射的に誘いに応じる返事を素早く書いて出し、その後で、会社をどうするかという現実的な問題に頭を悩ませたのであった。

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