13:共に持つ秘密と持たざる秘密

「これは……また両親の迷惑になることを……」


 麻里菜は人間界に帰ってからも、しばらく自分の部屋でマイからもらった資料をながめていた。


 妖力が覚醒してからちょうど四年。両親にそのことを明かし、妖魔界むこうにも人間界ここにも『わたし』がいると伝えたときのことを思い出した。

 もしかしたら自分の力で誰かを助けて、命を落とすかもしれない、と言ったことを。


「それが使命なら、仕方がないかもしれない。親として、現実にはなってほしくないけどね」


 ここの家に引き取ってもらったとき、この二人の記憶を『本当の娘として扱ってほしい』という理由で書き換えた。が、封印が解けて麻里菜が養子だというのを思い出しても、二人の接し方は変わらなかったのだ。


 ガチャ


「あっ、また行ってきたの?」


 ノックをせずに母が部屋に入ってきた。


「うん……呼ばれたから」

「なんか、浮かない顔してるけど」


 母が麻里菜のそばに来て、麻里菜の手にあるものを見た。


「え? 国際テロ組織『ルイナ』……?」


 母の目つきがするどくなり、低い声で麻里菜の心臓を揺らす。


「テロ組織って、どういうこと? まさか……」

「違う、違う。お母さんが思ってるようなことじゃない」

「じゃあ何よ」


 一度目をそらし、麻里菜は母の目をじっと見て言った。


「私、この人たちから狙われてるかもしれない」


 一瞬、周りの空気の流れが止まったように感じた。


「て、テロ組織から?」

「たぶん。おとといのやつ、あれを指示したのがこのテロ組織『ルイナ』だったらしい。向こうからしてみれば、私がいたせいで計画が成功しなかった。だから……」

「そういうことね。でも、国際テロ組織なのに名前を聞いたことがなかったんだけど」


 妙にするどいところを突いてくる。


「それが……『妖魔界のテロ組織』なんだよ。その人たちが人間界に来ちゃったから、より大事おおごとで」

「だから呼ばれたのね」

「それだけじゃなくて」


 より心配させることになると思うけど……


「私と美晴で、この人たちからみんなを護るように言われた」

「…………ええっ!?」

「それが、『アルカヌムの巫女の第二の使命』だって」


 ああ……ごめん。


「うん、頑張って。麻里菜にしかできないことだって、お母さん思うよ」

「今度こそ本当に危ないのに、止めないの?」

「止めないよ。麻里菜は麻里菜だもの。麻里菜の行いで人の命を助けられるなら、親としては嬉しいに越したことはないから」


 麻里菜の胸にこみ上げるものがあった。


「……ありがとう」


 これで親の耳には入れられた。問題はこれを美晴にどう伝えるかだ。


「美晴に直接会って話がしたいけど、学校では話せないし……」


 他の誰かに聞かれてはならない機密情報である。


「電話とかLINEで話せる内容じゃないからね……」

「一度、向こうに聞いてみる。重要な話があるって」

「そうした方がよさそうね」


 麻里菜はペンダントを握る。

 私はこういうことには慣れっこだからいいけど、美晴はそうじゃない。命を狙われているのは確かだけど、リスクを負ってまで人間界を護ることを了承してくれるだろうか。

 まだ一回しか変化したことがないのに……。


 明日、学校で聞いてみよう。






 次の日、麻里菜は急きょ送られた新品の制服を着て、学校に行った。顔バレ防止にマスクをつけていく。

 この時期なら花粉症の人たちがマスクをつけているので、さほど目立たないであろう。


 麻里菜は検索フォームで自分の名前で検索をかけた。

 もし自分の個人情報が流出していたら、堂々と顔を出せなくなる。が、幸いにも自分自身の『小林麻里菜』は引っかからなかった。


 ただし一部では「いくら女子高生二人でも、男を取り押さえられるとは思えない」、「取り押さえた女子高生、超能力者説!」などのコメントも寄せられている。

 低評価が多いものの、それは事実だが。


「うぐぐっ!」


 日進駅で電車のドアが開いた途端、何層もの人垣が流れこんできて、麻里菜は押しつぶされた。密度が高く、空気が薄いので苦しい。

 妖力が覚醒した代わりに身長が止まったのである。苦しい。小六の四月で測った百四十八センチで止まっている。目の前にはスーツの着た男性の背中が。苦しい。

 数分後、隣の大宮駅で窮屈地獄からは解放されたのであった。






 麻里菜は教室のドアを開けた。


「あっ、来た!」

「もう治ったの⁉︎」


 クラスメイトの声が飛んでくる。


「腕とか包帯ぐるぐる巻きで来ると思ったけど……治ってるの?」


 麻里菜に駆け寄ってきた人が尋ねる。


「もう次の日には治った」

「えぇっ⁉︎」

「あんまり大きな声では言えないけど……妖力で」

「「「あぁー!」」」


 みんな納得しているようだ。

『不思議な力』なら何でもありかよ。まぁ、いいや。


 麻里菜は双子の妹の隣に座る。

 美晴は麻里菜の肩を叩き、もう片方の手で首と襟との間に指を入れた。たぐり寄せるようにして金色の鎖を見せる。

 うなずいた麻里菜も同じようにたぐり寄せて、こげ茶色の革ひもを見せた。


 本当は持ってきてはいけないものだけど。校則では。

 そして、二人でニコッと笑ってうなずきあった。


 今日のホームルームで使うというプリントが配られる。まだ麻里菜は、美晴にアレを伝える方法を考えていなかった。

 妖力を使えば、声を出さなくとも姿が見えなくとも、会話ができる。が、美晴はその方法を知らない。麻里菜の声は聞こえても、自分の声の伝え方が分からないだろう。


 そのプリントを見て思いついた。麻里菜はペンケースをあさり、紙のふせんを取り出す。


『ある重要なことを話したいんだけど、二人だけで話せて、他の誰にも聞かれない場所ってあるかな?』


 シャーペンを置き、そっと美晴の机に貼りつけた。

 それに視線を移した美晴は、また首にかかる金色の鎖を持って、声は出さずに『これ?』と聞いてきた。


 勘が鋭い。


 美晴もふせんを取り出し、シャーペンで何かを書き始めた。


『私の家に来る? 今週の土曜日なら私以外に誰もいないよ』


 み、美晴の家ってこと? まだ出会って四日しか経ってない人を家に上がらせていいのか……?

 麻里菜は上目遣いで――チビなのでそうなってしまうのだが――『いいの?』と聞いた。

 うなずき返した美晴は、さっきのふせんの空いているところに『詳細はまた後でね』と書き、麻里菜の机に貼った。


「皆に予告する。明日、みんなに自己紹介してもらうぞ。何言うかちゃんと考えてこい」


 担任の言葉にざわめきが起こる。ざわめきを起こした張本人が「うるさい」と怒声をあげた。


 この後は学年集会で、入学式のあの事件についての、学校側からの謝罪から始まった。

 来年からは手荷物検査もするらしく、仕方がないと思うと同時に、厳しすぎるがゆえの堅苦しさを感じた。


 たまたま私のクラスだったからいいけど、違うクラスだったらもっと大惨事になっていたかもしれない。

 そう考えて、麻里菜はぞっとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る