11:電子がつなぐリラックスボイス

 数人の看護師と麻里菜の母が、麻里菜の周りについている。


「さっき確認してきましたが、やはり表玄関にはメディアの人たちがズラリといました」

「そうなんですね。まぁ、昨日の今日ですしね……。裏は大丈夫なんですよね?」


 母が尋ねる。


「はい。あそこは関係者以外立ち入り禁止になっているので」


 麻里菜は昨日のことを思い出していた。

 ストレッチャーに乗せられて救急車の中に入る時、ブルーシートの向こうから色んな人の声が聞こえたこと。

 そもそも職員用玄関から出たのは「生徒用玄関にはたくさんメディアの人がいるから」であった。それなのに。


 裏側にも、たくさんいた。

 ……救急車が止まってれば、そうなるか。


 少し緊張しながら、麻里菜は裏玄関の扉を開けた。


 いなかった。何かしゃべる人も、カメラを向ける人も、マイクを向ける人もいなかった。さすが。

 静かに、うちの車が横づけされている。


 サッと乗りこみ、父はギアをドライブに変えてアクセルを踏んだ。半妖の患者は素早く病院から去っていった。


「麻里菜……よくやった!」


 母から肩を叩かれる麻里菜。


「かさぶただからいいけど……、そこ傷口」

「あっ、ごめん」


 麻里菜はため息をついた。


「それにしてもよく頑張ったね。力は使ったにしろ」

「いや……二年経っちゃうと衰えてたけど」


 実は麻里菜の家族全員、麻里菜が半妖だと言うことは知っている。妖力が目覚めてから一ヶ月後に明かした。ちょうど、魔法学校に通い始めて二週間が経ったくらいの時だ。


「私が夜いなくなっても、絶対に警察とかに捜索願出さないでね」

「これから人間界で力を使う時は、迷惑をかけちゃうかもしれない。なるべく使わないようにするけど……」と。


「うちの家族の誇りだよ」


 母の言葉に、麻里菜は血のつながりがないことを再び痛感したのだった。


 変な車にあとを付けられることもなく、無事に家にたどり着いた。……と言っても道中一時間。車で迎えにきてくれた父・母・弟は往復二時間である。


 まずは美晴にLINEでメッセージを送った。


『無事、家に着きました!!』


 ピコン


『よかった! 今から電話できる?』


『あと五分待って! 準備できたらこっちから電話する』


 家に帰ってきて真っ先にメッセージを送ったため、まだ手も洗っていなければ自分の部屋にも行っていない。

『了解』のスタンプが返ってきた。


「お母さん、これから友だちと電話するから、私の部屋に入ってこないでよ」

「えっ、もう友だちできたの!? あの麻里菜が?」


 ほとんど友だちができたことのない麻里菜である。


「友だち 兼 仲間っていう感じ? 昨日、犯人を捕らえるのに協力してくれた人」

「ああ、その子ね!」


 麻里菜は病院帰りというのもあり、念入りに手を洗い、三日ぶりのミルクたっぷりコーヒーを持って、自分の部屋に入った。


「ふぅ……何か緊張する」


 麻里菜は机にコップを置き、美晴のプロフィール画面から『音声通話』をタップした。


「もしもし、麻里菜?」


 は、早っ! ワンコール目で出たよ……


「うん」

「やったぁ! よかった、よかった!」

「電話に出るの早かったけど……そんなに私と話したかった?」

「そうだよ! 麻里菜にまだ聞いてないことがあって、早く聞きたくてうずうずしてたからさ!」

「そ、そう」


 変わらずハイテンションの美晴に、麻里菜は電話ごしでも何をしゃべったらよいのか分かっていない。


「あのさ、麻里菜の本名……っていうか、分身の方の名前って『マイナーレ』だったよね? 苗字とかはあるの?」

「あるよ、『氷山こおりやま』っていうんだ。そのまま氷の山。『氷山の一角』の氷山ひょうざんだね」

「っていうことは、私の本名は『氷山フェリミア』?」

「そうだね。ニックネームはミア」


 へぇーっという声がスマホのスピーカーから流れる。


「ちなみに、麻里菜が言ってた『なんとかの巫女』ってどういうこと?」

「あぁ、『アルカヌムの巫女』のこと? それは第三の目を持つ双子、まぁ私たちを指す言葉で、『アルカヌム』は『神秘的な』っていう意味らしいよ。不思議な力で妖魔界と人間界との橋渡しをしたり、危機が訪れたときはそれから護ったりする」


「あ、だから妖魔界で戦争があったときに、麻里菜は戦ったんだね!」

「それがさ、そのときは自分が『アルカヌムの巫女』だっていうのは知らなくて。結果論として『アルカヌムの巫女』だったっていうだけ。当時は『不思議な力を持つ守護者』くらいしか分かっていなかったから、ちゃんとした定義が決められたのは戦争の後のこと」


 向こうからボールペンのカチッという音が聞こえ、麻里菜は初めて美晴がメモを取っていたことに気づいた。

 真面目か。だったら、もうちょっとゆっくりしゃべった方がよかったか……?


 美晴の「うーん」と考えているような声の後に、何かを思い出したような声がした。


「確認するけど、私の本当のお父さんは魔法使いで、お母さんが妖怪ってことでいいんだよね?」

「うん、そうだよ」

「私は魔法使いと妖怪のハーフで、麻里菜の双子の妹。妖怪になると、髪が銀色になっておでこに『第三の目』ができてて、タヌキの耳とヘビみたいなしっぽが生える……で合ってる?」

「まぁ……だいたいは合ってる」


 あともう一つ足りないんだよなぁ。


「これは自分じゃ分からなかったと思うけど、目の色も変わってる。紫色っぽくなってるよ」

「えっ、そうなの!?」

「厳密には、桔梗色の目なんだけど」

「桔梗色……桔梗の花って紫なんだね、知らなかった」


 麻里菜もマイに教えてもらうまでは知らなかったことだが。


「そうそう、昨日家に帰ってからさ、麻里菜のサフィーと同じようにこの時計もしゃべったの! 『やっと会えた』なんて言われたからびっくりしたよー!」

「マジで⁉︎」


 麻里菜もそうであった。目の前にこのペンダントが現れ、まるで自分を知っているかのように『やっと会えた』と言われたのである。


「それで言ってたの。『私は、あなたの双子の姉が持っている秘宝から命を受け、あなたのもとにいる。私とその秘宝は二つで一つ。そう伝えてほしい』って」

「二つで一つ……」


 もとはペンダントと懐中時計、それぞれ魔界の王家と妖界の王家に伝わるものだった。それなのに、二つで一つって……。


「それは知らなかった。ありがとう、美晴ちゃん」

「あっ、ちょっと待って!」

「なに?」

「私に『ちゃん』づけされるのすごい違和感だから、呼び捨てでいいよ。ほら、うちら姉妹でしょ?」


 麻里菜はすぐには返事しなかった。電話の向こうにいるのは昨日知り合ったばかりの人で、しかも自分の妹で、マイがずっと探していた人。どうしても他人だという気がしてならない。

 でも、そうした方がいいのかもしれない。


「……分かった。み、美晴」

「よーしよーし! やっぱ麻里菜、かわいい!」

「……へ? 今、なんて?」

「かわいいって言ったんだよ、聞こえなかった?」

「そ、そういうことじゃなくて」


 た、他人から――じゃないけど「かわいい」なんて、お世辞にも言われたことないわ!!


「他に聞きたかったことはない?」

「もう大丈夫! 麻里菜の声も聞けたし」

「私の声?」


 今度は向こうが黙ってしまった。


「あー、その、ほら、い、癒しなの! 麻里菜の声が!」

「そ、そう」

「そろそろ夜ご飯の準備しなきゃ。また学校でね!」

「あ、うん」


 一方的に電話が切られてしまった。

 えーーーーっと、「かわいい」とか「癒し」とかちょっとよく分からないんですけど。ど、どういうことかな?


 そこまで考えても、鈍感な麻里菜は気づかなかったのだった。

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