第2話 星座のこと詳しくないんです。


「あの、お隣よろしいでしょうか?」


 先輩と目が合う。さすがに緊張するな。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 大学の食堂。学生の数に対して小規模なここは、相席になることがしばしばある。見知らぬ人が隣に座っても違和感はない。

 練習してきた女の子ボイスも調子がいい。完全に柚笠輝斗ゆかさてるとだと言うことはバレていない。


「間違っていたらごめんなさい。隅延すみのべろうさんですか……?」


 上目遣いで尋ねた。先輩は驚いた顔をしている。


「そうですけど、どうして俺の名前を?」

「サークル見学に窺ったことがあって、そのときにお名前とお顔を拝見しました」

「そうだったんですか。お名前伺っても?」

照里てるさと柚香ゆかと言います。柚香って呼んでください。あと、年上の方に敬語を使われるとなんだか緊張してしまうので、どうかお気遣いなく」

「ありがとう。柚香さん」

「あとでサークルに窺ってもよろしいでしょうか? お話を聞かせてください」


 柚香として先輩にコンタクトを取ることは成功した。さらに次に会う約束まで。こんなにぐいぐい来る人、嫌いにならないだろうかと不安に思ったが、先輩は嫌そうな顔はしてなかった。


 放課後になり3号館の実験室を訪れた。

 これまた幸いにも先輩以外のサークル仲間はいない。人数が少なくやる気のないサークルだと言うのは聞いていたから、計画通りだ。


「ここは、天体のことや星座にまつわるエピソードなんかを調べることが目的のサークルなんだ」


 星座早見表や天体に関する新聞の切り抜き、雑誌などが置かれている。


「でも今は、サークルらしい活動は出来ていない」


 肩をすくめ、諦観ていかんいて笑う。


「朗さんは、どうしてこのサークルに入ったんですか?」

「みんなで星空を見に行っていると聞いて、良いなと思って入ったんだ」

「なのに入ったらやらなくなってしまった」

「ああ」


 僕は胸の前で控えめにポンと手を叩く。


「だったら、わたしたちで星空を見に行きましょうよ」

「え? 二人きりで行くなんて、嫌じゃないか?」

「嫌じゃあないですよ! 大歓迎です!」


 僕が両腕を開いて高らかに言い放つと、先輩は少しだけ間を置いたあと笑った。


「あ、でもわたし、星座のこと詳しくないんです。いろいろ教えて頂けますか?」

「それはもちろん。……でも、やっぱり夜に男女で会うと言うのは少し気が引けると言うか」

「大丈夫です。信用してますから」


 明るく言い放つが、先輩は苦笑いだ。ガードの固い人だな。


「サークルに入った理由は、みんなと星を見に行きたかったから。でも今は叶わない。それでも朗さんがこのサークルに居続ける理由ってなんですか?」

「え……」

「朗さんは待っていたんですよ。前みたいに星を見る日を。見に行こうと言う人が入ってくるのを。だってサークル紹介のとき、朗さんあんなに語っていたじゃあないですか。そんな朗さんが居たから、わたし、入ってみたいなって思ったんです!」


 グッと寄って見上げる。先輩のオニキスみたいな瞳の中に、僕の顔がドアップで映っている。あ。今日はあの匂いがしない。安瀬見あぜみに付けろって言われてた香水を付けてないんだ。代わりに控えめなシャンプーの匂いがふわりと香る。カモミールで肺が満たされていく。

 僕を映した水面がゆらりと揺れる。視線が逸らされた。ヤバい、いくらなんでも近すぎた。バレてしまう。緊張で心臓が早鐘を打つ。

 先輩から離れて呼吸を整える。手汗が凄く出てくる。バレてないよね? チラッと先輩の顔を窺うと視線がぶつかってしまった。咄嗟とっさに視線を逸らして、ワンピースの裾をぎゅっと握って汗を拭う。目を伏せたまま言葉を探す。


「あ、あの、ごめんなさい」

「いや、いいんだ」


 先輩の語調にも焦りが混じっていた。女子に迫られて緊張したのかな。だったらバレてないってことだよね。あー良かった。でもそれなら、もっと迫っておけば良かったかな。


「さっきの話なんだが」


 先輩はおもむろに切り出した。


「週末、空いてるかな?」

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