万年Dランクの中年冒険者、酔った勢いで伝説の剣を引っこ抜く

九頭七尾(くずしちお)

第一章

第1話 飲まないとやっていけねーんだよ

「おい、おっさん、何トロトロしてんだ」

「あたしら早く先に行きたいんだけどさ~?」

「素材拾いすらまともにできないとか。マジで使えねーやつだな」


 くそっ、うるせぇな、若造どもが。

 少しは手伝ってくれたっていいだろうに。


 俺は内心でそう悪態を吐きつつも、辺りに散らばった素材を必死に集めていた。

 いずれも低級のドロップアイテムで、一つ一つは大した値段にはならないが、これだけあればそこそこの稼ぎにはなるだろう。


 十匹近いコボルトの群れを殲滅したのは、俺を含めた計四人の冒険者パーティ。

 四人で割れば、だいたい一人当たり銀貨二~三枚といったところか。


 ……どうせ、俺の取り分はせいぜいその半分以下だろうけれど。


「ほら、ここにも落ちてるぜ」


 パーティのリーダー格、体格のいい剣士のレイクが自分の足元を指差して言う。

 それくらい自分で拾えよと思いつつも、俺はその素材にを伸ばした。

 痛っ?


「おっと、悪ぃ。ちょっと足が滑ったわ」


 レイクに手を踏まれてしまったのだ。

 顔を上げると、嘲笑を顔に張り付けてこちらを見下ろしていた。

 このクソ……どう考えてもワザとだろ。

 俺は思わず睨み付けた。


「ああ? 何か文句あんのか?」


 すると開き直ったように逆切れしてきやがった。

 こっちこそキレていい場面だと思うが、そんなことをしたら俺の取り分が減らされるだけだ。


「いや、何も……」


 俺はどうにか怒りを堪えると、目を逸らしてぼそぼそと返すしかなかった。


「はははっ、情けねーなぁ。オレ、絶対こんなおっさんにはなりたくねーわ」


 それを見て、シーフのサルージャが大声で笑う。


「てかさ~、このおっさん、たまにあたしのことジロジロ見てる気がするんだけど?」


 パーティの紅一点、魔法使いのメアリが鼻を鳴らした。


「マジかよ。てめぇ、なに人の女に劣情催してやがんだよ?」


 そんな彼女の肩をこれ見よがしに抱き寄せると、レイクが俺に忠告してくる。

 二人は付き合っているのだ。


「こいつ、この歳でまだ独身だろ? はははっ! メアリのことネタにして、絶対毎晩シコってるって!」

「ちょ、やめてよ。それ、マジで想像しただけで吐気するんだけどさー?」


 ……俺だってお前みたいな性格の悪いビッチはごめんだ。


 確かに容姿は悪くないし、身体つきは男の理想形。

 そのため、たまにちらっと胸やお尻を見たりしてしまうことはあるが、ジロジロ見たりはしていないはずだし、サルージャが言うようなことも――いや、一度か二度くらいはあったかもしれん……。


 俺の記憶が確かなら、レイクは二十二歳、メアリは二十歳、サルージャは二十一歳だ。

 一方、俺の年齢は三十七。

 ……よく見た目は四十半ばに見られるが、まだ三十代だ。

 こんなふうに一回り以上も年下の若者たちに馬鹿にされ、悔しくない訳がない。


 元々このパーティは彼ら三人で構成されていたのだが、そこに誘われて俺が後から加入した。 

 もう半年くらい前のことだ。


 こんなパーティ、抜けてしまおうと思ったことは何度もあった。

 それでも未だに彼らと冒険を続けている理由は単純。

 確かに俺の取り分は少ないが、それでもこのパーティにいる方が稼ぐことができるからだ。


 十八のときに冒険者になって、もうすぐ二十年。

 ベテランと言えば聞こえがいい。

 しかし俺は冒険者になった直後に一度だけ昇級して以降、万年Dランクの底辺冒険者だった。


 新人の頃はそこそこ期待されていたんだ。

 けど、十九のときに魔物にやられ、右手がロクに使えなくなってしまう。


 それでも若い頃はどうにかやっていけていたのだが、他にも十数年の歳月で負ってきた色んな怪我が原因で、すでに身体はボロボロ。

 お陰で年々稼ぎが減ってきている。

 古傷は回復魔法やポーションでは治らないのだ。


 特にここ数年はかなり苦しい生活が続いていたので、レイクたちに声をかけられた時は、天の助けとばかりに喜んだものである。

 けれど、待っていたのは荷物持ち同然の毎日。

 彼らは最初から、俺を戦力として期待していた訳ではなかったのだ。


 冒険者一筋だった俺が、今さら他の仕事で食っていくのは難しい。

 そんな俺の弱い立場を理解しているからか、彼らは俺のことを奴隷のように扱き使ってきていた。




 この日の俺の取り分は銀貨三枚だった。

 贅沢さえしなければ、これでだいたい二日分くらいの生活費にはなる。

 俺自身の手では魔物を四体しか倒していないことや、ソロと違って死ぬ危険性が低く、また経費も抑えられることを考えると、それなりに良い稼ぎだろう。


 貯金する気にはなれない。

 大抵、酒で金は消えていく。


 俺は冒険帰りにはほぼ必ず酒場に立ち寄って、安いエールをがぶ飲みしていた。

 正直言ってあまり美味しくないし、俺もそれほど酒に強くないのだが、ストレス発散には不可欠だ。

 別に安くてもいい。

 酔えさえすればそれで十分だ。


「おい、ルーカス。今日はいつも以上に飲み過ぎだぜ」

「飲まないとやっていけねーんだよ」


 でろんでろんに酔っ払った俺を、店主が心配してくれる。

 今さらだが、ルーカスというのは俺の名だ。

 

 俺はぐいっと一気に残りの酒を飲み干した。


「もう一杯!」

「もうやめておけ。それに、そろそろ閉店だ」

「ケチくせーこと言うんじゃねー。客がいる限り閉店じゃねーんだよ~」

「無茶言うなって」


 結局、酒場を無理やり追い出された。


「気を付けて帰るんだぞ」

「あいあーい」


 俺は店主に手を振って、ふら付く足取りで歩き出す。


「あれ? ここどこだっけな?」


 気が付けば見知らぬ場所にやってきていた。

 いや、もうこの街にかれこれ十年以上いるのだ。

 知らない場所なんてない。


 ここは街の中心にある広場だ。

 しかし俺の家とは真反対の方向。

 どうやら間違って逆の道を歩いてきてしまったらしい。

 まぁでも、少し夜風に当たって涼みたい気分だったし、ちょうどいいや。


 俺は広場の中心までやってくる。

 そこには巨大な岩があって、シンプルな造りの直剣が刺さっていた。


 それは英雄が使っていたとされる――


「――でんしぇつの、ちゅるぎ」


 呂律が回んなかったよ……。


 一説によれば、あれは伝説の英雄が使っていた剣だとか。

 この街ができる前からあるらしい。

 つまり最低でも、二、三百年はあの場所に突き刺さっているということになる。


 見た目はごく普通の剣。

 ただし何年も風雨に晒されたというのに、錆びついたりはしていない。


 過去、様々な手段であの剣を抜こうという試みが行われた。

 だがその悉くが失敗に終わったという。

 あの刺さっている岩自体も特殊な鉱物でできているようで、破壊することができないらしい。


 昼間にくればたまに挑戦している人間を見かけることもあるが、今はさすがに人っ子一人見当たらなかった。


「えーゆーかぁ」


 脳裏に浮かぶのは、幼い頃に抱いていた夢。

 田舎の農村に生まれた俺だが、ずっと英雄に憧れていた。


 王宮に仕える騎士になり、実績を上げて近衛兵に。

 しかしある日、神話で語られるような邪悪なドラゴンが出現し、護るべきお姫様を奪われてしまう。

 その後、仲間とともにドラゴンに立ち向かい、これを撃破。

 無事にお姫様を助け出して凱旋し、名実ともに英雄と讃えられる人物になる――


 まさに子供ながらの夢物語だな。


 さすがにもう少し大きくなると、そこまで突飛な妄想をすることはなかったが、それでも王都にある騎士養成学校の入学試験を受けるため、俺は周囲の反対を振り切って十五のときに田舎を飛び出した。

 三度も挑戦したにもかかわらず、結局、突破できずに終わったのだが。


 それから仕方なく冒険者になって……今に至る、というわけである。


 ……このとき、俺は酔っていた。

 酒の勢いで嫌なことを忘れて、気分が高揚し、今の自分なら何でもできるというような気になっていた。

 まっすぐ歩くことすらままならないというのに、気づけば俺は岩によじ登っていた。


「俺様はえーゆーだぁ~。ならら、この剣を抜けないはずがにゃーい!」


 呂律の回らない大声で馬鹿なことを叫ぶ。

 もし素面だったら、いい歳して絶対こんな恥ずかしいことはできない。


 それでも今の俺は酔っていた。

 何の根拠もないというのに全能感に満ち溢れていた。

 剣の柄を左手で掴むと、思いきり上に引っ張って――


 ズボッ。


 ――抜けた。


「はっはっはっはぁ~! どうらぁ~! 見らかぁ! でんしぇちゅのちゅるぎ、抜いたどぉ~~~――――ほえ?」

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