天動説の彼女3 メルカトル・ワールド

@kkb

第1話 これまでのあらすじ

 ここ一年余りの間に体験した出来事を、二年前の自分に話しても絶対に信じてもらえないだろう。

 最初はごくありふれた事から始まった。オープンしたばかりのファミレスでハンバーグを食べ終え、外に出るとすぐに、レジの女の子が釣り銭を忘れてると言って僕に近づいてきた。

 店内では間違いなく制服だったが、いつの間にか私服に着替えている。それよりおかしいのは、ファミレスの建物が消えていて、空き地になっていることだ。


 これは夢だと解釈して、そのまま彼女と会話を続けた。さすが夢の中の登場人物だけあって、彼女は随分おかしな事を言った。

 なんと天動説などの中世の世界観は正しいのだそうだ。その理由として、生命の正体は、コンピュータのCPUが自我を持ったようなもので、全体で宇宙という仮想現実を計算、描画しているという。

 我々のいるこの宇宙も、本当は地球しか存在せず、太陽や星はプラネタリウムの映像のようなものにすぎず、観測した場合のみ、細かい部分まで表示される。そのほうが計算量が少なくてすむからだ。

 日本語では地球だが、地球が球になったのは、大航海時代とそれほど古いことではない。それ以前は平面だった。人口(参加者)が増えて、全体の計算力が上がって、地球を球として表現できるようになったから、そうしたのだ。


 今では百数十億年の歴史があるとされる宇宙の始まりも、そんなに古くはなく、最初から人間がいる平面の地球から始まった。進化論も事実ではなく、ダーウィンが提唱して初めて、進化論が事実であるかのような証拠がねつ造された。すぐれた理論が登場すると、それを事実ということにするため、証拠が作られる。これを後付の事実という。

 もちろん、彼女の言うことなど本気にしていなかったが、この出来事が夢ではないとわかり、その後の彼女のすさまじい能力を目の当たりにすると、それまで教えられてきた常識が崩壊することになった。



 彼女は人間の姿をしているが人間ではない。宇宙人でも妖怪でもない。しいていえば宇宙外生命体だ。

 宇宙は複数というか、とほうもない数があるらしく、彼女はどの宇宙にも自由に出入りできる。

 何故、そんなことができるかというと、能力がずば抜けて高いからだ。

 生命にとっての能力とは計算力、データ処理能力のことだ。

 彼女の能力は、平均的な人間の少なくとも数十億倍はある。宇宙のプログラムやデータを自在に修正でき、どんな魔法使いも宇宙人も、彼女の足下にも及ばないのだ。

 彼女は目的があってこの宇宙にやってきた。それは彼女の以前の職業に関連したことだ。


 それぞれの生命は、仮想現実である宇宙に生物として参加する際、宇宙の運用に協力するため、計算力の数割を提供しているそうだ。なかには生物を操作せず、運用に専念する生命もいて、運営と呼ばれている。

 運営とは、「天」という概念に近い。

 各宇宙(ユニバース)それぞれに運営メンバーがいて、宇宙全体の集合体(マルチバース)にも運営がいる。彼女はマルチバースの運営だった。全ての宇宙を束ねて、管理するのだから、そのすごさがはかりしれよう。しかも、彼女は運営の中でもトップクラスの能力を持っていた。


 その彼女が運営をやめたのは、彼女の主張が他の運営メンバーに通らなかったからだ。

 宇宙は分裂を繰り返し、際限なく数が増えていく。なかには、事情により解散、消滅する場合もあるが、全体の増加傾向に影響を及ぼすほどではない。

彼女は、その増加に歯止めをかけるため、宇宙同士の併合・合併を提案したが、問題山積みのようで却下された。

 それで運営をやめて一人で活動することを選んだ。規模や性質の似た二つの宇宙を見つけ、強引にくっつけるのだ。


 選ばれたのは、我々のいる地球というか宇宙だ。実は数千年前に二つの宇宙に分裂していた。

 古代、大西洋にアトランティス大陸があった。科学の進んだアトランティスでは、地球球体説がすでに唱えられていた。残念ながら、当時の計算力では、地球全体を球にすることはできない。そこで、当時の運営はアトランティス大陸のみを他から切り離し、別な宇宙として独立させた。大陸がひとつしかない海ばかりの地球なら、計算負荷が低く、球として運用できるからだ。

 文明の遅れた残りの地域(旧世界)は平面のまま。

 しかし、数千年後、遅れていたほうの地球も球体となり、さらに猛烈な進歩を達成した。もともとひとつの星で法則は同じ。分裂してからも日は浅い。彼女の計算力をもってすれば、合併は充分可能だ。


 問題は、手続きだ。

 アトランティスにもそれ以外の旧世界にも運営がいる。しかも彼女はマルチバースの運営をやめている。運営を納得させるのは困難だ。

 そこで彼女は、運営を無視して勝手に地球(宇宙)代表を選びだし、代表の意見を全体の総意とすることにした。

 そんなのルール違反だが、マルチバースの運営の中にも、彼女の理解者がいて、本当に合併が出来るのか様子見を決めていたらしい。


 その地球代表が僕なのだ。全人類の中から数十億分の一の確率で無作為に選ばれたのだ。おかげて在宅勤務の国連職員という身分になった。運がいいのか悪いのか。

 すべての物体のデータを修正することが可能な彼女といえども、他の運営の手前、恫喝などあまり無茶なことはできない。彼女は僕の賛同を引き出そうと、あれこれ画策してきた。

 高校生の弟のクラスに転校生としてやってきて、弟をたぶらかし、それでかなり僕は翻弄された。その結果、知らないうちに、賛同の言葉を発言してしまった。

 そこで二つの宇宙が合併することになった。こちらから見れば失われた大陸の復活だ。アトランティス側にも失われた諸大陸の伝説があり、消えたものが復活したのだ。


 めでたしめでたしかと思われた大陸の復活だが、数千年も違う宇宙にいたのだ。そううまくはいかない。

 文明の進んだアトランティスは、旧世界を随分とこけにしてくれた。アトランティスに対する怨嗟の声は次第に大きくなった。


 マルチバースの運営の中に彼女に反対する者がいて、アンドリューというありふれた名の白人男性の姿をとって、僕に近づいてきていた。彼の忠告にも関わらず、僕の失態で合併が実現したが、彼もまたすさまじい計算力の持ち主だ。

 彼も負けてはいられない。失われた大陸を再び沈めるプランをたて、実行に移した。古代の伝説どおり、最高神ゼウスの怒りに触れ、アトランティスは海の底に沈むのだ。

 ゼウスはひとりでアトランティス軍を蹴散らした。これでアトランティスも終わりと思われたそのとき、彼女はプトレマイック・ガール(プトレマイオスの少女、天動説の少女)という巨大ロボットを操縦し、ゼウスに挑んだ。プトレマイックガールは、聖母マリア、チアガール、ロデオガール、ジャンヌダルク、中華風、インド風、アラビア風などと、様々な形態に変身した。そして最終的に勝利をおさめ、アトランティスは沈没を免れた。


 計算力の比較なのに、なんでゼウスとロボットが戦うのかというと、人類の応援をもらうためだ。応援とは計算力の一部を応援対象に渡す(貸す)行為である。ゼウスは、本来アトランティスに恨みを持つ旧世界の人類の応援を得るので、沈没は確実かと思われたが、プトレマイックガールは、アトランティス人とロボットアニメファンだけでなく、様々な形態に変身し、旧世界の多くの人々を魅了し、結果、データ処理の総合力において、アトランティス陣営がゼウス陣営を上回り、勝利した。


 壮絶な戦いの結果、アトランティスは残ったが、高慢なアトランティス人も多少は反省し、世界はそれなりになんとかうまくやっている。


 目的を達成した彼女は、僕に近づくことはなくなった。この宇宙はすでに合併済みだ。彼女も他の宇宙の合併で忙しいはずだから、もうこの宇宙に来ることはあるまい。


 僕はまだ国連職員のままだが、特にすることもなく平穏な日々を過ごしている。

 ところが最近、気になることができた。

 弟の高校にまた謎の転校生がやってきたのだ。

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