第11話(永遠の断罪-1)

 消失の森の中。二人は呪われた森の中を彷徨さまよっていた。ほー、ほーと魔獣の声が聞こえている。

 そんな森の中で、ダオレンが痺れを切らして口を開けた。夜が明ければローエからのご褒美を貰えるにも関わらず、その長い時間を待つことは出来なかった。

「いい加減、負けた、って宣言してもいいんだぜ。そろそろ俺も飽きちまったよ」

「言う訳ないでしょ」

「分かったよ。でも、こうやって何もないと面白くないな。お前もしかしてその気あるのか?」

 消失森を歩くだけでこの度胸試しに終わりがあるのか、ダオレンは疑問を抱き始めた。歩いてしばらくたつ。庭を回るのに一刻いっときもかからないだろう。いくら、ご褒美が確約されていても、日が明けてしまえば、この森も筒抜けになるくらいダオレンも分かっていた。今は人避けの結界で見えはしないものの、筒抜けになった場所で、おっ始めたら見られる危険性は格段に上がる。それも、人が行き来する時間帯ではなく早朝。雑音はほとんどない。聞き放題。いくらご褒美がもらえるとはいえ、その瞬間、バレれば退学。折角魔術を取得するため入学したのに、こんな理由で彼の人生に躓きが発生するのは、自身の誇りに泥を付けるのが許せなかった。

「あるわよ」

 そう言って、ローエは並び立つダオレンの左の胸に手を当てた。

「何してんだ?」

 戸惑うダオレンを気にせず、ローエは不適に笑っている。

「胸の音を確かめているの。ドキドキしているんだね」

「そりゃあ、こんだけ歩いたら少しは息もあがるぜ」

「誤魔化しても無駄よ。体は嘘をつかないわ」

 ローエはダオレンの胸をさらに強く押して、頬を赤く染めた。ダオレンもそれにつられて顔を染める。ローエの手のひらの温もりをダオレンは強く感じ取った。

「やる気出た?」

 ローエは押し当てた手を離すと、冷たい表情に戻して、ダオレンと向かいあう。

「かなり」

「じゃあ行きましょう。終わりも近いわ」

「なあ、せっかくだ。一つ教えてくれ」

 ローエはそろそろこのお散歩を終わりにしようと、話題を出そうとしたが、ダオレンと会話が被ろうとしたため彼女は一旦引いた。

「何?」

「魔王と勇者のこと」

 唐突に魔王と勇者の話題を出すダオレン。ローエは嬉しそうに笑って反応した。

「何か気になるの?」

「この世界の人達は、魔王と勇者を信じていないのか?」

「信じている人もいるわよ」

「嘘つけ。みんな笑うぞ。いないって否定もする」

「それは不思議ね。私は笑っていないわよ」

 ローエは無表情のまま、ダオレンとの会話をしていた。終始、引き締まった表情が変わる気配はない。まるで仮面でも被っているかのようだった。

「本当だ。もし、俺がその勇者だって言ったらフェルゴメドは笑うか?」

「笑わないよ」

「お前も変わったな。五年前、初めて会った時、俺は魔王との戦いで怪我をしていた。あの時も魔王と勇者について聞いたよな。そんな、簡単に魔王と勇者を信じられるのか? フェルゴメド、お前何があった?」

 ダオレンの質問に、ローエは彼が何かを勘付き始めたのを理解した。その気遣いとも言える余計な心配はローエの頭に警笛を鳴らす。

「ええ、少しだけ。そう言えば、あなたの出身を聞いたことなかったね。出身地を聞いてもいい?」

 間髪入れずに話の主導権をローエが無理やり奪い取った。

「いいや、俺は答えないぜ」

 ダオレンは何かを感じ取って答えるのを避けた。

「それってこの世界じゃないってこと?」

「だから、俺は答えないぜ」

 ダオレンの顔に嫌な汗が流れる。

 それを聞いたローエは両手を上げて、首を横に振る。そして、ダオレンの答えを肯定とみなした。質問の内容は至極単純。黙秘したところで、認めているようなものだ。ローエの心に冷たい炎が燃え始める。

「ありがとう、もういいわ。私の負けよ」

 ダオレンは目を点にして、ローエが負けを認めたことに驚愕する。

「じゃあご褒美か!?」

 ローエは制服の上着のボタンを外し始めた。

 それを見たダオレンは制服の上着を脱ぎながら、ローエに近づく。

「ええ。アゲル」

 そう言うと、ローエの周りに火の粉が舞い上がる。徐々にそれは大きく広がり、赤い球体が構築されていく。

 これ以上は近づくなと言わんばかりに赤い球体が、ダオレンとローエの間に赤い線を引いた。地面は一瞬で蒸発して、白い煙が立ち上る。

「ああ? これがご褒美かよ、そりゃあないぜ」

 ダオレンは腰に下げた剣の持ち手を握り、構えを取る。

「期待させて悪かったわね。あなたにアゲルのは極上の死よ。殺してアゲル」

「何を言っているんだ?」

 ダオレンはまるで冗談を聞くかのように軽くあしらった。

 ローエはボタンを外し終えると、上半身から僅かに下着の色をわざとダオレンに見せた。

「少しだけご褒美。ここなら誰もいないし、助けも来ない。魔術で暴れても他人に迷惑をかけることもない。今なら許してアゲル」

 消失の森の呪い。呪いそのものをローエが制御する。ここで起きる物事全ては、今日中に消えてしまう。結界に囲われたこの庭は、外との隔たりも限定的。ローエが空けた門以外に、現状、魔術都市と繋がりはない。そこから漏れる音が小さくなるように呪いの強さも効果も少し変えた。この戦いの音も消失するように。

「何を?」

 冷たい眼差しで、ダオレンを見つめる。

「弟を魔王にしたこと」

 ダオレンの顔が青ざめた。

「待て、俺は何もしてない。俺は何も知らない」

 何か覚えのあるダオレンは狼狽える。ローエはさらなる真実を突きつける。

「あなたは誰よりも先に魔王の出現地にいた。魔王が生まれる場所をあなたは知っていた。気になって冒険者記録を調べて見たの。そしたら面白かったわ。トレーディアの迷宮にも訪れていたのよね。奇遇な事に、そこ私の父が管理している天然の迷宮なの。アネモスの森。大した迷宮じゃないから冒険者も自慢したり、名前なんて覚える人もいないわ。でもね、どんな迷宮も入れば記録として残るの知ってた?」

 後ずさるダオレン。構えが崩れないよう慎重に移動する。

「待って本当に知らないんだ。『この世界にいる魔王を倒してくれ』そう言われただけなんだ」

「跪いて首を差し出せば、痛みも苦しみもなく殺してアゲル」

「君は勘違いしている……」

 ローエは最後まで話をするつもりはなかった。ローエの目的はダオレン・フォルジュを殺すこと。ローエの申し出を受け入れられない時点で、やる事は一つ。面倒な会話をやめて、ローエは強硬手段に移行する。

消し去りなさいキング・オブ・ブレイズ

 左手を向けて、外法を解き放つ。赤いギロチンのような炎がダオレンの首に迫る。

 

「つっ」

 魔術の兆候を予期したダオレンは、間一髪上半身を低く屈むことでローエの魔術を回避する。

 赤いギロチンは空を切るが、ローエの魔術はそれだけで終わることはなかった。自由自在に炎を操れるローエにとって自分が作った魔術の形を途中で組み替えることなど造作もない。

「爆ぜろ」

 赤いギロチンが爆発する。熱波が空気を裂き、地面は焼土と化す。衝撃で周囲の森には赤い熱の跡。茶色がかった足の踏み場は、爆発で黒く焦げ付いた。無機物を一瞬で変わり果てた姿に変えてしまうような魔術。人を一人殺すのには十分すぎる火力。人間がこの魔術を受けてしまえば、全身が消し飛ぶだろう。

 だが一人、形を残している者がいた。肌に酷い火傷を負いながらも、片膝をついて息を整える。顔は下を向き、瞳には力がなくおぼろげだ。

「はあ……はあ……」

「丈夫ね。流石は魔王」

「俺は魔王じゃない」

「そう。じゃあ訂正するわ。永遠の血」

 感情を失ったローエの言葉。静かなる怒りを目に宿し、再び手を振るう。

 外からの攻撃は避けられてしまうと悟ったローエは、残酷にも炎の魔術を対象の内側に使った。

「あ……」

 ダオレンは口を開き、体中から途轍もない量の汗をかき始める。苦しそうに胸を押さえ。

「ぐううううう、ああああああああああああ」

 地面に倒れ込み左右に激しく転がる。

 ダオレンの口から炎が吐き出された。

 魔素を呼吸と一緒に放出しているローエは、空気中の魔素を自由自在に操ることが出来る。それを無意識に吸い込んだ人間がどうなるか。無論、吸い込んだ人間の中の魔素から魔術を使うことも可能である。

 冷酷で残忍な行いだが、ローエは永遠の血を殺すため非情になった。ダオレンの体が燃え尽きるまで、体内の炎は燃え続ける。

 やがて、ダオレン全身は炎に包み込まれた。叫ぶ力も苦しむ声も消える。死は歴然。誰が見てもそう思えた。しかし、地獄の炎に燃えた体が炭にはならない。片膝に手をつきながら立ち上がった。全身を包み込む炎が急速に弱まる。やがて炎は消え、最初にローエが魔術で火傷させた箇所の傷も、ついさっきの炎で受けた苦痛も何一つ綺麗に消えていた。

「厄介な魔術だ。魔素を支配するのに時間がかかったし、とっておきのデータの一つが消えた」

「よく、支配出来たわね」

「お前の魔術は効かねえよ」

「そうかしら?」

「次はこっちの番だ」

「いいえ、あなたの番は来ないわ」

「ん? save」

 ダオレンは違和感に気づき右手を見た。赤い針のような物が刺さっている。そして、針の先端が膨らみ赤い花が咲いて散った。

消し飛ばしなさいキング・オブ・ブレイズ

 花が散ると同時に、ダオレンの右手が爆発する。爆発は右半身を消し飛ばし、半身を煙が包み込む。

 それでも、ダオレンは死ななかった。

「load」

 欠損した体は一瞬にして元に戻る。体以外にも燃えてしまった衣服まで、元通りになっていた。

「避けられても困るから、確実に当てたいんだけど。中々上手くいかないわね。やっぱり全く効かないっていうのは厄介だわ」

 ダオレンは腰に装備していた剣に手を掛ける。彼の内心が現れているのか額の汗は消えない。

「たく、化け物め」

「あなたも十分化け物よ。ほら早く死になさい」

「それは出来ない。俺はこの世界の勇者だ」

 それを聞いた、ローエはお腹を押さえて大声で笑った。

「アハハハハ! 笑わせないで。あなたは勇者じゃないわよ」

「何を言っている? 俺は勇者だ。俺は魔王を殺すためにこの世界に呼ばれた。俺は、ここで使命を果たす」

「あなたは勇者じゃない。永遠の血が流れた魔王よ」

「違うな魔王。俺は勇者だ。貴様を殺す」

「なら殺しに来なさい。その方が、私も後腐れなくて楽よ」

 ローエが腕を横に振るう。ダオレンの全身に朱い針が突き刺さった。

消し飛ばしなさいキング・オブ・ブレイズ

 花弁が舞い、爆発した。

「load」

 その爆炎がダオレンに直撃することは無かった。ローエの攻撃が全く通じていない。

 魔王──永遠の血を殺すには勇者の魔術しかない。

 しかし、魔術の効き目がないとは言え、完全ではない。魔王の時は、瞬時に再生する触手の効果を弱めることが出来た。決定的な効果ではなかったが、能力の一部を阻害可能であることは分かっている。それは、ダオレンも例外ではない。何か再生する能力があり、能力を弱める糸口の存在をローエは探す。


 二人の戦いは一方的だった。ローエが魔術を放ち、ダオレンは『セーブsave』と『ロードload』と繰り返し口に出して彼女の魔術を無効化していた。二人の会話は戦闘が長引くにつれて無くなっていた。

 攻撃をしているローエが有利な状況は変わらない。対照的に防戦一方のダオレンは何かこの状況を抜け出せなければ勝ち目はない。それにも関わらず彼の表情には余裕が戻りつつある。ローエの魔術が効果的ではないのだ。ダオレンが反撃するのも時間の問題だろう。生死を超越した体を持つ者に命ある者の勝ち目は薄い。

 有利だからと言って、勝利に近くとも不変ではない。ローエもそれは分かっている。ローエは終わりに向かう戦いの中でも冷静に立ち回る。

 ダオレンが口にする謎の呪文。その二つの言葉を聞き分けつつある。

セーブsave』そして『ロードload』。ロードと言った瞬間、ある特定の状態に戻ることを見落とさなかった。

 ローエが使う魔術、キング・オブ・ブレイズで突き刺した針の一つは、ダオレンの右手に刺さったままだった。本来なら爆発して腕を破壊するはずの魔術が不発のまま腕に取り残されている。

 ローエは自分の魔術が確実に見えない傷を与えていると信じ込んだ。ダオレンが使う魔術は《げほう》は『セーブ』と言った地点で状態を保ち、『ロード』で保った状態を復元する。名前の分からない外法げほう。敵の魔術の正体を頭では理解したローエだが、その魔術を構造上理解することは出来なかった。

 ローエが理解できないのも無理はない。時間軸に干渉できる魔術はこの世界に存在しない。その魔術は異世界に存在する。特定の法則を支配するが故、この世界ではそれを魔法と呼ぶ。そんな魔法が使えるのはこの世界で魔王と勇者しかいないのだから。

 ローエは一秒ほど長い瞬きをした。

「天の四、ここに目覚める」

 魔法の扉に触れる。

 空は深紅に染まり、巨大な術式が出現すると、小さな言葉でローエは勇者になった。


四天開花してんかいか

 ローエの右手を中心に四枚の花弁が開く。花弁は右手の周囲を回転し始める。回転によって作り出した赤い弾丸が完成すると、右手を突き出し、二本の指を伸ばした左手を隣に添えて、即座に射出した。


 赤い弾丸が出来るほんの少しの遅延。

 ダオレンは剣を抜き、錬術を繰り出した。一方的だったローエの猛攻を凌ぎ切りようやく反撃を開始する。

 ダオレンは体の門をこじ開けて、息を吸い込む。魔素と対極にある錬素をこれでもかと蓄積させる。自らの体に狂気を宿した。体が悲鳴をあげようと、意識が消えかけようと、痛覚を遮断して制御する。繰り出されるは極めた者だけに許される絶対領域。

二色橙アウランティウム・ライン

 神速の抜刀。蓄積した練素を放出する。魔素と魔術の繋がりを錬素が持つ強制的な反発により、魔に関する有りとあらゆる事象と機能が無効化される。熟練だろうが赤子だろうが、等しく崩壊と破壊に導く。

 勇者もこの錬術を習得するため修行したとされる、由緒ある流派。──七天流レインボーパレット

 繰り出される光速の抜刀は空間と魔術の限界に境目を生む。

 七色ある抜刀術の二色目。

 ダオレンの剣は橙色に輝き、横一閃。まるで虹でも描くかのように橙色の弧線が空間を分断する。


 赤い弾丸と、橙の一閃が激しく衝突する。

 橙の一閃は、赤い弾丸に簡単に打ち砕かれる。それでも、飛び散る橙色の破片は鋭い刃となって周囲に斬撃を生んだ。

「ぐっ」

 破片の一部がローエの腹部に突き刺さる。ただの錬術が勇者の魔術と対等に渡り合えることなどありえない。

 曲がりなりにもローエが使ったのは勇者の魔法。戦う世界に立つことすら許されない。永遠の血を殺すことの出来る魔法の一つが、ただの錬術に後れを取るはずがない。勇者の魔術に拮抗することはおろか、砕かれた破片が刃になることもない。

 それを実現させたダオレンの錬術は人外の領域にまである。

 

 ローエが練術による斬撃を受けた直後、勇者の魔術は一直線にダオレンを捉える。ダオレンは避けようとはせず受ける体勢を取り、剣を鞘に戻して即座に構えた。彼にとってこれが本来の攻撃を受ける姿。

「セーブ、三色黄イエロー・トリアングロ

 三色。七天流の中でも防御に特化した抜刀術。

 ダオレンを中心に、はるか上空まで届くような黄色い三角柱が出現した。神速の剣さばきで三つの平面を作り上げる。

 赤い弾丸が三角柱に触れた。赤い弾丸はプリズムの中を通過するかのように、二方向に分散する。

 だが、分散した角度が小さい。左肩に赤い光線が貫通した。腕の太さくらいの穴が出来る。

「無茶苦茶な魔術を使いやがる。ロード」

 ダオレンは傷ついた体を回復しようと試みるが回復する気配はない。

「ん? ロード」

 もう一度、唱えた。ダオレンの傷が癒えることはなかった。

「まじかよ、やべえじゃん」

 ここで事態の深刻さに気付く。自らの魔術が封じられた彼の表情から余裕が消える。肩からはとめどなく血が溢れ出た。右手で抑えて止血をするが、血は止まらない。

 左肩から感覚が失われていく。左手に力を加えてみるが震えで思うように力が入らない。これでは自慢の錬術は使えない。そして、外法である回復手段も失った。絶体絶命のダオレンは足を動かす。

 ローエに背を向け走り出そうとした瞬間、次なる追撃が飛んできた。


消し飛ばしなさいキング・オブ・ブレイズ

 どどめとばかりにローエは魔術を放つ。


「ぐああああああ」

 右手に刺さっていた針が膨張し爆発する。


「ロード! ロード! ロオオオオオオドオオオオオオ!」

 ダオレンは喚き散らかし、自信を回復する。消し飛んだ右手は完全に元に戻っていたが、左肩の傷が治ることは無かった。


「ハハハハハ、あぶねえ。まだ生きている。左肩は駄目か」

 無事に自分の魔術が発動したことに安心する。自分の魔術が完全に失われた訳ではなかった。

 ダオレンは足に力を入れ立ち上がる。

「まあいい。今は、魔王のあいつから――」

 独り言のように呟き、ローエの存在を消そうと必死になっている。

 どうやってローエと言う怪物から逃げられるか頭をフル回転させる。

 ただ逃げるだけでは追いつかれてしまう。血が目印となって意味がない。

 ダオレンが覚えている錬術の中には身体の強化を施す種類も中にはあった。基礎代謝が上がり、傷口の回復にもなる。

 だが、左肩に負った傷口は見た目よりも大きいため、錬術による回復を過信することを諦める。

 目くらましのために、七天流レインボーパレットを使おうにも左手には力が入らない。

 ダオレンは選んだ。

 傷のことを後回しにしてでも、いったんは距離を取ろうと。

 この間、一秒。

「――に、げ」

 る。

 言うことが出来なかった。


 ローエの赤いギロチンが、ダオレンの首を切断した。返り血が届かないように十分な距離を確保して。

 【式神】が繰り出す音速の術式。

 神速の技術の持ち主も、剣を使えなければ反応は出来なかった。


「これで終わった」

 目の前の死体を一瞥して、跡形もなく灰にした。

 ローエは血がべっとりついた左手に視線を移す。その手で後ろに隠した小さな鞄から回復薬が入った小瓶を取り出して中身を飲んだ。溢れ出た回復薬を手の甲を使ってぬぐい取る。腹部の傷は回復薬のおかげですぐに治る。その手で傷口を抑える必要はなくなった。

 ローエは顔を下に向けた。赤い血溜まりを見て不快極まりないといった表情をして、いい捨てた。

「本当に穢れた血」

 ローエは気分を害す血も見えなくなるまで燃やした。

 永遠の血、全てを燃やし尽くすと深く暗い森の外へ出た。

 行きと帰りと同じ道を通って、足跡が残残っている場所も慣らして徹底的に消した。

 噴水の前に立つと、悪魔の彫刻が見守る門を見て、再び人避けの魔術を起動させて、何食わぬ顔で寮へと帰った。

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