第7話(練習の成果)

 目が覚めた。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。久しぶりに変な夢を見た。

 この旅で日数と時間の間隔は完全に狂っている。今日が何日目なのか私には分からなかった。自分がここまで憔悴するとは思いもしなかった。魔術都市から聖国に来るまでは、そんな疲れを感じることはなかったなのに、門の開閉の修行をするだけで、感覚は麻痺している。この旅がまるで永遠に続くように感じた。モルテさんに経過した日にちを聞くとどうやら三日は経っているらしい。隠れて門を開ける練習を続けて、休む暇もない。目的地まではどうやら順調に進んでいるらしく一日くらい早く着くようだ。

 道中問題らしい問題は起きなかった。それもそうだろう。人が整備いていた街道に沿って歩いているのだから、突然魔獣が現れたり、天気が悪くならなければ順調に進む。私は旅をするのがやっとの思いだが、モルテさんとプリエちゃんはマイペースに旅をしている。炎を焚き、鞄から保存食を取り出して簡単に調理して、三食用意して食べている。私もその恩恵にちゃっかりあやかった。こんな道と木しかない場所で、いつもの日常を再現をする二人は旅慣れているなと思った。ただ闇雲に旅をした私とは違う余裕を体感する。

 この旅の途中、二人は長い会話はせず、その日の段取りや、天気の話と短い会話のみ。かと言って話が盛り上がらないかというと、道端に咲いている花や珍しい草を見つけては、子供のようにはしゃいで私もそれに付き合わされた。

 つい先日見つけたクラゲ草という草を見つけて二人は上機嫌だった。私から見たら違いはわからない。その辺にある雑草と一緒。あまり興味を持たなかったが二人が楽しそうにそのクラゲ草の話を聞いて覚えてしまった。

 春の時期に生い茂り、満月の日には花を咲かせてぷかぷかと空気中を浮かぶらしい。非常に珍しい草で、天然の目撃情報は年々減っているらしい。繁殖力が極めて弱く、他の花や木等に栄養を取られて競争に負けるため。自然の摂理を大切にしている二人は、何もすることなくただ観察して、二、三分見て旅を続けた。

 日が暮れそうになると、三人で野営の準備をして、モルテさんが合間の時間に私の修行の稽古をして一日が終わる。夜も二人は周囲の警戒を変わりばんこに行っていた。私は修行の疲れという名目で寝たふりをして、門の開け閉めの練習を隠れて行っていた。

 今日は、モルテさんが作ったスープを飲んで体調を整える。そうして、旅をすること、数時間。ようやく試練が訪れた。

「グランドウルフの群れだ」

 一番早く気付いたのはモルテさんだった。

 周囲に気配を配ると、姿は見えないが魔獣の存在を感知した。

 魔獣も私達に気づいて群れのボスらしき一匹が姿を現す。茶色い毛皮、四足歩行に。顔はとんがり口には犬歯が生えている。おまけには尻尾までついた魔獣。十数匹はいる。

「まとめて全部やっちゃっても良いですかね?」

「ダメだ。大抵の魔獣は大きな音や煙の匂いで逃げる。襲われる前に先手必勝だ。無用な殺生は避けたい。ただの俺のわがままだから付き合う必要もない。もし対抗するならどっちが速いか勝負だ。大きな音を出すから耳を塞いどけよ」

 言われるがまま私は耳を塞いだ。私も別に殺したい訳じゃない。

「烈」

 モルテさんがそう言と、高く鋭い音が周囲に飛びまわった。目瞑り、耳を手で塞ぐ。手で塞いでも想像よりもずっと大きな振動と騒音は私の感覚器官を揺らし、それにつらて目の前の視界も揺らいだように感じる。目を開けるとモルテさんの言う通り、グランドウルフの多くは、林の中へと逃げていった。

「何匹か残っちまったな」

 モルテさんの望む結果じゃないのかどこか不満そうだった。この一発でグランドウルフを全部追い払いたかったのだろう。それを見たモルテさんは自分の力に落胆している様にも見えた。

 プリエちゃんも仕方ないなと言った感じで気を引き締め始めた。グラウンドウルフを見ながらモルテさんに声をかける。

「慣れているのかしら。よく、こんなに残ったもんよ」

 残りは三匹。戦わず済むならこの数は少ない方だろう。一人一匹ですむ。プリエちゃんの戦力は未知数。戦っている姿を見たことはない。いくら一人で林を散策できても、数に含めない方がいいはず。となると私とモルテさんだけ。私達二人でも充分対処出来る数だ。最悪、私が全て対処しても問題はない。

「生きのいい奴が残ったな。あいつらも覚悟の上らしい。よし、ローエあとはよろしく頼む」

 私はモルテさんが、魔獣を倒せないことを知っている。それが本当かどうか知りたかった。

「モルテさんはどうするんですか?」

「そりゃもちろん、見物人」

「そう言わずに、戦ってくださいよ」

「ローエは信じないかもしれないが、俺は魔獣を殺せない」

 モルテさんが自白した。初めて聞いたら何を言っているんだこの人は、何て思わず口にしてしまうかもしれない。ここまでは想定通りだ。

 私は知らないふりして誤魔化した。

「そんな嘘、信じませんよ」

「いや、本当だ。ちなみに薬草の採取もできない」

 薬草も採取できないのは初耳だ。そんな、変な会話をしている間に、グランドウルフが襲いかかってきた。モルテさんは慣れた手つきで懐から、黒い短剣を取り出した。その短剣を使って先頭のグランドウルフの首を引き裂く。一瞬の攻防。隣で見ていた私にはその早技を全部見ることはできなかった。ギルドでの実技試験がバカらしくなるほどモルテさんは手慣れていた。導かれるようにグランドウルフの急所を突く手つきは、何度繰り返したのか分からないほど正確だった。しかし、そのグランドウルフは死なない。グランドウルフの首はすぐに元の状態に戻った。

「ほらな。この通りだ」

 そう言って、体を反転し、足を振り上げて、首を切ったグランドウルフの首を蹴飛ばした。鈍い音がした。首の骨が折れた音だろう。後ろに吹き飛ばされたグランドウルフは倒れこみ、またしてもゆっくりと立ち上がった。折れ曲がっていた首は元の形のまま真っ直ぐな形状に修復している。この奇妙な現象を目の当たりにして、モルテさん本人はあまり驚いていない。見ているこっちとしては何が起こっているのか謎のままだ。ただ一つ噂が本当だということは分かった。

「本当に殺せないのですね」

 奇跡と言うべきか、呪いと言うべきか、本当にグランドウルフを殺せていなかった。グランドウルフはどこにでも生息する肉食の魔獣だ。戦闘経験が少ない人であれば多少苦戦するだろうけど、魔術を扱えればそこまで手こずる魔獣ではない。魔術都市の授業でも戦った経験のある私にとっても大きな脅威には感じない。私の方に向かってきたグランドウルフは簡単な魔術で一匹仕留めた。

「残念ながら、俺たちは勇者と魔王専門だ。それ以外となると、かなり実力を制限される。殺せないと言うのは制限の一つだ。それと、なかなかやるな。ローエは今一匹ちゃんと倒せなじゃないか。その調子で頼むぞ。さあ次が来る」

 モルテさんに言われて前を向くと、三匹目のグランドウルフが近づいてくる。私はすぐさま魔術を使った。

 第五の赤の術式ワンド・オブ・ファイブ

 火球を作り出して、直進するグランドウルフの体に接触させた。グランドウルフ赤い炎に包み込まれて、その場に倒れ込んだ。

「お見事」

「世辞はいりません」

「次は五位上の魔術を試すのはどうだ?」

「分かりました。言われた通り試してみます」

 モルテさんが首を引き裂き、首を折ったはずのグランドウルフが、よだれを垂らして激走する。仲間を殺されて頭に血が上っているのか、はたまた本能に従って動いているのか、魔獣の気持ちは分からない。最後の一匹になったグランドウルフから何か強い気迫を感じ取ったのは間違いない。それに気圧されて自分を失わないように、ただただ冷静に魔素を体に取り込む。油断をすれば、その鋭利な牙が私の体に傷をつける。例え、弱い魔獣でも一瞬の恐怖を感じ自分を見失えば、死はすぐそこに。魔獣も生きるために、私も生きるための選択をする。

「はぁー」

 息を深く吸い込み。十分な量の魔素を体に溜め込んだ。仕込みは十分。慣れない手つきで、体の門を開いた。——開

 呼吸をする。

「うぐ……」

 胸から込み上げる強烈な吐き気。吐き出さないように歯を食いしばる。体の中に、魔素とは違う不純物が溜まっていくのを感じる。溜め込んだ不純物を吐き出さないように、空気中に自分の魔素をゆっくり吐き出した。

「は……あ……」

 相手のグランドウルフは待ってはくれない。口を大きく開いて、鋭い牙を見せつけて私に飛びかかった。

 目の前の敵と、吐き気の板挟み。ここで自分を失なう訳にはいかない。開いた門を瞬時に閉じれるほど私の技術は上達していない。体を動かして避けることも難しい。動きながら門の制御は修行中、一度も試したことはない。私は静止したまま門の操作をしていた。最悪な状況は、グランドウルフに噛まれて、門を閉じれないこと。魔術なしにグランドウルフは引き剥がせないし、門を開いたままにしていては、満足に呼吸も出来ない。

 最悪の事態だ。

 例え噛まれたとしても魔術を発動しなければならない。不安だらけ。だけど、緊張はしていない。思考も快調。恐怖も感じない。あるのは不快な感覚のみ。

第六の赤の術式ワンド・オブ・シックス

 大気中の魔素が私の魔素と反応して、爆発的に私の魔素が増える。そして、魔術が発動した。第一の魔術の上位互換にあたる第六の赤の魔術。私の全身は魔術で強化されるのはもちろん。それに加えて、グランドウルフの肉体に負荷が加わる。急激な体温の上昇により、体力が急速に奪われる。力なく私にグランドウルフが飛びかかってきた。牙を剥き出して、私の肩に噛み付いた。

飛びかかったグランドウルフに噛みつかれはしたものの、私の体に傷をつけることは出来なかった。体力を極限まで奪われたグランドウルフに私の体を噛みちぎるほどの余力は残されていない。私は優しく振り払い、グランドウルフは息を切らしてとその場に倒れ込んだ。

「ごめんね」

 そう言って、グランドウルフにとどめを刺した。

 一仕事終えて、私は開いていた門を閉じる。大部扱いに慣れてきた気がするこれなら動きながらコントロールもできるかもしれない。

 と油断していると。

「うっぷ」

 盛大に練素を吐き出して、前のめりに倒れ込む。まるでお約束のように毎回やっている気もする。今はどうでもいいか。視界はぼやけて、私は意識を失った。

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