第4話(見えない勇者)

 モルテさんと出会うことは出来た。

 弟のことを相談した。

 助けられないと勇者と魔王の専門家に言われたため、治すことは諦めた。

 と、思いつつもまだ心のどこかで引っ掛かっている。

 勇者になって魔王を倒す。私が勇者で弟が魔王。

 そんな話があるだろうか?

 本当は助けられるはずだ。奇跡はこの世にあって、救いはちゃんとある。たとえモルテさんが言うように治すことが出来なくても、やり残していることがあるかもしれない。淡い期待でも何が何でも助け出したい。

 治らないからなんだと言うんだ、私はずっと良い子ちゃんでいるつもりはない。その道を極めたモルテさんが言うからには大人しく従うのが賢い生き方だ。だけどそう簡単に受け入れられなかった。素直に受け取って諦めれば良いのか、それに背いて他にあるかもしれない方法を探せば良いのか、決められずに迷っている。

 周りの人は言う。大人の言うことは聞きなさい。

 大人は言う。自分のこだわりを捨てなさい。

 最後に己を問う。それが是が非かを選ぶ。

 大人の言うことを聞いて自分のしたいことをする。そんな上手な生き方を私は知らない。

 そもそも、生き続けるという点で言えば、何不自由なく暮らせている。魔道具や錬金術の発展で人々の生活は大きく変化した。

 備蓄できるようになった水や食料。魔獣に壊されにくくなった住居。それに加えて、簡易的な魔術を使えるアクセサリーまで存在する。

 金銭的な問題を考えなければ、モノにあふれ、便利な時代に生まれた私に生活での不自由はない。

 ただ、私は生きている。それだけだ。

 やりたい仕事も、目的も見つからない。

 素敵な人を見つけて幸せな家庭を築きたいとか、

 綺麗な容姿を目指して皆の人気者になりたいとか、

 仲間を集めてお宝や最強を旅する冒険をしたいとか、

 錬金術で便利な魔道具を作成するとか、

 どれも心に響かず魅力的には思えなかった。

 目的も目標も持たず、ただ淡々と大人の言われることに従って来た。

 頑張った。勉学の才能はなかった。かと言って、特別な技術や武器なんて持ち合わせていない。私には何も残らなかった。その事実を私は早い年齢で気づいてしまった。

 何もない私に何かあるとすれば一つだけ。

 小さい時に弟とした魔術で競う約束。

 この約束だけが今の私を生きる原動力になっているのは間違いないだろう。

 弟の約束のために頑張ってこれた。引きこもりだった私を変えた。幸いにも魔術の才能に恵まれた。弟に自慢するために沢山の魔術を覚えて強くなった。

 出来て一つだけ。多くのことは出来ない。たった一つで私は精一杯。同時に複数のことを私は出来ないと自分でも分かっている。

 複雑な思考を必要とするものは嫌いだ。

 我が儘な私。頭の硬い私。

 こんな自分が好きな私。

 こんな自分が嫌いな私。

 長年培ってきた考え方、生き方、信念、それらはすぐに捻じ曲げられない。

 

 モルテさんに会う前、魔術都市の先生に言われた。

『なら君の好きなようにしなさい。その目で見たものだけを受け入れなさい。そして考えなさい』

 頭の硬い強情な私の考え方を理解してくれた。私にとって良き先生である。

 結局、話は大きくなって、学園長にまで話は進んだ。そうして、モルテさんの居場所を学園長が教えてくれた。

 ここまで来るのに想像していたよりも時間はかからなかった。面白いほど脇道に逸れることなく物事が上手くいった。

 自分で予定を組んで、自分で行くまでの道のりを調べて、冒険に必要な物を準備した。魔術都市を離れて、聖国まで一人で来れた。魔獣に襲われたり、何もないところで野宿したり、街道の標識を見間違って迷ったり、そう言ったありきたりな障害を飛び越えてここにいる。

 だから、このまま上手くことが進むと思った。

 弟の病気も同じように簡単に治す手段が見つかって解決。

 でも、そうも上手くはいかなかった。

 この先は行き止まり。治す方法はない。

 飛び越えれば良いのか、従えば良いのか、決められない。

 モルテさんの言う通り、助けられないのかもしれない。だけど、別の方法で助けられる可能性もあるはず。永遠なんて大層な名前しているくせに、こんな簡単に死ぬならそれはきっと永遠じゃない。私が知っている永遠は尊く、絶対に覆すことのない、真実の法則だ。人の生と死もまた同じ。一方通行ではあるが、病に絶対何てものは聞いたこともなければ考えたこともない。病は治るものそうやって信じて生きてきた。

 もし、この病が人の生死という概念と同じなのであれば受け入れられないけど、諦めはつく。でも、永遠病という病気であれば、治らないはずはない。この世界に治らない病気があるとすれば、死のみ。それくらい、この世界には神秘があって、実現できる手段もある。神がこの世界に隠した物を見つけてしまえば、簡単に済むはずだ。

 知らないだけで、本当はあって欲しい。

 この広い世界に。

 希望を持ちたい。あって欲しいと神に願っている。

 そうじゃないと、私が何のために魔術を学んだのか自分の信じたものが壊れてしまう。

 治らなくても、治す方法がなくても、黙って見ていることはできなかった。必死に足掻いて、抗う必要がある。他人には無価値でも、私には凄い価値がある。

 でも、今の私に弟の病気を治す手段も、恐らく探す時間も、残されていない。


 それなら、今はモルテさんの言うことに従って、落ち着いたら後で治す方法を探せば良い。

 何故か分からない。

 自分の考えも、生き方も、信念も簡単に捻じ曲がった。

 弟を優先した結果かもしれない。

 弟の約束の上に勇者があればいい。

 私は今ここに来て、上手に生きる方法を学んだ気がした。


 ***


 約束の時間に目的の場所に着いた。外から見る冒険者ギルドに何時ものような活気は感じない。相変わらずこの時間帯の冒険者ギルドはとても静かだ。利用している人がとても少ないせいだろう。この時間帯を指定するモルテさんは人混みが嫌いなのだろうか。それとも仕事をしない性分なのだろうか。その場合、私の依頼を良く引き受けてくれたものだ。

 冒険者ギルドの前に立つと、扉が開き、四人の冒険者とすれ違う。恐らく冒険者のパーティだろう。冒険の目的や利害が一致する冒険者は複数人で一緒に行動することがあるそうだ。そうすれば、一人ではできない魔獣の討伐や、困難な場所での探索も協力することによって多くの利益を生むことが出来る。

 私は出てきた冒険者たちとすれ違うと同時に、そのパーティーのリーダーと思わしき人に声をかけられた。

「お嬢ちゃん、今の時間はよしときな。あの厄病神しかいないぞ」

 知っている。今日はその厄病神に会うんだから。

「ご忠告ありがとうございます。すみません。失礼します」

 断りを入れて、無難な言葉でこの場を乗り切って、冒険者パーティーとすれ違う。

 ゆっくりした足取りで反対に去っていく冒険者パーティー。聞こえないようにひそひそ声で話し始める。私に聞こえないように声量を落としたんだろうけど、それが返って私の耳によく入る。他にも聞こえるはずの雑多の音だけが、自然と消える。


「おいまじかよ。見たか、あの女の子。厄病神しかいないって知りながらもギルドへ向かったぞ」

「やばいな。勇者と魔王を本気で信じるなんて、ろくなことにならないのによ」

「あいつには近づかない方が良いかもな。きっと狂人だぜ。いないって分かっていて挑むんだからな」

「かわいそうに。冒険者になって間もないんだぜきっと。宝箱はあるが、肝心の宝がない冒険をするなんて、あの若さで酷だろう」

 最初に話始めた男が、クスクス笑い始めた。

「そんな冒険、間抜けがやることだぜ」

 クスクス、クスクス、クスクスクス。

 クスクス、クスクス。

 クスクス。

 押し殺した笑い声。

 私は、冒険者ギルドの扉に手を掛ける。

 実際、ここまで馬鹿にされるとは思わなかった。

 私の気持ちを逆撫でする言葉に耐える。

 私は歯を食いしばって、冒険者ギルドの扉を開けて、中に入る。

 現実から目を背けるように、振り返らず手だけを使って扉を閉めた。


 冒険者ギルドの奥に目線を合わせる。受付の近くには、男性一人と女性。

 男性の見た目は、とくに目立った特徴はなく、目にかかるかかからないくらいに切られた黒い髪、服装はギルドの制服と思わしき緑の上着にベージュのズボン。

 はっきり言うと服装はそこまで格好はよくはない。

 昨日と違う点として大きな荷物を背負っている。さらに格好悪さが傘増しされた感じだ。残念なことにこの人が私の目的の人物。疫病神のモルテさん。

 今時あんな大荷物で装備をしてくる人はほとんどいないだろう。

 一定の量を収納できる小さなサイズの魔道具が一般に販売されている。モルテさんは少し古いというか、新しいものに興味がないマイペースな人なんだとこの時は決めつけた。

 そんな、モルテさんの隣に目を移す。

 この場にそぐ合わない黒い修道服を着た少女が立っている。赤い瞳に、白く透き通るような長い髪。顔立ちはまるでお人形さんのように可愛く整っている。名前の知らない少女を横目に私はモルテさんに声を掛ける。

「こんにちは」

 よおと手を上げて簡単に挨拶を返される。

 モルテさんの隣にいる少女が気になった。さっきあった嫌なことは忘れる。それくらい可愛かった。

「あの、モルテさんお隣にいる方は?」

「ああ、この子は俺の仕事と生活を見てくれている相棒だ。さあ、プリエ挨拶をして」

「ローエさん。こんにちは」

「プリエちゃん。こんにちは」

 少し恥ずかしそうにして、すぐモルテさんの後ろに隠れてしまった。

 プリエちゃんの人見知りな仕草を見て、可愛いと思った。恥ずかしがり屋さんの一面もあるらしい。この冒険でプリエちゃんと仲良く出来ると良いなと淡い期待を願う。

「プリエは少し人見知りだけど、気にしないでくれ。さあ、早速冒険に行く前に君に見せたいものがある。ついてきて」

「は、はい」

 モルテさんはそう言って、冒険者ギルドを後にした。見せたいものが何かを聞く暇もなく、言われるがままモルテさんの後をついて行った。


 ***


 冒険者ギルドを出て、しばらく歩いた。

 ここは聖国の中心。国は活気づいていて、たくさんの人が目まぐるしく動いている。多くの商人、多くのお店、多くの物。ここが聖国。もっと静かな国を想像していたが、私のいる魔術都市とあまり変わらない。着ている服装や、都市の建物は見た目こそ古いものの、新品同様の綺麗さがあった。おもむきがあり、古いというよりも、無駄を省いたデザインだと私は感じた。

 そんな、国の中心を人を避けながら、歩いていく。

 次第に大きな白い建物が視界に無理矢理入ってきた。その建物が普通でないことは私にも一目見て分かった。古い新しい関係ない。その佇まいは、見る人全てを圧倒する。この聖国を象徴する建造物。立派な大きな白いお城が見えてきた。

 聖国が聖国サントクリスと呼ばれる名前になる前からこの場所に建っているとされる歴史的建造物。難攻不落の城にして、人類最古の城の一つ。

 シューネヴィアス王城。

 聖国に来るならこのお城を一度見たかった。聖国の冒険者ギルドや、聖国を囲う石で積み上がった要塞の壁の入り口からは角度的に見えなくて、今日初めてこの目で見た。

 美しく、大きい。それくらいの言葉しか出ないくらい圧巻の見た目。

 聖国でも、特別な人しか中には入れないらしい。さらに、普通の人は中に入ることはおろか、近くの土地にすら踏み込めない。

 一度でいいから中に入ってみたいな。どんな世界が見えて、どんな雰囲気を味わえるのか、少し気になった。

 でも、あまり浮かれていられない。

 私はまだ行先を知らぬまま、特に会話もなくひたすらモルテさんとプリエちゃんの後ろを歩いて行った。

 聖国の色々な景色を見て歩き続けた。

 整備された路地。石材や木材で作られた建物。ゴミや目立つ汚れは気にならない。聖国の現状をよく知らない私にとって、この光景は聖国に住む人間たちの鏡。非常にまめで綺麗好きな人間性を垣間見る。


 そして、私は今の状況が少し理解できないでいる。シューネヴィアス王城が目の前にあった。

 一体何でこんな状況になったのか私が一番理解出来ていなかった。

 二人は特に気にすることもなく、城の門にいる警備兵たちを通り過ぎ、ずかずかと城の土地を踏み込んでいく。私は周りを気にしながら、少しあわただしく、そして、そわそわした。

 王城の中に入る扉は木製で、私の身長の三倍以上はありそうだ。扉が私達の到着を予期するように静かに開かれる。目の前には王国の使用人らしき人が数人列を作り並んでいる。モルテさん、プリエちゃん、私に軽く会釈をして、挨拶などの会話もせずに私達は迎え入れられた。

 城の中を見渡すと、想像をしていたお城とは違った。きらきら光るものがそこら中にあって、洗練された美しさがあると思っていた。しかし、外の見た目とは違って、中はとても質素だ。私たちが普通に住んでいる部屋と何ら変わりない。豪華絢爛と言える程、城内は煌びやかな装飾がされてはいなかった。どれも普通に見えた。

 普通の机、普通の椅子、普通の家具。どれも主張してない。かと言ってよくよく見ると細部には職人の技がそこには刻まれている。蝋燭ろうそくと金属の付け根には複雑な図柄の燭台。岩肌がむき出しの綺麗に整えられた白い壁。廊下の床には赤い絨毯。上を見上げれば、高い天井にひっそり輝くシャンデリアと、綺麗に描かれた何かの花模様。目立たないように見えて目立つ様々な装飾品はこの王城に相応しい品々だったと気付かされる。そんな装飾品たちに見られながら、城の奥へと進んでいく。

 

 使用人達に案内されたのは、人気も寄り付かなそうな地下へと続く階段。明かりはほとんどなく、不気味な雰囲気が漂う入り口は、未知なる先への不安感を抱かせる。

「ここから先の案内は、私達には出来ません。戻るまでここでお待ちしております。モルテ様、どうか足元に気を付けながらお進みください」

「ここまでありがとう。ほら、行くぞ」

 尻込みしている私をモルテさんが急かしてモルテさんとプリエちゃんは先に降りて行った。相変わらず詳しい説明はない。

 中に入り、螺旋状に続く地下への階段を恐る恐る降りて行く。明かりはまばらに置いてある蝋燭の頼りない光だけ。足元はほとんど見えない。そんな明かりの中、二人はどんどん、先に進んで行く。こんな暗い場所に置いて行かれるのは嫌なので、私も二人のペースに自然と合わせていた。

 階段を下りて行く途中、ようやくモルテさんが口を開く。

「驚いただろうが、特に気にするな。ここに来たのはローエに見せたいものがあるからだ」

 聞いてみたいことは沢山あるが、ここでの質問を控えた。

「それは?」

「勇者がまつられたほこらがある。この場所を知っているのは聖国に住む王族と一部関係者だ。ここに来たことを周りに言うか、言わないかはローエの判断に任せる。まあ、言ったところで馬鹿にしてくるだろうがな」

 そう言ってモルテさんは笑っていた。モルテさんの言う通りだろう。一週間、聖国で過ごしたから分かる。モルテさんのことを聞いても意地悪するように、話を逸らされた。馬鹿にする人、嘲笑したりする人、真面目に取り合ってくれない人たちだらけ。

 やっと手に入れた情報も親切な冒険者ギルドの受付嬢さんが、声をかけてくれて、時間と居場所を教えてくれた。

 あまり人のことを言えないが、私も『勇者と魔王』というのをそこまで大事に思っていない。むしろ笑う側に近いだろう。おとぎ話だけだと思っていた。沢山の冒険者が勇者と魔王を追い求め、そして、見つけられなかった。誰もが勇者の存在を疑い、誰もが魔王を否定した。

 だけど、ここにきて、モルテさんや聖国が信じ続けているであろう『勇者と魔王』が実在するのだと感じ始めている。

 螺旋状に続く階段が終わり、薄暗い視界の中に一本の通路が見える。その通路を進むと大きな扉の前にたどり着いた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様。少し部屋を見せるよ」

 扉の前には銀色の甲冑を着た大きな人。顔は兜で覆われていて良く分からない。顔見知りなのか、モルテさんは気さくに話かける。

「はい、事前に連絡をもらっています。ご自由にお使いください」

 低い声を聞いて、この甲冑を着た人が男性だと分かった。

「分かった、ありがとう。相変わらず甲冑着てるけど暑くない?」

「暑いっす。でも、まあ仕事なんで気遣い無用です」

「そっか。ローエ、入ってこの部屋だ」

 モルテさんが部屋の扉を開いて私を招き入れる。

「ここが……」

 部屋に入ると形も色も違う七つの像が綺麗に並べられていた。部屋にある蝋燭によって薄っすらと照らされる。

「七人の勇者がこの世界に実在した証拠だ。槍、緑、青、赤、拳、黄、剣。それぞれの勇者が一つの時代にいたとされている」

「今は全員いないんですよね?」

 私はモルテさんが試験中に言った話を思い出した。

「よく覚えていたな。そうだ、やっと五人集まった。足りないのは赤と拳。君に目指して欲しいのは、赤の勇者。ローエと同じワンドを操ったとされる勇者だ。この中では四番目」

「どうやったら勇者になれるのですか?」

「この世界に祝福されることだ。その言葉を本当の意味で使うことが出来れば、勇者と認められる。必要な言葉は像の下に書かれているから確認してみて」

 この世界に祝福される? そんなおめでたいことがあるだろうか。これと言った明確な条件はないらしい。勇者になる、ならない以前に、勇者が世界に認められるというのは何ともふざげた話だと思った。世界の気まぐれで決まってしまっては、冒険をして本気で探した人が可哀想に感じる。

 これでは信じない人も出てくるのは、当然だろう。かく言う私もその一人だったのだけど、今日でさようなら。

 私は赤色の像の目の前まで歩き、下に書かれている文字を見た。読めない。私の知る文字じゃない。

「読み方が分からないです」

 何て読むのかモルテさんに聞いた。

「『四天開花してんかいか』」

「してんかいか」

 ただ言葉をなぞった。意味は分からない。恐らく何らかの特別な魔術なのだろう。番号が振られている魔術とは違う部類。誰からも引き継がれることなく消えていった多くの魔術とは違い、人伝いに継承されていく固有の魔術だろうと予測した。

 私が普段使う魔術は現代魔術といって、偉大な先人たちが誰でも使えるよう形にした。ワンド、ペンタクル、ソード、カップ。それぞれに一から十までの数字が割り当てられている。数字にはちゃんと意味があり、段階ごとに仕切られている。

 そんな、現代魔術以外の魔術的な手段を時には外法と呼んだりする。

 私はまだ外法の一つも知らない。この『してんかいか』が私の魔術人生初めての外法になる。 

「そうだ」

「どんな魔術なんでしょうか?」

「悪いが俺も見たことはない。他の勇者が使う魔術はを見たことあるが、参考にもならないだろう」

 仮にこの外法を勇者の魔術と呼ぶことにしよう。モルテさんは使えないとはいえ勇者の魔術の見た目や、その魔術が引き起こす現象を知っているようだ。何もないところから創造するよりも、とっかかりがある方が私も理解しやすい。

「どうなるのですか?」

「生死以外に関わる一つの法則を捻じ曲げることができる。まあ、これだけ言っても分かりにくいから、要するにどんな魔獣も倒せる」

「ドラゴンも倒せますか?」

 この世界で最強の一角とされる魔獣の名前を出した。

「勿論。簡単に消しとばす。今のローエには、難しいけどな」

 地下深くに眠る最強の生物。この世界にある地下迷宮を守護をしているとされる魔獣だ。私は見たことはない。絵本で知った。勇者と魔王の物語に出てくる魔王の幹部。その魔獣を簡単に倒せるほどの魔術を今から習得するとなると先行きは不安だ。本当に自分に扱えるのか、壁が高すぎて、やる気さえ芽生えなさそうだ。だけど、ここまで来て簡単に諦めるつもりはない。

「分かりました」

 私はただ短く答えた。モルテさん全てを信じてはいない。それでも、この人について行くことが近道だろう。

「いい返事だ。そう言えば、あの時は聞けなかったけど、行き先はどこだ? ローエが言った『永遠病』が衝撃過ぎて色々情報を聞きそびれた」

 モルテさんはごそごそとかばんの横をあさり始めた。かばんから取り出したのは、丸まった一枚の紙。端の部分には傷があり、所々茶色く汚れているその一枚の大きな紙を地面に広げた。

 何度か色々手直しているのか、チェックがあったり、横線で名前が書き変わっている箇所があった。内容を見るに世界地図のようだ。どれくらい正確かは分からないけど、かなり入念にたくさんの情報が書き込まれていることは見て分かった。

 私もあまり精度は良くないけど、魔術都市で売っている魔道具の地図を購入した。ここまでの旅路に大いに役立った。

 私が持っている魔道具の地図とモルテさんの地図に照らし合わせる。私はモルテさんが広げた地図から目的の場所を見つけて、指を刺した。

「トーレディアとサントクリスの境界にある小さい村です。公共の馬車を使った行き方だと、サントクリスとトレーディアを結ぶ街道を最短でも一週間。更に私の村まで行こうとすると、運送屋さんに依頼して五日かかります。そんな時間はないので私は魔術をかけて、三日で来ました」

「モルテ凄いね。結構無茶な旅して来たみたいだよ」

 口数の少ないプリエちゃんが反応した。

「ああ。俺たちでも、三日で行ける自信はないからな。大体の場所は分かった。ローエの分含めて、食料と水分は用意して来ている。この装備で一週間はいけるから心配するな」

 そう言って、後ろの大きなかばんを指さした。

 一週間。約七日分の装備をモルテさんは用意してきたようだ。それでも色々な魔道具を使えばもう少しコンパクトに出来たのではないだろうかと余計なことを思いつつ、それとは別に旅に褒められたことを嬉しく思った。

「ありがとうございます」

 モルテさんは地図を丸めて、かばんにしまった。

「いくら行ったことがあるとはいえ、今と昔じゃ変わってる地形もあるから正確には分からないからもしれない。それでも勘で近くには行けるとは思うから、何とかなるだろう。分かる道に出たら教えてくれると助かる」

 私が住む場所は、人もあまり寄り付かない田舎だ。大体の道が分かることも凄いと思うが、それよりも行ったことがあるとは驚きである。冒険者の教官は全員、知らない土地はないのだろうか。だけど、そういう所を知っている当たりは流石冒険者の教官だなと思った。

「確認も済んだことだし行きますか。予定では五日で行こう。早ければ四日、最長で六日だ」

「分かりました。お願いします」

 モルテさんが祠の出口を目指し、プリエちゃんと私もそれに続いた。

 甲冑の人とモルテさんは軽く挨拶をして、勇者の祠の部屋を出る。そして再びお城の中に足を運んだ。

 お城の入り口には使用人達が私たちの帰りを待っていた。

「おかえりなさいませ」

「待たせて悪いなマザー」

 壁の横にずらりと使用人達が並んでいる。マザーと呼ばれた真ん中にいる使用人とモルテさんは何気なく会話を始めた。どうやた世間話らしい。会話の内容はあまり個人的過ぎて聞き取れなかった。モルテさんとずいぶん親しげに話をしている。付き合いの長い交友関係の一人なのだろう。さっきの甲冑の人といいモルテさんはこのお城内に知り合いが何人かいるようだ。割と頻繁にお城に足を運んでいる様子。いったい何者なのだろう?

 冒険者以外の顔があるのは違いないと思った。果たしてそれが、勇者と魔王に関係するかどうかは、私の知る由もない。

「いいえ、構いません。ご用件は済みましたでしょうか?」

「ああ、ありがとう。今からここを出発するよ」

「かしこまりました。ではお城の外までお見送りをいたします」

「マザー、流石にここでいいよ」

「そういう訳には行きません」

「はあ、分かったよ」

 モルテさんは諦めて深いため息をついた。

「それでは、ついてきてください」

 そう言って私たちは使用人さんに城の出入り口まで案内される。

「随分と使用人さんと仲がいいんですね」

「まあな」

 バツが悪そうに答えるモルテさん。あまり詮索はされて欲しくはないのだろう。その表情を見て私は話すのを止めて、静かについて行った。

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