第2話(不治の病)

 しばらくすると、受付嬢とローエが実技場に入って来た。

 受付嬢の表情を確認すると何処か青ざめているように見える。多分、すんごい子らしい。将来が楽しみだぞこれは。

 準備運動は念入りにやった。これで体は思うように動くはず。

 天気は良い。整備の間に合っていない茶色く荒れた地面。以前に行われた実技試験がそのまま残っている。普通なら試験官の俺が地面を平地にすべきだが、生憎そのような便利な術は使えない。このまま試験を開始する。

 俺はローエの方を向いて大きな声で話しかけた。

「じゃあ、ローエ。俺と向かい合うように前に立って欲しい。受付のお嬢ちゃんは少し離れててね。何なら俺の後ろに立っててもいいよ」

 受付嬢はあからさまに不満な顔をして、ローエの手を取り一度引き止めた。

「絶対に嫌です。それと地面はそのままですか?」

「悪いな、そういう魔術は使えないよ」

 受付嬢はローエとこそこそ話をしている。おそらくこの整備されていない荒れた地面の説明をしているのだろう。

 

「分かりました。ローエさんも大丈夫だそうです」

 受付嬢は、不安そうな顔をして試験場の入り口付近を陣取った。

 ローエは俺がいる試験場の真ん中まで歩いてくる。

 向かい合う俺とローエ。俺達の間には十分な空間が確保されている。

「武器は?」

「必要ありません」

「俺は準備出来てる。いつでもいいぞ」

「では、行きます」

 これが開始の合図になった。

 ローエは何も構えずに、一歩踏み込んだ。

 次の瞬間。

 ローエの右脚が俺の顔面横に映り込んだ。


 速い。予備動作はほとんどなかった。避けるのは不可能。

 ローエの華奢な足と激突する。受付嬢はこの未来を予想したのだろう。受付嬢の判断が正しいことがたった数秒で証明された。

 体は硬直し、脳による命令だけが先走る。

 巨大な魔獣に突進されたような、激しい衝撃が体に響き渡る。

 俺は顔面に蹴りをまともにくらい、盛大に後ろに吹き飛ばされた。

 凄い一撃だ。

 俺の体は少し事情があって、普通の人よりは丈夫に出来ている。それでもこの衝撃と痛みが体を強く刺激する。

 なめてかかっている訳じゃないが、想像してたよりもローエの動きは良い。こんな風に簡単に吹き飛ばされるあたり、かなり魔術も使いこなしている。強度、精度どれも高い水準にあるだろう。魔術に込めている魔素は常人とはかけ離れた量を注ぎ込んだのは間違いない。身に染みて、体感中。

 開始からちょっとで地面にいきなり倒れ込むのは、試験官として格好が付かない。それに簡単に地面を転がりたくない、俺のためにも、そしてあいつのためにも。俺は小さなプライドのために早速、俺だけの術式を使用する。


うき

 

 魔術であって、魔術ではない。ある人からもらった特別な術式。

 魔術が発動すると、吹き飛ばされた勢いを殺し、重力による落下を最小限に抑える。

 地面と体が触れ合う瞬間、体をひねり受け身を取って着地する。

 勢い全ては殺せなかった。

 その勢いのまま、ほんの少し地面を滑るように後ろに下がった。


 ローエの表情を見る。

 少し動揺していそうだな。魔術の兆候も見えないなんて初めて経験するだろうよ。

 さっきまで俺がいた場所にローエは立ったままだ。

 こっちからあまり動くつもりはない。彼女の方からがやって来るだろう。俺はローエが繰り出す攻撃をただ受け流せばいい。

 ローエの次の動きを観察する。

 注意深く口の動きを見た。魔術を使用する一つの条件として、声に出して詠唱するというものがある。

 人の耳で聞き取れないような稀有な声質や、オリジナルの魔術や、古くから伝わる魔術、そういう種類を除いて発動に音は重要になってくる。音は簡易的な術式を作る魔術の必需品だ。現代魔術は特に声を頼りに魔術を使う。

 予想通り、彼女の口がほんの少しだけ動く。


第一の赤の術式ワンド・オブ・ワン


 俺はその口の動きを見破った。

 なるほどな。声に出さない程の小さな詠唱。口を動かすだけで発動する洗練された術式の使い方。それであれだけの効果を生み出しているとなると、かなり戦い慣れしている印象だ。息が上がっている様にも全く見えない。使った術式は赤の第一。魔素の効率もかなり良好。魔術は文句の付け所はなし。

 彼女の魔素はワンド。火の魔術師。

 これだと学園ではかなり優秀な人材だろう。

 だが、ローエ。もう見失うことはない。一度見たその速さに遅れを取られてたまるか。


 ローエが自ら一歩踏み出した。

 たった一歩。それだけでも、ローエの速さを見て分かる。

 第一の魔術を使ったローエの速度は凄ましく、俺を吹き飛ばして出来た距離を一瞬で詰めて来る。

 気が付けば、俺とローエの距離は手を伸ばせば当たりそうなほどに到達していた。

 ローエは両腕を上げて構えをとり、右拳を握り、俺の顔に突き出す。


第二の赤の術式ワンド・オブ・ツー


 二つ目の魔術。

 属性付与《エンチャント》だ。さらに拳の破壊力が増すだろう。

 だが所詮、強化の域を超えない。

 それらの魔術は人体の強化にしか効力を及ぼさない。

 強化魔術は原理からして、体重が増えたり、筋力の重量が増大して物理的に強くなる代物ではない。魔術により体内の魔素を活性化させて筋肉を刺激する。

 その効果は絶大。物理的な世界から隔離されて、生身の人間一人では生み出せないような力を生み出す。

 ローエが突き出す拳一発で、俺の体は確実におじゃんだ。例え拳に触れなくても、属性付与《エンチャント》まで施した体を、直接受け止めるだけでも火傷をしてしまう。この見た目からして、手が溶けてしまうかもしれない。

 あたらないように避けるか、俺も魔術を使って防ぐのが普通。

 だが、そう上手くやられると思うなよ。

 こんなんでも試験官だからな。俺もお前のことを知る必要がある。俺が使う術式では、それを全て確かめられない可能性もある。だから俺も少しは工夫するぜ。ローエがどこまで知っているのか試させてもらう。


 俺は、閉じていなければならない体の門を無理やりこじ開けた。――かい


 そう心で呟き、ただ呼吸をした。

 俺に魔術は使えない。事情のせいもあるが、一番大きいのは才能がないからだ。

 ただ、ただ、ただ、自分の答えに辿り着くまで努力を続けた。

 これが、俺が導き出した一つの答え。


 俺は自分の体を魔素で包み込んだ。

 ローエの迫り来る拳を、直接左手の甲で触れて横に流す。

 俺の腕は、ローエの強化された拳に負けることなく防いで見せた。その隙間に異様な力が働いた。少し格好良く言うとマジカルな力だ。

 魔素と魔素による強制的な反発。魔素が持つ特有の性質は無視できない。

 魔術を使用すために必要となる魔素は体に取り込んだ魔素が一番扱いやすい。

 空気中の魔素を使って魔術を使用しないのは、その魔素が普通には使えないからだ。空気中の魔素と自分の魔素は反発して、魔術は不安定な状態となる。そうなった魔術は自ら崩壊し、砕け散る。

 俺は、その特有の性質を意図的に発生させるため体を魔素で包み込んだ。

 術式として成立した魔術には、空気中の魔素の影響を受けない。

 しかし、それは空気中の魔素に限った話だ。他人の魔素には反応してしまう。魔素と魔素による反発は避けられない。

 体内で作られた魔術や術式そのものを破壊することはできないが、魔術となって放出されれば破壊できる。理論上、今の俺は他人の魔術の効果を受け付けない。

 彼女が魔術で何かしら工夫をしなければ、俺は纏っている魔素を使って彼女の魔術を自動で防ぐことが出来る。つまり無敵だ。

 だからと言って、油断は出来ない。

 彼女が魔素を自由自在に操れるのであれば話は別。俺は無敵というよりも、より危険な状態に陥る。俺の魔術の才能では、そう言う戦いに太刀打ち出来ない。

 今の現状からすると、そこまで用心する必要はなさそうだ。俺の魔素が奪われる気配はしない。ローエが俺に勝てる見込みはゼロ。

 勝つ可能性がない相手と対面した時、ローエはどうするのだろうか。

 それを知って諦めるか、それでも立ち向かうか。

 彼女のことを詳しく知りたい。この状況で、どちらを選ぶのか。

 それは、今後を左右することになる。永遠に挑むなら尚更だ。

 

 彼女の攻撃は受け流した直後、中に浮いたその右腕を左手で掴み取り、俺の方向へ引きずり出す。そして、すぐにその腕を離した。

 ローエは体制を崩しそうになりながらも、根を張るように足に力を入れたようだ。

 顔が力んでいる。踏ん張るのに意識しているのだろう。

 これはまだ準備でしかない。重心を左に少しだけずらしただけでは、決め手に欠ける。

 すかさず彼女の懐に潜り込む。右手を彼女の左脇に忍ばせた。そして肝心な俺の狙いは左手首。


 迫り来る両手を見てローエは何かを察したようだ。

 勘はいい。こういう勘は、時に冒険に役立つ。危険を未然に察知したり、絶体絶命の状態とかで切り抜ける場合によく使える。理解しなくても体は勝手に動く。

 ローエの焦りは、顔にまで出始めている。余裕がない印象を受けた。


第四の赤の術式ワンド・オブ・フォー


 ささやくような声から、明らかに聞こえる大きな声。それは、目の前に迫り来る攻撃から身を守るための叫び声のようだ。

 瞬く間に、彼女の全身を守るように、炎がまとわりつく。分厚く赤い壁が出現した。

 ずっと触れていれば、俺の手は消し炭になってしまう程、轟々しく赤く燃える炎。

 普通なら下がる。だが、俺は下がる必要なんてない。

 引き下がらない俺にローエは狼狽えた。

「何で? 効いてないの?」

 焼き殺すような炎を出しておいてよく言う。

「今は試験中だ。次の手を考えろ」

 その場から動く様子はない。体勢を崩した状態では、踏ん張るのが精一杯だろう。逃げようとするにはそのまま地面を転がるか、別の手段を取らざるを得ない。しかし、彼女は魔術で反撃する手を選んだ。

 三番目を飛ばして、四番目の魔術を使った。だが、そんな魔術じゃ効きやしない。魔術都市が定める魔術からすれば、下の魔術。だがそれが現在の魔術に適用されるか別の話。魔術の位階はしょっちゅう変更があるから困ったものだ。十年連続で変わったこともある。覚えるのも知るのも大変だ。

 目の前に集中しよう。

 左手で首周りの衣服を、右手でローエの左の脇を掴み、右足を彼女の軸足に近づけた。そして、右手を俺の方向に強く引いた。

 ローエの片足は地面から浮き、体勢は完全に崩れる。このまま手を離せば彼女を後ろに投げ飛ばせる。形勢は大きく傾き状況は一変する。空中では支えがなく、無防備になる瞬間も多い。そこを狙えばこの戦いにおいて決定的な一撃になる。

 でも、まあ、やめだ。そこまで真剣になる必要もない。これは試験。対応出来なければそのように評価すれば良いこと。

 俺は投げ飛ばさず足下にゆっくりと降ろした。

 ローエは俺の足を背にして、ちょこんと座っている。俺は自分の首を下げた。すると同じタイミングでローエも顔を上げてきた。


 立ち上がっている俺は屈んで、後ろを向いているローエに寄り添う。

「実技試験。これにて終了」

 へい――俺は開けた門をゆっくりと閉じる。

 見るものは見れた。これ以上やっても意味はないと判断した。

 続けて質問をする。

「手ごたえはどうだ?」

「戦うのには自信があったんです。学園でも先生に勝つことだってあります。なのにモルテさんには手も足もでませんした。すぐに、かたついてしまいましたね。私は不合格でしょうか?」

 現状、危険度が低い場所なら問題ない。問題があるとすれば、生死に強い執着が見られなかったころ。試験とはいえ、もう少し粘って欲しかったのも本音だ。

 冒険をする上で、生死とは常に隣り合わせになる。理不尽な環境、自分よりも圧倒的に大きく強い魔獣に出くわすこともある。もし、死を目の前にして、諦めてしまうような冒険者ならば、悪いが断りたい。それが彼女の為でもある。

 だが、自分のわがままを許せるのであれば、俺の退屈な日常を壊してくれるであろうきかっけをむざむざ手放したくはない。

 俺は濁すように答えた。

「課題はあるな、今のままじゃ永遠は探せない」

「それじゃあ、私は不合格ですね」

「そう答えを決めつけるのは良くない。まだ俺はローエの合否について、答えを出していない。俺が判断したのは、永遠を探す場所に行くには実力が足りない。案内はしてやれるが、君の命を守れるほど俺は万能じゃない。ローエも自分の身は自分で守れるくらいの力が必要だ。ローエにはまだそれが足りない。帰るまでが冒険だからな」

 俺は偉そうに説明する。

「実力が足りないのは私も痛感しています。手も足も出ませんでした。私の魔術が効かなかったのは、どうしてですか?」

 ローエは不思議そうな顔をして尋ねてきた。

「自分の魔素を体にまとわりつかせた。俺は魔素の性質を上手く利用して、魔術を無効化した」

「理論上は知っています。実際にそれを見たのは数えるくらいの回数しかないです……世界は広いですね」

 ローエも数えられるくらいの回数だが見たことはあるらしい。

「魔術都市の先生とかでそう言うの使う人いないの?」

「私の先生では見たことないです」

「そうか、ちょっとがっかりだな」

 あの魔術都市の先生が魔素と錬素を授業に取り入れなくなる日が来るとは、俺もかなり年をとった。

「話は変わるんですけど。永遠を探すにはどのくらいの時間をかければ良いですか?」

「低く見積もっても一年だ」

「そ、そ、そんな。それじゃあ。間に合わない……。弟が助からない……」

 彼女は深刻な顔をして、諦めたように落ち込んだ。こっちも心配になるくらいかなり取り乱している。

「弟がどうした?」

「原因不明の病にかかりました。誰も適切な診断が出来ないので、学園長に相談して、直接診てもらいました。学園長が予想で病名を教えてくれました。恐らく永遠病だろうと」

「永遠病……」

 隙を突かれたように、思わずその病の名前を力なく復唱した。永遠を口にするなんて何か理由があると思った。退屈な日常は変わらないようだ。だって、彼女の冒険は既に終わっている。探す意味なんてない。身近に永遠が存在するのだから。

「知っていますか?」

「ああ、よく知っている」

 俺は気を引き締める。

「弟は永遠を探せば治りますか?」

「なお――」

 その真実を答えを伝えようとする前に、横から受付嬢が口を挟んできた。

「モルテさん、二人ともそんな状態で話し合って、どうしちゃったんですか? もう、試験は終わりましたよね」

 そう言えば、試験だったことも忘れて、二人座り込んで話し合っていた。

「ああ、ローエすまない」

「大丈夫です」


 俺は受付嬢に近づいた。俺達にだけしか聞こえない大きさで、冷たく言い放った。

「すまん、もう少し二人で話させてくれ」

「こ、怖いですよモルテさん」

「用件が少し深刻なんだ。後でランクを教える」

「分かりました。その間に冒険者カードの原本作っておきますねー」

 受付嬢は特に理由などは聞かずに、その場から立ち去った。

 

 受付嬢に話を聞かれても良いが、彼女が嫌だろうと思った。

 この話を聞くのは俺だけでいい。

「永遠病をどこで知った?」

「最初、合った時にも言いましたが、学園長からです。モルテ様ならきっと治癒の方法を知っていると紹介してくれました。お願いします。あなたを探すのに苦労しました。もう、ここに来て一週間が経ちます。力を貸して下さい。永遠病の治し方を教えてください」

「すまない。永遠病は俺でも治せない。治し方を知らないんだ」

 彼女の瞳から明らかに生と言うものが遠のいていくのが見て分かった。

「……弟は助からないんですか?」

 彼女は泣きそうになりながら絞り出すように声を出す。

「せめて人として助ける方法は知っている」

 少しだけ、希望をちらつかせる。曖昧に希望を見せている時点で、人としては最悪だろう。彼女が必死で時間と労力で積み上げた数少ない可能性の最後。

「それじゃあ、治るんですね!」

 それを聞いたローエの表情に元気さが戻った。

「否定したくはないが、勘違いしないで欲しい。治らない。出来たとしても苦しめず死に向かわせてやれることだけだ」

「……」

 恐らく彼女が最後まで必死に持っていた頼みの綱。俺はその可能性を容赦なく断ち切った。夢を見させるのはいつだって大人の役目だが、現実を見せるのも大人の役目。

「永遠病の詳細を聞くか?」

「はい……。せっかくここまで来たので……」

 明らかに落ち込んでいる。それでも、この病の詳細を聞こうとローエは自分で整理をつけた。彼女の心は俺が思うよりも、ずっとずっと強いのかもしれない。

「分かった。永遠病。別名は勇者病、魔王病とも呼ばれている。汚染された血を人の粘膜に触れると感染する。永遠病で死にはしない。その代わり、魔王としてこの世界に生まれ変わる。魔獣は魔王が生まれるとその匂いを嗅ぎつけて、一気に集まり出し集団を作り出す。村や町さらには、国の崩壊になりかねない。そうなる前に、なんとしても永遠病を止めたい」

「それで、どうして治せないのですか?」

「永遠病は人の体内に流れる血を穢す。あまり世間で聞くことはないが、その存在を知っている者達の間では、『永遠の血』と呼んでいる」

「永遠の血?」

「そう、永遠の血だ。傷をつけてもすぐに治り、病を治そうとすると元の状態を保つように干渉されない。ただ、人を魔王にするための病気。俺はかつて、禁忌を犯し、次元を歪め、時間を止めてまで、治癒を施したが、そんなのお構いなしだ。これは危険だと思って、殺そうとしても普通の方法じゃ殺せない。普通の人が出来ることといえば、魔王の誕生を黙って待つしかない」

「え? それはおかしいですよね。さっきモルテさんは死に向かわせるという表現をしました。普通の方法じゃ殺せないとはどういことですか?」

「その通り、殺せない。殺すには勇者でないと殺せない。俺は勇者ではないが、永遠をほうむる手段を特別に持っている」

「モルテさんは、永遠病の人を何人見たんですか?」

「数千だ。全て責任を持って人として埋葬した」

 俺は空いている両手を見つめる。言い方は変えているが、結果人を殺したには変わらない。

 どんなに綺麗事を並べても、この汚れた両手を隠すことは出来はしない。

「そうなんですね。勇者と魔王のおとぎ話は本当にあるんですね」

「ややこしくなるから今は説明を省くが、まあその一部ではあるだろうな」


 しばらく、お互い話もしない沈黙の時間が流れた。

 ローエからの質問攻めは終わる。

 こうなることは分かり切っていた。現実にはありえない、まるでおとぎ話のような話だ。普通の生活をしていたら巻き込まれるはずはない。またどこかに、部外者が現れ、そいつが永遠を司る何かを持って来やがった。きっとその部外者の血に触れて、ローエの弟に永遠病がうつってしまった。

 俺が見つける前に、未然に防げなかった自分の責任を感じる。サボっていたわけじゃないが、悔しいのは毎回変わらない。

 ローエはいまだにその場から動いていない。話は終わったのにも関わらず、彼女は茫然とこの場に立ち止まっている。

 まだいるつもりなら聞いてみたいことがあった。ローエと弟との関係を詳しくは知らない。家族で姉弟なのは分かる。永遠病になった時点で、助からないのは明白。絶対に治りはしない。俺を紹介した魔術都市の理事長も彼女にその事実を伝えているはずだ。それにも関わらず、わざわざ俺を訪ねてきたのは何か理由があると思った。

「弟は君にとってどんな存在なんだ?」

「大切な人です。私が住む所はとても小さな村で田舎なんです。10歳になると近くの大きな都市に行って魔素の適性検査を受けるんです。その時に、私は凄い成績を叩き出して周りは大騒ぎになりました」

「いくつだったんだ?」

「紫だったんです。私は九でした。その結果で沢山の人から魔術都市で学ぶように勧められました。でも、私は行きたくなかったんです。つまらない理由ですが、私は部屋の中で過ごしたかったのんです。家の中で腫れ物扱いだった私を気にかけてくれたのが弟でした。弟と離れたくなかったんです。そんな弟が魔術都市に行くことを強く勧めました。最初、私のことを嫌いになったのかと思ったんですが違いました。『ねえちゃんが学園で一番になってよ。そしたら次は俺と一番を競い合って欲しい』って言ってくれました。子供のちっぽけな約束です。その約束を果たすため私は一番を目指しました。そして、一番になりました。約束のために学園で一番になったんです。ここまで来れたのは、弟とした約束のおかげなんです。大切なんです、弟との約束が。そして、その約束を叶える前に、こんな形で弟を失いたくないんです。本当に大事な弟をこんな形で失いたくないんです。約束を叶えるためにここまで来たんです。次は私が弟のために何かする番が来たんです。だから私に希望を抱かせてください。お願いします」

 懐かしく、切ない内容だった。

 ローエは目を赤くして、目に沢山の涙を貯めて、流すのを必死に押し殺していた。震える声で話をしてくれた。

 約束。俺はその言葉を聞いてローエの助けになりたいと思った。遠い日の俺達を思い出す。ただの約束でも、かけがえのない約束でも、永遠が絡んでしまえば、叶うことも果たさされることもない。思い出となって、やがて消えて行く。そんなローエの姿と自分を照らし合わせた。

「その願いを叶えることは出来ない。俺ではどうしようもない。納得してほしいとか、受け入れて欲しいとかは言はない。ただ分かって欲しい。助けられない事を」

 強張っていた表情は身を潜め、ローエは諦めたように力を抜いた。

「わかりました。これで整理がつきました。弟をよろしくお願いします」

「一つ提案がある。弟は助けられないけど、君たち二人の約束は果たせるかもしれない。勇者になれれば、君の弟を送ってやることは出来る」

 残酷だがこれで二人の物語に決着はつく。せめて悔いが残らないように提案する。

「勇者? 冗談じゃないですよね?」

「俺は本気だ」

「果たして、私が勇者になれるでしょうか?」

「なれるに決まっている。昔は誰もが憧れたんだ。ローエには古いかもしれないし、馬鹿にしていると思われるかもしれない。だけど、俺は勇者を知っている。勇者になるための方法も。ローエがする冒険のお手伝いはまだ有効か?」

 俺はローエに提案する。

「はい、まだ諦めてはいません」

 ローエの考えに変化が起きた。

「永遠を探す必要はないよな。もう見つけているんだから。俺に依頼する必要はない。ところで、忘れていると思うが、俺の専門分野は『勇者と魔王』だ。勇者になれるかどうかはローエ次第。本気で勇者になるつもりはあるか?」

 俺の言っていることを信じようが、信じまいが関係ない。俺がローエに勇者と魔王について諭しても、この世界の当たり前が邪魔をする。

 それもそうだ、根拠も証拠も存在しない。この俺や勇者を信じてくれなんて、簡単に言うつもりもないし、言えない。

 それでも、ローエは自分で勇者の背中を見つける。

「あります。モルテさん、私を勇者にしてください」

 ローエが常識という壁を越えた瞬間だ。これで勇者への道が一気に切り開く。

「契約成立だな。時間はかなり限られているが、それまでの期間よろしくな。今日はもう宿に帰れ。また明日、今日と同じ時間に冒険者ギルドに来い。見せたいものがある。それを見た後はすぐにここを出発しよう。明日に備えて、準備をしておいてくれ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 ローエは深々と頭を下げて、冒険者ギルドを後にした。


「ああ。こちらこそ。よろしく……」

 聞くはずの相手はもういない。俺は一人空を見上げる。

 ローエには悪いが、永遠に巻き込まれたんだ。

 これを良いことに俺たちの野望にも加担してもらう。

 俺は不適に微笑む。

 ようやく、勇者になれる逸材を見つけた。足は軽い。今日はきっと最悪な一日の中でも、最高な日になるだろう。

 そうして、俺はローエよりも少し後に実技試験場から出て行った。

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