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「メンタリスト——。それは人の心を読み、暗示にかける者。思考と行動を、操作する者のことである」


 2日ぶりの喫茶店で椅子に座り、疲れた体を休めていた時、どうも聞き慣れた言葉と声が頭上から響いた。

 僕は正面に座る紫門さんに目をやったが、彼は何の気なしに肩を竦める。言葉を発したのはこの人ではないのは声質で重々承知していた。声の主は僕の後ろにいる、とある阿呆だろう。


「なんだよ安藤、なんか悪いもんでも食ったのか?」

「おい、2日ぶりの親友に向かってそりゃないだろ!? それより聞いてくれよ。”ライ・トゥ・ミー”が面白かったから、似たようなドラマを探していたら”メンタリスト”って言うドラマがあってだな。最初はマジシャンの話かと思ったんだけど、実は刑事ものだったんだ。で、このパトリック=ジェーンって言うのが、あ、主人公ね。これが良いキャラしててさ。主役のサイモン=ベイカーもカッコ良くて…………、ん?」

 安藤は言葉を言いかけて途中で止まり、空を見つめてた。まるで世界の真理をに触れてしまったかの様な表情で、ブツブツとうわ言の様に何かを呟いている。


「パトリック……、羽藤、陸……。サイモン=ベイカー……、紫門、柄花……?」


 ヤバイ、完全にトリップしてやがる。世界の均衡が崩れる前にこちら側に連れ戻さないと……。


「そのドラマ、ロビン=タニーって言う美人が出演してるよね」

 ナイス! 紫門さんが紅茶を飲みながら横槍を入れると、安藤の体がビクッと跳ね、いつもの調子に戻ったのかニタニタと笑顔を見せた。

「あー、俺はヴァンペルトがお気に入りです。彼女、可愛いし」

「…………ま、そう言う意見もあるよね」

 珍しく紫門さんは少し機嫌が悪そうな口振りをした。好きなのか、ロビン=タニー。


「注文はいかがいたしますか? メンタリストさん。と言うか、座ったら?」

 不破はいつの間にかテーブルに着いていて、注文を取る格好をしていた。安藤は「とりあえずホットミルク」と言い、椅子に腰掛ける。

 嬉しいことがあったのか、安藤は何やらニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見つめていた。何か言いたいことがあるのか? じれったくなり「なんだよ」と言葉を投げた。

「いやー。憑物が取れたって顔してるからさ。お前最近なんか塞ぎ込んでた感じだったし、こないだ電話した時も”心ここにあらず”みたいな感じだったからな。こりゃ紫門に相談して正解だったな」

「ああ、まあな。ここ数ヶ月の悩みが解消されたのは確か———」


 ………………は?


 今何てったコイツ?


 僕はとっさに紫門さんの方に視線を向けると、彼は信じられないものを見る様な目で安藤を見返してた。僕の視線に気づくと、手に持っていた紅茶を置いて僕を見据えた。


「ああ、うん……。実は相談されたんだ、会った初日にね。どうにも君が何か悩んでいるみたいだから、何かアドバイスでもしてくれって」

「その時、紫門さんって言うんじゃなくて、紫門って呼んでくれって言ったんだよ。なー!」


 今、その話はどうでも良い。


「安藤、お前……。どこまで知って……」

 立ち上がろうとする僕を安藤は何もかも知っていると言いたそうな表情で、僕の肩に手を置き制した。

「いや羽藤、分かるよ。俺にも経験がある。TSUTAYAで借りたセックステープの返済期限を忘れて延滞料金が発生してしまったこと。でも、避けてても仕方がないんだ。返却窓口で待たされ、どエロいテープのタイトルとこちらの顔を店員が見比べながら延滞料金の精算を待つ居心地の悪さ。背徳感。でも、それを乗り越えてこそ男と言う———」

「全然違う! あと、AVって普通に言えよ! なんでセックステープって言いたがるんだお前は!」

「なんでだろうなあ。なんか言っちゃうんだよね。セックステープ……」

「ちょっと! 店内でセックスセックス連呼しないでくれる!?」

 不破。自覚してないだろうけど、多分お前が一番声でかいぞ。


 安藤が注文したホットミルクがもう来たのか、不破はミルクが入ったジョッキと共に、手書きの伝票を机の上に置いた。

 僕のコーヒーと紫門さんの紅茶、そして安藤のホットミルクで計1399円の会計となっている。

 手書きの味というものか、1と3がとても近く、一見すると”B”に見えなくもない。安藤は伝票をじっと見つめ、またもや世界の心理に触れた様な表情をしていた。


「なんだろう……。何だかこの文字を見てると落ち着くんだよな。1399……。B 99。ブルックリン、ナインナ——」

「不破ー! 今すぐ会計をお願いしまーす!」


 世界の均衡が崩れる前に、僕らは先に会計を済ませて伝票を引っ込ませた。

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