鐘音響く街 その二

 咀嚼する動きが、一瞬止まる。覆いフードの奥で、緋を帯びた金色の瞳が猫のように細まる。

「『正午に十二回鳴る』ように魔術がかけられてるんだとよ。だから、鐘撞かねつきは最初ハナからいないし、別に誰も鳴って欲しいわけでもなくても、三百年間ずっと、規則正しく、うるさく鳴ってるわけだ」

「……なるほど。そういう風に『定義』されたんじゃあ、どうしようもねえな」

 得心がいったと頷いて、ふと、親父がぽかんと間抜け面をしているのに気がついた。

「……どうした? 親父」

「にーちゃん、もしかして……魔術師なのか?」

「ハァ?」

 どうしてそうなったと言わんばかりに口元を歪める閃に、親父は興奮した様子で腕をひっちゃかめっちゃかに振り回す。

「いやだって、定義? とか、詳しいんだろ? 魔術のこと!」

 彼はひくりと口元をひきつらせた。串を持っていない方の手で、覆いフードの上から頭を掻く。

「ちげーよ。俺は違う。なんつか、知り合いに似たような魔術使える奴がいただけ」

 いやまあ知り合いっつーか、知り合いたくもなかった奴なんだけど。ぼそぼそとごちた言葉は店主には届かない。

「……そうなのか?」

「ああ。魔術には色々と属性やら特性やらがあって……多分、あの鐘に魔術かけたのは『土属性』の魔術師なんだろうな。土属性は『固定』の魔術で、……ま、『定義を固定する』とでも言えばいいんだかな」

 正午に十二回鳴るように定義された鐘。魔術師が死のうが、一度定められてしまえば、魔術が書き換えられるか、鐘そのものが壊れてしまわない限り、そのように存在し続ける。

「俺もそいつに聞いただけだから、にわか知識でしかねえんだけど」

 遠回しに自分が魔術師ではないことを告げる。

 そうかぁ、と少しがっかりした色を声に滲ませた店主に、悪いなと謝罪する。店主は首を横に振って、にっかりと笑った。

「いや、いいんだ。今更鐘がなくなっても、それはそれで困るだろうよ。調子が狂っちまう。大体魔術なんて、いまいちピンと来ねえしよ」

 閃はそうだな、と笑った。


 魔術の存在も、それを使う魔術師の存在も、国際的に認知されてはいる。魔術師を養成する教育機関もある。だが、魔術師の数は少ない。魔術師の素養がある人自体が少ないし、素養があってもそれに気づかずに生活している人たちもいる。そして魔術師の就く仕事は九割九分軍事絡みだ。市井には全く馴染みがない。それ故に、御伽噺のように感じている者も多い。


「……そういや魔術で思い出したけどよ。昨日街で魔術師絡みの事件があったらしくてよ」

 親父は顔をしかめた。へえ、と話を聞く体勢になった閃に、飯食いながら聞くにゃあ惨い話だ、と首を振る。

「殺人らしい、何人もなぁ。あれだよ……知ってるか? 例の殺人鬼。もう何年になるか? 未だに捕まってないとかいう、あの……黒い、」

 最後、空気に溶かすようにひそめられた言葉に、閃はああ、と理解した。道理で曖昧も曖昧な言い方だったわけだ。

 まるでその殺人鬼が自分の元に来るのではないかと恐れるように、店主はきょろきょろと視線を走らせる。

「行く先々で噂は聞いてる。……アレがこの街にいんのか」

「恐らく、なぁ……。似たような手口というか、やり口らしい。魔術師対策とかいう国際警察が近い内来るみてぇだけど、来たばっかなのに申し訳ないが今この街は安全じゃねぇ。なるべく人通りの多いとこにいるか、とっとと出ちまうべきだぜ」

 ほんと、なんだってぇ、この街にいるんだ。ぼとりと恨み言が滑り落ちる。店主は太い指を組んだ。震えている。浮かぶ表情は怒りだろうか、恐れだろうか。


 閃は猫のように眼を細めた。赤錆の浮いた月のような、金の瞳。


「なんでだろうなァ」


 低く、毒霧を吐くように呟いた。

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