第22話 世間一般の魔術使い


 リゼットに手を引かれていくと、俺たちはこじんまりとした公園にたどり着いた。

 都市開発の陰で、そっと朽ちるのを待つばかりのさびた遊具と、石畳の間から生えている雑草で、時代に忘れさられたような寂しげな雰囲気があった。

 

 俺は変な病にかかってしまったリゼットが元気にしているのを見て「静養したら」とか「害はない病なのか」とか、まとまらない事を考えていた。


 やがて、忘れられた公園にあつまる年の離れた子供たち──8歳〜12歳ほど──のもとに、俺とラテナはやってきた。


「ここが決闘場か」

「そうだね。で、あれがリンボリック先生、ここでの競い合いを監督してる、魔術塾の塾長なんだよ」


 人の良さそうな眼鏡をかけた壮年の男。

 ローブを着ておらず、魔術師には見えないが腰のホルダーには杖がおさまっている。

 

 あれが新天地で塾を開講した変わり者の魔術師か。

 ふむ。

 遊びに付き合っている暇はないが、魔術の競い合いは経験値として積んでおいてもいいかもしれない。


 国交が開かれたことでアライアンスには魔術がこれまで以上に入ってきている。

 父であるウィリアムがそうしたように、騎士団でも魔術を戦う力として習得している者がいてもおかしくない。

 というか、いないと思うのは楽観的だ。


「リゼット……お姉さん、リンボリック先生と戦えないんですか?」


 口調をあらためて聞いてみる。

 倒すなら一番熟達した魔術師である塾長がいいだろう。


「こらこら、リンボリック先生への挑戦権は毎月の決闘大会で優勝した子しか手に入れらないんだよ」

「へえ。それで、これから始まるのが決闘大会なんですか」

「そうとも、少年。ほら始まるよ」


 リゼットは広間を指す。

 俺と同い年──もちろん外見的意味で──くらいの少年たちが2人ほど向かい合ってたつ。


 子供たちにガヤを飛ばされながらも、まんなかの2人の表情は真剣そのものだ。


 リンボリックと呼ばれた壮年の男は、小石を投げた。

 続いて彼は手に持つ杖を、小石へむけて口元を素早く動かしてなにかをつぶやく。


「高速詠唱か」


 ディレイマジックと同じような魔術における、追加のテクニックだ。

 師匠もよくやっていたなと思いながら見ていると、小石がパンっと音をたてて弾けた。


 瞬間、子供たちが走りだした。

 お互いに距離3メートルくらいまで近づくと立ち止まり詠唱をはじめる。


「風の精霊よ、

  力を与えたまへ──《ウィンド》」


 片方の少年は手をまえにだして、ゆるやかな風をふかせた。

 前髪セットしていたら、腹立たしいくらいには髪型が崩れるくらい強い風だ。


 対する敵方の少年も、同じく《ウィンド》をとなえて、風を相殺しにかかる。


 俺は腕を組んで見守っていると、やがてリンボリック塾長が「そこまで」と言った。


 俺は「勝負終わったのか?」とリゼットに耳打ちすると「今のは右の子の勝ちだね」と得意げに言った。


 彼女の言ったとおり、リンボリックは右の少年の勝ちを宣言して2人を野次馬の中へ下がらせた。


 敗者は肩を落として「負けたー!」と悔しそうに暴れて、すぐにのちにふてくされていた。


「……ラテナ、お前に勝敗わかったか?」


 俺は率直に思っていた感想をぐっとこらえて、相棒に意見をもとめる。


「どうでしょうか。右の子の風がやや強かったかな、とは思いますけど」


 困惑気味ながらもラテナは答えてくれた。


 第二回戦がはじまる。


 今度はそばかすのある勝ち気な少女と、気弱そうな少年だ。


 今度は、少女のほうが極めて小規模な火の粉を相手へぶつけて降参させた。


 俺とラテナはボーッと見つめるばかりだ。


 ただ、心のなかでは「決闘……かぁ……」とあんまり表立って口にださないほうがいい、落胆のようなものが大きくなっていた。


「来たぞ『右フックのショウタ』だ!」


 第三回戦は歓声の色が見るからにかわった。

 今までも「やーい!」「わーい!」「がんばれー!」と盛り上がっていたが、ショウタなる少年が出てきた瞬間、男子たちがいっそう騒がしくなった。


 決闘場に出てきた2人。

 小石が弾けて戦いが始まると、ショウタと呼ばれた少年が走りだした。

 他方の背の高い少年は、手をまえにだして詠唱をはじめる。


「石の意志、闘争を求めよ

     ──《コロガロック》!」


 唱えると、背の高い少年の足元の小石が、石を持ったようにビュンっとショウタ少年へ襲いかかる。


「高まれ、側撃の右拳

  ──《リンフォース・ライトフック》」


 ショウタ少年の右拳が赤くひかりをまとった。


 ラテナが「あれは強化魔術ですねっ」とはじめて興奮した声をだす。


 リクだった頃、冒険者活動をしているときの魔術とは「強化してくれる不思議な力」という認識であった。

 ヘンドリックになってから知ることになったのだが、アライアンスの冒険者ギルドにいた魔術師たちが、派手に炎を撃ったり、風を操ったりしなかったのは、そもそも属性魔術の難易度が高いからだったらしい。

 

 内側の魔力を変化させるだけの強化魔術や弱化魔術、波動魔術は比較的簡単なようだ。


 だから俺やラテナは、ショウタ少年のその赤い光をよく見知っていた。


「うなれ、右フック!」

「ぶぼへえ!」


 ショウタ少年の右拳が炸裂して、背の高い少年が地面に沈んだ。


 魔術の決闘……として俺としてはあんまり認めたくなかったが、まわりの反応を見る限り、これもアリらしい。


 その後、俺とラテナは自分たちと同じくらいの子供たちの平均的な実力が、どれくらいのものか知るために観戦をつづけた。


 結果をいうと、ショウタが最強だった。


 並いる塾生たちを強化魔術をほどこした右フックだけでのめし続けたのだ。


 なるほど。

 『右フックのショウタ』と呼ばれる訳だ。


 戦ってない塾生たちが少なくなってきた。

 次の子もどうせワンパンされるんだろうなーと思いながら見る。

 リゼットが「どう? 楽しいでしょ?」とすごく嬉しそうに聞いてくるので「うん、楽しい、凄いですね」と心にもない返事をする。


 そんなに、キラキラした目で見ないで欲しいのにな……俺が嫌な奴みたいじゃないか。


「高まれ、側撃の右拳

 ──《リンフォース・ライトフック》!」


 またしてもショウタ少年の十八番が唱えられ、彼は意気揚々と走りだす。

 輝く赤い拳は、塾生たちにとって最強のワンパン即死攻撃だ。

 それに対して向かいあう青い髪の少年は、静かに詠唱をはじめた。


「静まれ、側撃の右拳よ

   ──《ウィーケン・ライトフック》」


 彼の発動した魔術により、百戦錬磨のワンパン小僧の右拳から紅光がうしなわれる。

 まわりの少年たちが「右フック封じ?!」「ショウタくんの必殺技が!」「秘拳が破られた!」とどよめきが上がる。


「ガッくんすごーい!」

「イケメン最強!」


 少女人気はクールなガッくんが優勢だ。

 ショウタ少年は歯噛みしてるあいだに、彼はなんと塾生初の2つ目の魔術を詠唱しはじめた。


「静まれ、大地を繋ぐ二等

   ──《ウィーケン・レッグス》」


 放たれた魔術により、ショウタ少年の足腰が震えだし、彼は驚いた顔で膝をついた。


 ガっくんと呼ばれた少年が、駆け寄って1発ビンタをお見舞いするとリンボリックは決闘をとめた。


 まさかのショウタの敗北だ。


「ちょっと面白かったな」

「ですね! 弱化魔術なんて陰気な神秘、使ってる人見たことないのです!」


 ラテナがあんまり失礼なこと言い出すものだから、俺は彼女の口を押さえる。


「やめなさい、小声でもやめなさい」

「ふくふく…しゅみません…」


「さて、それじゃ今月はガドヤが優勝という事でいいかな?」


 リンボリックがあたりを見渡して、さらなる挑戦者が現れないか確認をとる。

 俺はまだ出場してない子が何人かいることに気がつき、その一人であるリゼットに「出ないんですか?」と聞いた。


「私はいいのよ。これでもチャンピオンだもんねー!」

「チャンピオン?」


 話を聞くとリンボリックの魔術塾においてリゼットは一番強いらしく、すでに塾長に勝っているとのこと。


 なんだ、彼女が塾で最強だったのか。


「だからね、少年、私みたいにうえの階位の魔術師にはもっと敬意をもって『リゼットお姉様』と呼ばないといけないのだよ〜?」

「……ムカ」


 このリゼットめ、天狗になっている。

 いつから魔術を習ってるか知らないが、なまじ才能があったおかげで今では『天才』などとチヤホヤされてるだろう。


 世界の広さを知らないな。


「……チャンピオンと戦うにはどうすればいいんですか?」

「ふふん、そんな簡単には戦えないってば。チャンピオンに挑むにはまずは塾長を倒さないとね〜」

「なるほど」


 俺はご満悦なリゼットを無視して、ピンと手をうえへ伸ばした。


「僕もやっていいですか?」


 塾生たちの視線がいっせいに集まってきて「誰あの子?「しらないーい」「マジックリングつけてるー!」と声が飛び交う。


 リンボリックは先ほどから何度か目が合っていたので「ああ、構わないとも」と穏やかな笑顔で認めてくれた。


 俺は立ちあがり、リゼットへ顔を向ける。


「あの」

「ん〜、なんだい少年」

「ごめん、リゼット。お前たぶん、今日から前チャンピオンって名乗る事になると思う」

「なっ?! ちょちょ、少年、歳上かつチャンピオンの私になんて口を!」


 手を頭のうえでふって「こらー!」と怒るリゼットを置いていく。

 俺はガドヤの前へと降りたった。

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