第17話 氷結魔術


 浮雲屋敷からルベントスの家に引っ越してきてから数日が経過した。


 ルベントスはアルウと、その父アランの姓だ。

 

 彼らは俺に非常によくしてくれる。

 部屋も用意してもらったし、庶民的な服も用意してくれた。

 

 毎日は穏やかに過ぎていく。

 朝早く起きて、近くの井戸で水をくんで、台所の窯に水を貯める。

 朝の羊小屋から彼らを解放してやり、森には薬草を採集しにいく。


 どれも奴隷として、雑用係として、そして貴族としてやってこなかった新しい生活だ。


 ただ、俺は日の多くをアルウやアランと過ごすわけではない。


 俺にはミラー、ガレット、クベイル、そしてアイガスターのような汚い人間たちに、俺たちが受けた痛みを倍返ししてやらなくてはいけない。


 そのために、俺は《ホット》を覚えたことでほとんど使い切ってしまった俺の魔術キャパシテを″とっておき″のためにやりくりしてるのだ。


 術の練度が高まれば″嘘つきはいなくなる″。


 俺はほくそ笑み、にやける悪い顔を両手ではさんでマッサージする。


 いかんいかん。

 まだ笑う時じゃない。

 笑うのは勝利を手に入れたその時だ。

 

「あ、ヘンドリック、今日もいくの?」

「もちろん。それじゃ行ってくるな、アルウ、帰りは夕方になると思う」


 俺は今で手を緑色に染めて、薬草を樽に詰め替えていたアルウへ手をふって家を出る。


 向かった先はアルウと俺が出会った廃屋、そのさらに奥にある森だ。

 浅域をぬけて深い領域に足を踏み入れた。


 ほどよく強いモンスターたちを見つけて、俺は杖を片手に群れのなかへ入っていく。


 

 ──2時間後



 本日の実戦を終えて、俺は家へ帰宅しようとしていた。

 上級騎士ウィリアム浮雲は、俺の想像を超える強さであった。

 では、戦闘能力においてその上をいくアイガスターはどれくらい強いのか。

 彼を倒すためには、近寄らせず、剣を振らさず、何もさせないで一方的に殺すしかない。


 そのためにはチカラが必要だ。


 俺は思い悩みながら獣道を歩いていく。


「ん?」


 ふと、俺はなにか叫び声が聞こえたような気がした。

 耳をすましてみると「わあああ!」と悲鳴にちかい鬼気迫る気配がつたわってくる。


 村人が迷い込んだか──。


 俺はそう思い、声のする方へ急いで走っていった。


 前方に村人を襲うモンスターが複数匹見えてくる。


 俺はすぐに杖を手にとり、走りながら手のなかに《ファイアボルト》を生成して、勢いそのままに投擲した。


 四足獣のモンスターの一匹がブォンっと音を立てて、はるか向こうに吹っ飛んでいく。

 それに気がついたモンスターが、第三者の存在に気がつき、俺の方へむきなおった。


「凍てつけ──《フロスト》」


 手のひらに蓄積させた芯まで凍るような冷たさを、俺は魔術としてはきだす。


 この数日の試行錯誤のすえ、俺はあの現象を解明し、ある程度自由に操れるようになったのだ。


 俺の真白い波動は、空気を砕いて一瞬でひろがり、四足獣のモンスターを一撃で霜だらけにして凍らせた。


 即死はしていない。

 殺傷能力で言えば《スコーチ》のほうが高いだろう。


 ただ、こいつを喰らうとまず動けない。


「あんた大丈夫か?」


 俺は剣でモンスターにトドメをさして、木陰でまるまるソレに話しかける。


 灰色のもふもふの隙間から、彼、いや彼女はこちらを見つめていた。


「アルウ、どうしてここに」

「うわぁ……」


 尻尾と耳をすぼめていたアルウが、押さえていたそれらを解放してふわっとふくらむ。


 ほうけた顔で俺を見上げてくる。

 いまいち話を聞いてない気がする。


「アルウ、聞こえてるのか?」

「はっ! 聞こえてるよ、もちろん!」

「なんでこんなところにいるんだよ。森の深い領域には危ないんだぞ」

「ヘンドリックがどこ行ったのかなーって思って、臭いを追いかけて来たんだよ。ほら、ボクの鼻ってすごくいいからさ」


 臭いだと?

 アルウにそんな能力があったなんて……。


 隠された特技に驚愕していると、彼女はにへら〜っとだらしなく笑みを浮かべて、尻尾をパタパタふりはじめた。


「ヘンドリック〜凄いね〜、なにそれ〜!」

「魔術のことか? ふふ、これは俺も自慢なんだ。たぶん、使える奴は少ないからな」

「ふーん、ふーん! いいなーいいなー!」


 やけに魔術に興味ありげだ。

 

「えへへ、実はね実はね、魔術ずっと前から使いたかったんだ! でも、お父さんがボクにはまだ早いって言って」

「アランさんが?」

「うん! お父さんはね魔術師なんだよ!」


 アルウは薄い胸をはって、尻尾を嵐のようにふりまわして自慢げに言った。


「そっか。アランさんがなぁ……。んで、あの人には内緒で俺に魔術を教わりたいと」

「うん! ねえねえ、いいでしょ、ヘンドリック。ボク達は同じ歳なのにヘンドリックだけ魔術を使えるなんてずるい!」


 うーん、これは勝手に「いいよ」なんて言ってやれないな。


「保留。考えておくよ」

「ええー! 絶対にお父さんに言いつけるじゃん!」

「言いつけないって」

「いいや、絶対、言うね!」

「言わないって」



 ──ルベントス家へ帰宅後



 アルウは羊を小屋に戻しにいった。


「それで、アランさん、アルウが魔術を習いたいとか言って来たんですけど」


 俺は速攻でアランに相談していた。

 

「ああ……そのことですか」


 アランはすこし気まずそうな顔をした。


「ヘンドリックくんはどう思いますか?」

「僕ですか」

「ええ、同い年としてアルウに魔術はあつかえると思いますか?」


 俺は腕を組んで思案する。

 俺のイメージとしては獣人のアルウには、どうしてもフォッコ師匠のことを重ねてしまう。

 アルウ本人もそこまで子供という風には見えないし、別に魔術をならっても大丈夫な気はする。


「いいと思いますよ」


 俺は深くは考えずにそう言った。


「そうですか。それじゃ、うちのアルウをお願いしてもいいですか?」


 ん?


「あれ、オーケーなんですか?」

「炎の賢者であるヘンドリックくんがいうんですから、一介の魔術師にすぎない私がとやかく言うことなんて出来ませんよ」


 アランは「いや、恥ずかしながら毎日練習はしてるんですが……」と頭をかいた。


 これはうかつな事を言ってしまった。

 魔術世界、つまり魔術師同士の意見や主張にたいして、こうも階位が影響を与えるとは思っていなかった。

 炎の賢者の俺の発言力は、俺が想像しているものよりもずっと大きいのかもしれない。


「すみません、部外者なのに出しゃばったようなこと」


 俺はぺこりと頭を下げた。

 

「ところで、どうして僕なんですか? その、こう言っちゃあれですけど、素人の教育よりアランさん自身が教えたほうが安心でしょう」

「いえ、それが実は、私は風属性の魔術を5つ使えるだけの、本当にたいした事ない魔術師なのですよ。ギリギリ魔術師を名乗れているだけの私と炎の賢者であるヘンドリックくんでは扱う神秘の質と規模はまるで違います。なので、娘の前では……」


 アランは歯痒い、弱腰、卑屈そうに自分をさげてペコペコ頭をさげてくる。


 彼のメンツを保つ為に、アルウにはしっかり言っておかなければな。

 魔術師は階位だけじゃない、って。


「わかりました。わりあい暇なので時間を作りますよ」

「よかった、ヘンドリックくんに教えてもらえるなら安心です」


 俺は頭をさげてくるアランを手で制して、「お気になさらず」とだけ言った。


 ″その時″が来たら勝手に出ていくつもりだ。

 きっと、アルウの面倒は俺の最大値まで見てやることはないだろう。

 彼女への思い入れは、あまり強くしないようにしよう。

 

 ──次の日


 俺は午前中を浮雲屋敷でのセレーナとの剣術練習に費やして一汗をかいた。


 遠くの空から帰ってくるラテナを、廃屋で出迎える。

 

「お疲れ様、おかえり、ラテナ!

「ただいまなのです!」

「大変そうだな、持とうか?」

「お願いしますっ、ふくふく…!」


 俺はラテナが空中から落下させてきた一冊の紙束を受けとる。


 実はラテナにはソーディア領最大の都市ソーディアまでいって、王都の情報を入手してもらっているのだ。

 大きい都市には、ブワロ村よりもよっぽど多くの新鮮で価値のある情報が眠っている。

 もちろん、一番興味があるのは不死鳥騎士団のニュースだ。


「これがソーディアの兵舎にあって月刊騎士団です」


 受け取った紙束は月に一度、別々の兵舎同士で団内の状況を共有するための月刊紙だ。

 騎士団の人間はほとんどが貴族なので、彼らは文字を読めるのである。

 

「王都兵舎、見習い騎士ミラー、クベイル、ガレットが正式に騎士になった、か」

「団長は今は各地を転々としてるみたいですね。おおきな″イベント″に備えているようです」

「アレか。うーん、やっばり襲撃はアレに合わせることになるかな。もっと足取りが終えれば密かに殺しに行きたいんだけど」

「情報が月に一度しか入ってこないですからね……。ごめんなさい、私がもっと機動力高かければよかったのですが」

「ラテナのせいじゃないよ。いつも長い距離飛んでくれてありがとな」


 俺はもふもふした羽毛を撫でてあげる。

 

「ふくふく♡ むむ、ところでヘンリー、それは?」


 俺は途中まで読んだ月刊紙をちかくの壊れた木机にほうって、バケツをもちあげる。


 中の水は凍っている。


「もしかして完成したのですか、氷魔術」

「見ての通り」

「それで、結局、凍る原理はわかったんですか?」

「まあな。ほら、これを見てくれ」


 俺は右手で《ファイアボルト》をつくってそれを、近くの捨てられた納屋に投げつける。

 爆発音とともに、納屋の壁に大きな穴があいて、燃え広がるように炎上しはじめた。


「《ライジングサン》の時に答えは見えてたんだよ

「第四式魔術のですか?」

「そう。あの魔術を独自の手法におこなう時、俺は雲から熱素を移動させて、下方の空気を温めることで雲の温度をさげて水に変えた」


 熱素を手元に集める《ファイアボルト》を行った時、集められた熱素がもとあった場所は、必然的に温度がさがる。


 氷の発生はそんな熱素の収束によって、本来ありえないエレメント──仮称:冷素とでも呼ぼうか──を、意図的につくりだせる事で実現している。


「つまりどういうことですか……?」


 ラテナは首を180度かしげる。

 流石はフクロウ。首の角度で全然理解してない事をあらわしている。


「つまりは、俺が熱素を移動させたあとは冷素が発生。そして、それは本質的に熱素──温度をもった極小謎物質──と同じだから、俺はどうように冷素もコントロール出来るんだ。結論を言うとだな──」


 俺は今度は左手を握って、そのなかに青白い光のつぶてを生成する。


「炎魔術の後には、氷魔術を放てるってことだ」


 投擲する青白い氷。

 それは、納屋にあけた大穴にたどり着くと、四方八方に広がって、炎を呑みこんで、壁の穴を塞いでしまった。


「おお! 熱を奪った分だけ、氷を使えるんですね!」

「″熱″を移動させた分だけ、″冷″を移動させるって言ったほうが正しいけどな」


 俺はラテナを顔を見合わせて、おでこを擦り付けあった。


 氷の魔術も実戦レベルで使えるようになってきた。

 炎と氷と剣。

 それと″秘策″も準備できそうだ。


 これであの男たちの罪を暴き、すべての恨みを晴らすことができるはずだ。

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