第5話 ホット修練

 

 ──転生から2ヶ月が経過した


 相変わらず、俺はセレーナとともに、エーテル語と魔術の修練にはげんでいた。


 彼女はかなり苦戦している。いまだに自由に文を読むのはむずかしいようだ。


「じゃあね、お兄ちゃん! また夜にいっしょにお勉強しようねー!」


 セレーナが満面の笑みで退出していった。


 駄々をこねて「わからない!」と暴れたあとに、ああもご機嫌になれるものなのか、


 俺は妹へ手をふって扉をしめた。

 かわりに窓の外でじーっと恨めしそうに睨みつけて来ていた鳥を、部屋のなかへとむかえ入れてあげる。


「ごめん、間違えて鍵かけちゃった……」


 俺はラテナを腕にとまらせてあげながら謝罪する。


「ふん、もういいですよ、ヘンドリック。どうせ私なんて可愛い可愛いセレーナに比べたら、ただの鳥ですものね!」

「ごめん、本当に。でも、俺はラテナのことも大切に思ってるんだぞ。実妹と優先順位は付けたくないけど、お前はNo. 1だよ」


 俺はラテナの目と目の間、鼻の少しうえを指でなぞるように優しくなでる。

 彼女はとても気持ちよさそうにして「ふくぅー……」とつい鳴き声をもらしていた。


 ラテナはペットとして最高に可愛い。


「ふふん♪ 仕方、ないですね! 今回はこれにて爪をおさめるとしましょう!」


 機嫌を治してくれてなによりだ。


「ふくふく、それにしても、もう2ヶ月経つんですね」


 藪から棒にラテナがつぶやいた。


「そうだな、はやいもんだよ、ほんと」


 復讐を誓ってから時間が過ぎるのがはやく感じる。毎日を全力で過ごしてるからか。


 アライアンスで最も強い騎士のひとり不死鳥騎士団長アイガスターを討つために、奴を確実に殺すチカラ──魔術は必要不可欠だ。


 ここのところの俺は、魔術の鍛錬に1分1秒を惜しんで費やしてきている。


「それじゃ、私はごはんもらって来ます」

「うん、行ってらっしゃい。たくさん食べすぎちゃダメだからな」

「ふふ、女神は自己管理もできて一流なんですよ」


 ラテナは部屋の外へとんでいき、母親であるカリーナにご飯をねだりにいった。


 俺は静かになった部屋で椅子に深く腰掛けて魔導書に目を走らせる。


 魔術の勉強にて、ただいま俺はある疑問にぶつかっていた。それを解決しなければ、俺はこれ以上魔術師として成長できない。


 直面する最大の問題。

 それは″現象″についてだ。


 魔導書にはこう書かれている。


 詠唱によって、必要な魔術式を満たせば、おのずと式にあみこまれた現象が、世界にうつしだされる──と。


 しかし、実際に魔術を唱えてみると、訳は違ってくる。


 たとえば《ファイアボール》の場合、


 『詠唱→現象』


 が、魔導書の指南で書かれている魔術発動までのプロセスだ。


 しかし、実際に使ってみると、俺はこれ以上に複雑な工程を、頭で処理しなければいけないことに気がついた。


 すなわち、


 『詠唱→集積→形成→威力指定→現象』


 これが俺の感じる《ファイアボール》の発動までのプロセスだ。


 基本的に魔術は『無から有を作りだす』ものではない。

 

 集積の過程で、近くから属性対応したエレメント──火属性の魔術ならば、ロウソクや松明などの火種から──をあつめて、再形成してカタチをつくり発動するものだ。


 俺の場合は、どこからエレメントを集めるかを決め、カタチも決め、威力も調整しなければならない。

 

 しかし、魔導書にはここのところの説明が詳しくされていないのだ。


 回復魔術の場合はもっとやっかいだ。


 『詠唱→除去→解析→集積→修復→現象』


 聖なる文言を口にしてから、傷口から余計なホコリや土を取り除く。

 そして、どのような怪我かを解析し、修復のため必要なエレメントを集めないといけない。


 俺の母親カリーナはよく薬草や、ポーション、丸薬などの回復アイテムと併用し″エレメントの確保″という問題を解消している。


 勉強はじめて2ヶ月目だが、俺はそうそうに回復魔術の習得を無理だと諦めた。


「回復魔術を使える人間が少ないわけだ」


 俺がまだリクだった頃、隣国から来た冒険者に「回復魔術師はめずらしい』といわれた記憶が蘇ってきていた。


 あの時は魔術自体さして見たことなかったので、言葉の意味がわからなかったが、今ならば骨身にしみて理解できる。


 俺は大きなため息をついた。


 母親が希少な回復魔術を得意とする神官系の末裔だと聞いたときは驚いたものだった。なのに息子の俺には才能がないとは。


 虚しくなってくる。

 俺が直面する問題はほかにもあるというのに……。


 ──コンコン


「ん? はーい」


 扉をノックされて開けてあげる。

 誰もいない。

 俺は視線を下方へとさげた。

 お腹を膨らませたフクロウが、冷や汗をかいた顔ではいつくばっていた。


「うぅ、助けてください、ヘンドリック……ご、ごはんを食べすぎました……」

「体調管理ができて一流なんじゃ?」


 やれやれ、仕方のない女神様だ。

 

 俺はたぬきみたいに丸くなったラテナをもちあげて、胸に抱っこして部屋のなかへ。

 そのまま、椅子に腰掛けて膝のうえに彼女を寝かせながら勉強にもどった。


「あーあ、なんでホット以外の魔術を使えないんだろうなあ」

「む。もしや、あの初等魔術以外、まだ習得していないのですか」

「ぅ……」


 ラテナの純粋な眼差しが痛い。

 

 これが俺の直面する壁。

 ホット以外使えない問題である。


「やはり才能限界なのでしょうね」


 ラテナはハッキリした声で断言した。


「才能限界?」


 俺は聞きかえす。


「残念ながら、ヘンドリックには魔術面の素養がないということです。魔術の素養を高めるよう、魔術師の家系のように″血の厳選″がされてないのですから当然ですけどね」

「優秀な魔術師になるには家系が大事、か」


 生まれですべてが決まるとでも?


「なんか腹立ってきた」

「ヘンドリック……最初に言うべきだったかもしれませんね。でも、わかってください、あなたの初めての″やりたい″を潰したくはなかったのです」


 敵わないな。

 ラテナには。


「ありがとな。お前が俺のやりたいを尊重してくれてすごく嬉しいよ」

「でも、険しい道にあなたを放り込んでしまいました……」


 間違いない。

 それは間違いないが、嫌ではない。

 これは命題だ。奴隷の身分に敗北した者が、またしても生まれに負けるか否かのな。


「俺、魔術師になるよ」

「ヘンドリック、私は止めませんよ」


 ラテナは黄色い瞳でじーっと見つめてくる。俺はその眼差しにうなずき「ありがとう」と礼をいった。


「強い覚悟を感じます」

「一度死んでようやく手に入れられる覚悟だ──素養がなくたって、ひとつしか魔術使えなくたって、それは俺が魔術師を諦める理由にはならないってな」


 俺は魔導書を手に庭へ飛びだした。

 ラテナは俺のあとをついてくる。


 庭に置き石を設置した。

 よくウィリアムが″試し斬り″してるものだ。


 俺は置き石をまえに精神を鎮める。


 いいだろう。

 《ホット》が俺の才能限界だって言うならいい。高位魔術なんて覚える必要はない。


 俺は日々の鍛錬で気がついてるはずだ。


 魔術発動までに細かなプロセスを頭で考えなくてはいけないことは、才能ある魔術師にくらべて不利なことじゃないと。

 

 彼らが無意識下で半自動的におこなっている″プロセス″は、ただひとつの初等魔術である《ホット》の可能性を高めてくれるはずだ。


「魔導書には″いっさい言及されてなかった″けど、魔術の威力を調整することは可能だしな」


 通常、魔術は切り替えるモノだ。

 どういうことか?

 例えば、火属性式魔術の場合。


 高位の炎魔術である《ファイアボール》を覚えていても「もっと火力は低くていいんだ!」という場面があったりする。

 その逆もしかりで「もっと火力が欲しいんだ!」という場面も当然のごとくある。


 このような場合は使用する魔術自体を切り替えて、より強い炎魔術、弱い炎魔術をつかって状況に対応する事がセオリーのなのだ。


 だが、俺の考えは違う。

 威力は使い分けられる。

 なれば最弱の炎魔術でも、極限までその威力をたかめれば鋼すら穿てる……かもしれない。


「不死鳥の魂よ、

  炎熱の力を与えたまへ──《ホット》」


 7歳の俺、現行使えるホットに最大の魔力をこめて置き石をあたためた。


 近寄ってさわってみると、長時間触っていれば低音火傷するくらいには熱かった。


 まだまだ温かくできる。


「極めてやる、この魔術を」

「悪くないアイディアですね、ヘンドリック。極めるならば1日1万回くらいやったら極致にいたれると思いますよ」

「結構、ハードなノルマじゃないか……?」

「そうですか? どこかの世界で同じようなことをしてる人を見たことありますから、きっとヘンドリックにも出来ますよ」


 ラテナの無邪気な期待が痛かった。


 俺はこの日より″1日1万回感謝のホット″を自身のノルマとして課すことで、狂気的なほどホットを鍛えまくることになった。



 ─────────────

         ───────────



 ──転生から9ヶ月が経過した


 季節は冬。

 空気は乾き、雪がいまにも降りそうなどんよりとした天気がつづいてる。


 庭園には枯れ葉が散らばり、年の終わりを感じた。


 俺はすこし背が高くなり、ラテナは春にくらべてモフッとふわふわになっていた。


「こんなものですかね」

「だな」


 フクロウ形態のラテナと2人で、俺たちは落ち葉をかき集めた。


「不死鳥の魂よ、

  炎熱の力を与えたまへ──《ホット》」


 かき集めた落ち葉に手を突っこんで熱をあたえた。


 ホットは無限の可能性を秘めている。


 ″火種を必要としない炎魔術″は、魔導書にザッと目を通しても、この初等魔術くらいだ。


「よし、火がついた」


 庭の枯れ葉を発火させる事に成功する。


「やっぱり、直接手を触れるのが一番温度をあげやすいな。でも、遠隔でも最大温度自体は変わらない。早さの問題だな。うーん、まだまだ検証が必要だ」


 計画、実行、評価、改善。

 俺はホットという初等魔術ひとつをこの世の誰よりも理解するために研究を重ねる。


 次の術を試してみることにする。


 とはいえもちろん火属式魔術ホットの応用、アレンジバージョンだが。


 魔術には追加詠唱というテクニックが存在している。


 たとえばこれだ。


「情けの延々、不死鳥の魂よ、

  炎熱の力を与えたまへ──

      ディレイマジック《ホット》」


 詠唱に『情けの延々』を加えることで、魔術の発動を意図的に遅くすることができる。


 俺は遅めの《ホット》をかけた落ち葉を置き石のうえにおく。


 腕を組んでまつこと10秒ほど。

 落ち葉は激しく燃えて、いっしゅんで灰になった。


 遅延魔術は成功だ。

 それに、もっと面白い結果も得られた。


「対象がちいさく、魔力が集中するとかなり熱量があがるな。よしよし。一点集中させれば枯れ葉くらい燃やせるようになってきた」


 着々と技術は上達している。

 将来的に空気中の成分を燃やせるかも?

 飛躍の可能性は尽きない。


 ほくそ笑み、俺は一息いれることにした。


 ──パリン


「ん?」


 背後で聞こえたガラスが割れる音。


「ああ、なんてこと……! あわわわっ!」

「母さん?」


 俺の母カリーナがおぼんに果実水とおやつを乗せてもって来てくれていた。


 落ちたケーキは俺の大好物だ。


 今はケーキの命が惜しいが、なんとなくカリーナの震える瞳に、怒られる予感がした。


 先に謝ることにする。


「母さん、ごめんなさい、これはその、魔術の研究でして──」

「天才だわ! うちの子は天才だわ!」


 カリーナは口元を押さえ、大声をあげた。



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        ────────────


 

 その日の午後。

 浮雲屋敷では家族会議が開かれていた。


 議題は俺が『魔法使い』かもしれないというものだ。


 そんなわけないのに。

 だって『魔法使い』は魔術師の最高階位なんだ。


 魔術世界には7つ階位があり、それはおのおの魔術師が、使える最大の魔術のランクに応じて名乗りが変わるものだ。

 

 第七式魔術:魔法使い

 第六式魔術:賢帝

 第五式魔術:賢王

 第四式魔術:賢者

 第三式魔術:戦略魔術師

 第二式魔術:大魔術師

 第一式魔術:魔術師


 たとえば、水属性第二式魔術の使い手ならば『水の大魔術師』とか『青の大魔術師』なんて呼ばれることだろう。


 最高階位の『魔法使い』は、魔術の基本法則「無から有は生まれない」ことを克服させた偉大なる魔術師に贈られる称号だ。


 人類の歴史上、1人しか現れていないらしく、魔術師のなかには、存在を否定するものも多いとか。まさに伝説にして幻の存在だ。


 俺がそのひとりに該当するわけがない。


「ヘンリー、例のモノを見せてみろ」


 浮雲邸の庭。

 設置された置き石。


 カリーナ、ウィリアム、セレーナ、ラテナが見守るなか、俺はごくりと唾を飲みこむ。


「いきます」

「よし」


 俺は目を閉じて集中する。


 手のうえの枯れ葉に《ホット》をかけた。


 それを置き石のうえにおく。


 しばらくして、枯れ葉は激しく燃えあがり、パラパラと灰になって風にさらわれた。


「おおっ! まさか、本当に!」

「ね? 言ったでしょ、ウィル! ヘンリーは火元を使わずに、詠唱もなし、炎を起こせるのよ!」

「ヘンリー、もう一度やってみるんだ」


 俺は《ホット》をかけた枯れ葉をもう一個つくる。ウィリアムが「ちょっと貸してくれ」と言ってきたので渡す。


 しばらくして「アチっ…」と言って、ウィリアムは燃え尽きた葉っぱをはらった。


「ちゃんと熱い……本当に炎を作り出したのか? どうやってるんだ、ヘンリー?」

「火属性式魔術の《ホット》で熱素をあつめて、枯れ葉の温度をあげることで自然発火させてるます」


 俺の解説に、ウィリアムは首をかしげ、カリーナは大喜びしている。


「あえて初等魔術でやるあたり、本物の天才っぽいわ!」


 そこに喜んでたんかい。


「ウィル、どうすればいいの、うちの子が伝説の魔法使いだなんて知れたら、世界から狙われてしまうわよ……?」

「うーむ、たしかに、この才能を放っておくのはあまりにも粗末な対応だな」


 話がだんだん飛躍されてきた。


「才能を伸ばしてやらないと、か」

「そうね。ここはリスクを取ってでもヘンリーには超一流の家庭教師をつけないと! 魔術の大天才を育てられるくらい腕のよい先生をアルカマジから呼んで来ましょ!」

「魔術のことはむずかしいから、とりあえず、よし。ソーディアで家庭教師を雇おうか」


「ふくふく」


 ラテナが俺の頭にとまってくる。

 小声で耳打ちしてきた。


「流石は私のヘンドリック。まさか、一日1万回感謝のホットでここまで初等魔術を高めるなんて。両親も大喜びですね」

「だな。なんかいろいろ騙してる気がするけど、まあ、大丈夫だろう」


 万事は順調……だ。

 たぶん。

 

 現状の魔術ではとても騎士団長を討てるとは思えない。

 だが、家庭教師として来るであろう魔術師の協力をあおげば、きっと素晴らしいチカラを身につけられるはずだ。


 俺はラテナを撫で撫でしながら、来たる明日に胸を躍らせていた。


「はやく王都に行きたいな」

「そうですね。すべては私たちの為に」


 ラテナはそうつぶやき頭を擦りつけてきた。



 ─────────────

        ────────────



 翌日。

 浮雲家では、ウィリアムによるヘンドリックのための本格的な剣術指南がはじまった。


 その3ヶ月後。

 魔女ぼうしをかぶった小さな少女が、家庭教師として浮雲邸の門をたたくのであった。

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