忠誠をささげた騎士団に斬り捨てられた雑用係は、自分だけが発見した【炎氷魔法】で最強となり成りあがる

ファンタスティック小説家

第1話 忠誠の先に


 王都アライアンス。

 騎士王国の大都会は今日も快晴だ。


「リク、今日はなにを買っていくの?」


 店先で悩む俺へ、果物屋の看板娘はニコリと魅力的な笑顔をうかべて見せてくれた。


 茶色い短髪、紅瞳。この区画で一番のべっぴんさんだと言われている市場の人気者だ。


 はて、どうしたものか。

 今月の出費をおさめるためにここは特売品のリンゴを買うとしよう。


「リンゴをひと樽くれ。これで足りるか?」

「まいど〜、リンゴを間違えてたくさん仕入れちゃっててさ。たくさん余ってたから助かるよ、リク」

「そんな事だと思ったよ」


 金貨をわたす。

 手が触れあい「おやおやー?」と彼女は頬をすこし染めてイタズラっぽく微笑んだ。


「これは恋のはじまりですかな?」

「……さ、さあな。知らないよ、そんなの」

「ふふん、リクはまだまだ子供だね」


 彼女はエプロンをかけるシャツの胸元をぺらっとめくり、破廉恥な罠をしかけてくる。

 女の子の胸はやたら注視してはいけない、と仲の良い上級騎士にアドバイスされているので、俺はとっさに目線をそらした。


「ははーん、やっぱりまだ子どもだー」


 彼女は俺と同い年のはず。

 まったく、誰にでもこういう事のするのだろうか。まだ12歳のくせにやけに大人ぶろうとしてるんだよな。


「ほら、おまえも手伝えよ。これ騎士団の兵舎まで運ばないといけないんだから」

「はいはい。じゃ、そっち持っててね」


 看板娘と協力しあい、樽を荷車に乗せる。

 

「ふくふく〜」

「あ、ラテナちゃん帰ってきたよ」


 俺の相棒フクロウのラテナが、革袋を荷車のうえにドサっと落とした。

 彼女にも普段から買い出しを手伝ってもらっているのだ。


 ラテナは俺の頭のうえにとまると看板娘にむかって「ふくふく!」と鳴いて、クチバシでつつくように威嚇した。


 広げれば横幅2mを超える翼も全開にして、いたく不機嫌そうだ。


「ラテナちゃんは焼きもちさんだねー」

「ふくふく! ふくふく!」

「はは、変な鳴きかた。フクロウはホホゥって鳴くのにね」

「こーら、ラテナもう行くぞ。リゼットもあんまりからかうなよ」

「はーい。それじゃあね、リク、ラテナ。またのご来店お待ちしてまーす!」


 手をふる看板娘リゼットとわかれて、俺は荷車を押しはじめた。


 ──しばらく後


 荷車をひいて兵舎へやってきた。

 ドッグタグを見せて番兵に通してもらう。


 兵舎の地面は昨晩の雨でぬかるんでいる。

 車輪を取られないよう気をつけねば。


「おいおい、また薄気味悪い鳥が、栄光ある騎士団兵舎にまぎれこんでるぜ」


 嫌な声が聞こえて俺は身をかたくした。


 ラテナは赤、青、緑、黄色──カラフルで綺麗な羽根をふわっふわと生やしている。

 くわえてデカいので、頭に乗せていると、それだけでかなり目立つのである。


 取り囲むように8人ほどの騎士がやってきた。俺の所属する『不死鳥騎士団』の見習い騎士たちだ。


 なかでもリーダー格の青年。

 彼の名はミラー・タイフン。

 赤髪と高圧的な態度の嫌な奴だ。


「おいおい、リク、またお前かよ。何度、兵舎に害鳥をもちこんだら気がすむんだぁ? モンスターを人間領域を守るべき聖地にいれるなんてとんでもないことなんだぞー?」

「すみません。でも、ラテナは無害なため兵舎に入ってもいいと騎士団長の許しを得ています、ミラー様」


 俺はうやうやしく頭をさげて、不幸な嵐が通りすぎるのを待つ。


 ミラーは若干14歳で騎士見習いになっている天才騎士と名高い。

 俺とは身分の違う貴族家の後継ぎだ。


「気に食わねえ顔してんな、おめぇよ」


 ミラーがおもむろに手を伸ばしてくる。

 また殴られる──そう思った瞬間、


「ふくふく!」

「っ、ラテナ、だめだ!」


 頭のうえのラテナが威嚇するように翼をばたつかせた。

 

「う、うわあああー! 襲われるぅう!」

「ッ」


 大袈裟に地面にたおれたミラーは、演技くさくラテナを指差した。

 あたりの視線がいっきに集まってきて、騒ぎたてる彼女にあつまった。

 俺はどうにかラテナを抑えたが、まわりの注意から逃れることはできなかった。


「なんて、恐ろしく危険なモンスターなんだ! うわぁあぁ、信じられない、騎士である僕を襲うなんて!」

「いいえ、ミラー様、この奴隷あがりの雑用係が我ら騎士を襲うよう押さえこんだに違いありません!」

「そうだ、そうだ。そもそもお前のような小汚い奴隷がなぜ兵舎に足を踏み入れているんだ!」


 ミラーの取り巻き、さらにまわりの騎士たちからの罵声をあびせられる。

 俺はラテナを必死に守ろうと外套の内側にかくまうように抱きしめた。

 服の内側から「ふくふく……」という申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


 お前のせいじゃないよ。

 俺が奴隷だからいけないんだ。


「申し訳ございません。ですが、奴隷の身であれど我が栄光ある不死鳥騎士団への忠誠は変わりません。この身を騎士団のために尽くす為、なにとぞ、この卑しい身で兵舎に足を踏み入れることをお許しください」


 俺は騎士団長に命を救われた。

 恩は彼の騎士団への献身でのみ返せる。

 面倒なトラブルを起こすのは望まない。


「なにもわかってねーな、リク。本当に騎士団のこと思ってるのなら、まずは、その汚い面さげて不死鳥騎士団の威光をいたずらに借りるのやめろや」

「威光をいたずらに借りる? なんのことですか、ミラー様」

「不死鳥騎士団のネームバリュー使って女たぶらかしてんだろーが。報告はあがってんぞ」


 話を聞くに、ミラーは果物店のリゼットに気があるらしかった。彼女が俺と好意的に接しているのが気に食わないようだ。


 理不尽な物言いにもほどがある。


「リゼットとはただの友達です。ミラー様が真に魅力ある方なら自然とふりむいてくれますよ」


 俺は務めて冷静にかえす。

 しかし、それはミラーを怒らせることになった。


「てめぇ、俺に魅力がねえって言ったな、この野郎っ! 小物のクセにちょずいてんじゃねーよッ!」


 激昂して顔をあかくしたミラーは、俺の足をはらって泥の上に転ばせてきた。

 受け身をとって、掴みかかってくる彼の手からすりぬけるように避ける。


 日頃、俺もまじめに訓練に参加しているので、身のこなしには自信があった。


「誰が避けろつってんだよッ!」


 ミラーの目つきがかわり、彼は荷車のリンゴをつかむとそれを投げつけてきた。

 思わずリンゴをキャッチするも、隙だらけの俺の顔にミラーの拳が打ちこまれる。


 俺は血反吐を吐いて、泥に沈んだ。

 薄く目を開けると、カラフルな羽根が舞っていた。


「ラテナ!? や、やめ、そいつだけは!」

「ああ? このモンスターが大事か?! ええ?! だったら靴舐めて謝れよ。『攻撃避けてすみませんでした』ってなぁ!」


 ミラーはラテナの両脚を乱暴につかみ、暴れる彼女を荷車にたたきつける。


「ふくふく!」

「うるせぇんだよ、モンスター」


 何度も何度も叩きつけられ、ラテナはぐったりとしてしまった。


「ふく…、ふく、ぅ……」

「やめてくれ、お願いだ、ラテナにひどいことするな……!」


 俺は泣きながら懇願した。

 ラテナは幼い頃からいっしょにいてくれた唯一心を許せる友達なんだ。


「お願い、です、やめてください……!」


 騎士団に忠誠を誓う俺は、騎士見習いのミラーには決して逆らえない。

 情けないがこの命尽きるまで、不死鳥騎士団につくすと決めているのだ。


 俺には頼むことしかできない。

 組織への忠誠のために──。


「っ、まずいぞ、ミラー、団長たちが来た」


 ミラーの取り巻きのひとりが遠くを見て、彼に耳打ちした。


「チッ、運がいいな。今日はこの辺にしといてやるよ」

 

 ミラーは雑にラテナを泥のうえに捨てると、取り巻きたちと兵舎のなかへ消えていった。


 俺はすかさず立ちあがり、服の汚れをぬぐいさって、ラテナを抱きかかえる。


 騎士団長と上級騎士数名が目の前を通りすぎていく。


 団長は俺のことを見つけると、上級騎士たちを待たせてこちらへやってきた。


「今日も泥だらけでがんばってるな、リク」

「はい、騎士団の生活はわからないことばかりですが、元気にやらせてもらっています」

「はは、そうかそうか。ん、にしても今日はあの美しい鳥はいないのか?」


 俺は外套の手前をぎゅーっと閉める。

 団長に知られたくなかった。


「ラテナは散歩にいかせています。冬は暖炉の前でぐうたらしていたものですから、運動をさせないといけないと思って」

「そうかそうか、相棒として良い心がけだ。だが、気をつけるのだぞ。あれほどに美しい鳥だ。うっかりしたら悪しき者にさらわれてしまうかもしれんからな」


 団長は快活に笑い「これからも騎士団のため励むように」と俺の肩に手を置いた。


 偉大なる恩人の背中が遠ざかる。

 

 ふと、もうひとり騎士が近づいてきた。

 団長のまわりにいた上級騎士だ。


「リク、なんかあったら言えよ。力になるからな」


 彼は頼れる兄貴感をだし、ウィンクをして、俺の背中を叩いていく。彼は俺のことを特に気に入ってくれているお方だ。


 辺境の一村を監督しているエリート騎士であり『百芸』の異名を持つ。

 その名をウィリアム浮雲という。


「はい大丈夫です。なにかあったら必ず言います、ウィリアム様」


 団長やウィリアム。

 彼ら恩人たちに心配はかけられない。


 組織へ忠誠を誓うことは、時に個人を殺すということ。俺はその道を選んだんだ。

 今の俺の境遇はその結果、噛み締めて耐えるほかない。


 それに下手につげ口して組織の和をみださずとも、良いことをして、必死に努めて、頑張れば必ず報われるはずなのだ。


 神様はいつだって見てるんだからな。


 ウィリアムはニコリと笑い「それじゃな」と、団長のあとを追っていった。


 俺はホッと息をつく。

 途端にまわりの騎士たちの視線がかわった。

 俺は服のなかに隠したボロボロのラテナを抱きしめて、のそのそと仕事にもどった。



 ─────────────

         ───────────


 ──1週間後


 俺はひとりで山岳に来ていた。

 数日の予定を組みあげて、特別な鋼を取りにやってきたのだ。


 騎士団長からの直属の任務である。


 騎士じゃない俺はなにかとフットワークが効くため、こうした個人的な頼みをされることがよくあるのだ。

 団長が俺のことを信頼してくれている証だと、本人の口からも聞いている。


 このちょっとした小間使いは俺の誇りだ。


「今回の目標は氷鋼か。ダイヤモンド帯の冒険者が狙う獲物かよ」


 骨の折れる仕事になりそうだ。


 でも仕方ない。

 これも団長の、そして騎士団のためだ。

 

「いそがしいあの方のために、久々に腕を振るうかな」


 俺は帯剣して冒険者として山に入った。

 冒険者ランクはこれでもゴールド帯だ。

 そこそこの実績は重ねている。


「では、氷鋼とやらを取りに行こうじゃないか」


 ──数日後


 俺はボロボロになりながら、氷鋼の鉱石の入った袋をかかえて不死鳥騎士団の兵舎へ戻ってきた。


 かなり大変な仕事だった。

 ドラゴンの住むといわれる洞窟で、かの主に会わずに帰ってこれたのは奇跡だろう。

 

 騎士団長も素材の難易度をしっかりと調べてから依頼してほしいものだ。


「止まれ、リク」

「顔パスじゃだめですか?」

「規則だからな」


 俺はドッグタグを見せて番兵に通してもらう。


「あ、やっぱり待て、リク」

「? どうかしましたか?」

「騎士団長より帰還したら来賓用客間にむかうように伝えろ、と衛兵長より承っている」


 報酬を直接受け取れるのだろう。

 よかった。

 団長の部屋に行く手間がはぶけそうだ。


 俺は番兵にうやうやしく一礼して、かるく手を振ってわかれた。


 言われたとおり来賓用客間にやってくる。

 兵舎のなかでも一際、品のある部屋には誰もいなかった。

 しばらく待つこととする。


「ラテナ、大丈夫かな。団長に失礼なことしてないといいけどな」


 怪我をした彼女は信頼できる団長にあずけてある。彼はラテナのことをいたく気に入っているので、可愛がってもらえてるはずだ。


 ──ガチャ


 しばらくしてノックもなく扉が開いた。

 俺はスッと立ちあがり敬礼する。


「アイガスター騎士団長殿! ただいま戻りまし──……た?」


 勢いよく挨拶しようとして出鼻をくじかれる。

 部屋に入ってきたのは不死鳥騎士団の団長アイガスター・ゲェニラウスではなかった。


 青髪の鋭い目つきが特徴的な青年だ。


「ガレット、様……」

「薄汚い平民、いや、それ以下の奴隷がそんな簡単に俺の名を汚してくれるなよ」


 騎士見習いガレット。

 ミラーと仲が良く、俺を心良く思っていない騎士団員のひとりだ。


「おいおい、それはなんだ? 奴隷がもっていて良いものではあるまい。──おお、これは純度の高い氷鋼の原石。まさか盗品か?」


 袋の中身を改められ、ガレットは細い目をめずらしく開いて驚く。

 彼も15歳とあまり俺と変わらない年齢なはずだが、子どもとは思えないほどの不気味さがあった。


「違います、これは騎士団長様への献上する品です。この数日はこちらの鉱石を集めるために山岳へ向かっていました」

「その証拠はない。貴様はいやしく信頼のおけぬ奴隷だ。この原石は俺が預かろう」

「そんなっ! 団長に渡さないといけないのに」

「なに安心しろ。あとは渡すだけだろう」

「そうですけど…でも……」

「嘘を確かめるついでに渡しておいてやると言っているんだ。それですべて済む話だろう? フッ、お前ごとき奴隷が騎士団長アイガスター様と会われるだけで、世の中は良い目をしないというもの。ここからはこのガレット・ハリケンが仕事を引き継ぐことが団長のためにもなると思うのだがな」


 最後の美味しいところだけ持っていく……そんな見えすいた手柄横取りだとは、考えるまでもなくわかった。


 だが、別に構わない。

 俺の目的は騎士団への忠を尽くすこと。

 団長にこの氷鋼が届くのならいい。


「ではよろしくお願いします、ガレット様」


 俺は元気よく袋を渡して、笑顔で客間を退室した。

 

「チッ……クソの役にも立たない奴隷風情が、涼しげに俺のまえを横切るな!」

「……申し訳ございません。以後、気をつけます」

「以後などない」


 ガレットは目をギラリと剥くと、腰を落とした。俺はとっさに反応して避けようとする。

 しかし、先に鉱石の入った革袋で殴られてしまった。思いきり膝蹴りも喰らわされる。


 俺は息すらできずに、視界を明転させた。


 苦しい…肺の中…空気が、全部でた。


「あははっ、この時を待っていたぞ!」

「ぁぐ、ガレット、さ、ま……?」


 俺は引きずられて兵舎の裏へ連れてこられた。


 夜遅くのことだ。

 訓練している者など1人もいなかった。


「待ってたぞ、ガレット」

「ミラー、遅くなってわるいな」


 兵舎裏にはミラーの姿があった。

 それともうひとり──緑髪で背の高い、騎士見習いクベイルの姿もある。

 俺は鈍痛にうめきながら、地面を這いつくばり、何かよくないことが起きると察する。


「目障りなお前を消す機会をずっと待ってたんだ」

「ま、まって、ミラー、さま……!」


 ミラーは帯剣ベルトから躊躇なく抜剣して剣先で、俺の太ももを刺してきた。


「あがっ、はッ!?」

「おぅおぅ、どした奴隷、痛いかい? そうだろうそうだろう、俺様たち騎士はなこの痛みの恐怖にたちむかえる人間なんだ。お前とは命の重さが違うんだよ」


 ミラーはゲタゲタと笑いながら、剣先をひねって傷口をえぐった。


 耐えがたい痛みに、俺は叫び声をあげる。

 

「喋んな」


 泥臭い靴先を口につっこまれて、俺は喋ることすらできなくなった。


 なんだよ、これ、なんなんだよ、これ。

 俺はこんな仕打ちを受ける言われはない。


「ふくふくッ! ふくふくふく!」

「ん?」


 聞き馴染んだ鳴き声。

 屋根を越えて、風が夜闇を切り裂く。

 虹の翼がガレットの顔をはたきつけた。


「痛ッ!」

「ラテナ……助けに来てくれたのかっ」

「ふくふく!」

「やめっ、このクソモンスター! 誰の髪を引っ張ってるのかわかってんのか?!」


 ミラーの赤い髪の毛をくちばしで引っこ抜いて、彼女はコネ騎士に剣を落とさせた。


 俺は剣をすぐさま拾いあげる。


 ラテナは俺のちかくを跳びまわり、臨戦態勢ではげしく威嚇していた。


 このクソ野郎ども……。

 まさか実力行使に出るなんて。

 これは流石にうやむやにしてやらない。


「お前たち…必ず後悔するぞ、このことは騎士団長に報告する」


 毅然とした態度で俺は言った。

 足がひどく痛んだが、今は我慢だ。


 剣を奪われたミラーは見るからに動揺して、青髪のガレットと緑髪のクベイルをまえに出させて、自分は後ろにかくれた。


 恐怖にたちむかえる人間などとは、よく言ったものだ。笑いもでやしない。


「死にさらせ、奴隷ッ!」


 すかさずガレットが剣で斬りつけてくるのを、パリィして攻撃に転じようとする。

 しかし、足の怪我ともともとの技量差でカウンターを決めるにはいたらない。


 時間を稼げば誰か来てくれる。

 俺はそう祈りながら、兵舎のほうを見た。


「あ」


 ちょうど、俺が目をむけた時だった。

 兵舎の廊下から待ちわびた人の姿が現れたのだ。


 それは騎士団長アイガスターだった。


 なんとタイミングの良いことか。

 この現場を見れば必ず止めてくれるに違いない。


「団長! 助けてください! ミラー様たちが突然襲ってきて──」


 言葉を言いかけた時。


 ドサッっと俺の隣でなにかが落ちた。


 空中を舞う鮮やかな虹の羽根。

 カラフルなフクロウが血を流して、踏み慣らされた土のうえに転がっていた。


 ラテナ……?


「うそ、だろ……ラテナ、だめだ、なんで?」


 訳がわからずパニックにおちいる。

 時間は無情で混乱すらさせてくれない。

 俺がラテナに手を伸ばそうとした瞬間、俺の両腕が冗談のように吹き飛んだ。


 俺のすぐかたわらには、散歩ついでに剣を素振りしたような、呑気な団長の顔がある。


 冷たい彼の瞳は俺のしらない目だ。

 これは……俺のしらない団長だ。


「ぁ、ぁ、ぅ」


 俺は状況をのみこめず、無くした腕の遅れてやってくる痛みに絶望した。


「ぁぁ゛、ぁぉアアアッ、ァアア゛!」


「団長、氷鋼をただいまお持ちしました」

「うむ、ありがとう、ガレット、ミラー、クベイル。お前たちの献身しかと受け取った」


 激痛に脳が焼かれる。

 真っ赤な視界のなかで繰り広げられる、くだらない茶番劇。


 それは、それは、俺が団長のために採ってきた鉱石だ、返せよ泥棒、ふざけるなよ!


「ひひ、見ろよ、ゴミが二つ転がってるぞ」


 クベイルは剣をぬいて、その先っちょで片翼をなくしたラテナを刺して持ちあげる。


 ラテナはピクピクと動き、苦しみから逃れようともがいていた。


 もう助からない──直感でそうさとる。


「やめ、やめ、ろよ……っ、なんで、そんなこと、するんだ、よ……!」

「生かしたのは我々、騎士団だ。生かすも殺すも自由。その後のどのタイミングで串刺しにしようと思っても責などありはしない」


 団長は剣についた血のりを、白い布で拭き取りながら感情の読めない目でいった。


「どうして……です、か……ッ、なんで、どうして……」

「騎士団という組織を円滑に運営するには、余計な揉め事をなくすことが肝要だ。ゆえに、他の騎士たちとリク、お前たちのいざこざはよくない。だから、お前の死でもってこのささいな揉め事は解決とする」

「は……? そ、そんな、お、俺の、忠誠は、騎士団への、献身は……?」

「あーそういえば、そんな事を頼んだかな。いや、なに、あんなのは騎士王や四天王たちが現場にいたから、″美談っぽく″したてるため大袈裟に言っただけだ。あれのおかげで、民衆は私のことを『慈悲の騎士』だなんて呼んでくれるしね」

「は……?」

「奴隷の命をたすけ、奴隷は心から感謝して永遠の忠誠を誓う。ほら、いかにも世間が好きそうな話だろう?」


 団長は剣をしまって背を向けて歩きだす。


 絶句だった。

 俺は言葉を繋げない。


「勝手に頑張ってくれて、勝手に我慢してくれてありがとう、奴隷くん。その綺麗な鳥のことだけが残念だ。──ミラー、あとは任せる」


 団長はそう言い残して兵舎へもどっていった。


 残されたミラー、ガレット、クベイルは「んじゃどうすっか」と醜悪に笑った。


 その後、俺は服を剥かれて、縄で縛りあげられた。さんざん殴る蹴るされたあと、糞のたまる豚小屋にラテナと一緒にほうり込まれ、水も食料もなく、数日監禁された。


 最期は実にあっけないものだった。

 死にかけの俺は、剣技もへったくれもない、料理をつついて食べるように剣で何度も何度も何度も何度も──刺され死んだ。


 虚しさと後悔。

 豚小屋での数日間は記憶にない。


 ただ、煮えくり帰るような激しい怒りに身を焼かれながら、俺は隣で動かなくなったラテナを手首をなくした腕で抱き寄せていた。


 この世に神がいるのなら、この者たちに天罰を与えてください──ラテナと俺が味わった苦しみを味合わせてやってください。


 血と涙も枯れたなか呪い続けた。


 もし生まれ変われたら、組織のためじゃなく、自分と愛する者のために生きよう。

 

 俺は怒りと苦しみにまみれて死んだ。


 


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