13. 生き地獄

 ケリー達が「処刑人」と闘っている頃。

 ロビンが推測した通り、リチャードとアイリスは「フリー」達の避難誘導を行っていた。


「もうおしまいだ……」

「ついに……殺されてしまうんだ……」


 ところどころ漆喰しっくいが崩れて鉄骨が覗き、多くの窓が割れて本来の機能を失った講堂のような廃墟。そんな寂れた建物の中で、数十人の老若男女が息を潜め、雛乃達の救援を待っていた。

 ……が、時間が経つにつれ、彼らの間には悲観的な空気が漂い始める。


「もう無理だ……殺されるくらいなら……あんな奴らに処刑されるくらいなら……!!」


 部屋の隅で頭を抱え、震えていた男性が、おもむろに銃を口にくわえた。

 引き金を引こうとしたところで、リチャードがその手をしっかりと掴む。


「ちょっとちょっと、諦めるのは早いですって! 『処刑人』なら、ロビン達がきっと……」

「離せ……! もう死なせてくれ! こんな世界懲り懲りなんだ……!」


 リチャードの言葉は男性に届かない。

 とはいえ銃を持つ腕は骨と皮ばかりの状態で、いくら暴れてもリチャードの手を振りほどけそうになかった。


「止めてどうするの」


 アイリスが冷静に問う。


「離してあげて。無理に生かした方が、もっとつらいかもしれないわ」


 隻眼を伏せ、アイリスは淡々と語る。


「う……。そりゃ、死にたいなら、仕方ないかもだけどさ……」


 世界から「存在するべきでない」とされ、隠れて暮らさなくてはならない生活。

 力あるものから「仲間」と認められるわけでもなく、いつ「処刑人」にすべてを奪われてもおかしくない人生。

 いっそ、終わらせてしまいたいと願うのは、何もおかしくはない。


「なんか……悲しいだろ」


 だが、リチャードはそれを看過できなかった。

 ……脳裏に過ぎる疑問。

 雛乃はなぜ、集落のフリー達の中からセドリックを、他の地域からリチャードをわざわざ「仲間」に選んだのか。……なぜ、ここに集う人々ではいけなかったのか。


 リチャードの場合は、「手記」を手に取り洗脳電波から抜け出し、研究所に辿り着くまでの過程で能力を見出されたのだとわかる。

 セドリックも料理が上手く、かなり古い型の車の運転もできる。少なくとも、器用な青年であることは間違いない。


「うう……ううう……」


 こうべを垂れ、うめく男性にはなくて、自分達には存在するもの。

 おそらくは、「世界」に対抗できる何かしらの「能力」……その、残酷な差異が、リチャードと目の前の男性を分けている。


「……いいや……」


 リチャードは頭を振り、自らの思考を別の方向へと切り替える。

 雛乃は学者として頭は切れるがコミュニケーション能力が高いとは言いがたく、アイリスは感情を持っているとはいえ、その思考はアンドロイドらしく合理性に寄っている。ロビンは「強欲」の悪魔……つまり、「力なき者を救う」ことに関しては、得意分野とは考えにくい。


 ただ単に、希望を失い、疲弊した彼らを導く術が「まだ」存在しないだけかもしれない。……それならば、未来を指し示すことで、希望にはなり得ないだろうか。


「俺達が『世界連合』に立ち向かうのは何のためだ? 目の前の命を見捨てて、力のある人間だけが生き残って……それだけで本当に良いのか? 俺達が救う命を選ぶ側になるんなら……何も、変わらないだろ」

「……目の前の命を見捨てるわけじゃないわ」


 アイリスは手に持った端末でセドリックにメッセージを打ち、蒼い隻眼でリチャードの目を見据える。


「目の前の命をより多く救うために、言っているの」


 リチャード達と動く「フリー」達の数は数十人。

 他にも、独自で逃げ隠れしている者達がその何倍も存在するだろう。

 救うべき命は、何も、その男性だけとは限らない。


「死が救いかどうかは、わたしには分からないし、判断できることでもない」


 アイリスは淡々と、それでもしっかりとした語調で語る。


「だけど、生が苦痛だと……もう耐えられないと嘆く人を無理に生かすのは、本当に慈悲深いことかしら?」


 その問いに、リチャードは反論できなかった。


「……でも……」


 項垂れるリチャードの耳に、甲高い女性の声が突き刺さる。


「見捨てられませんよね、その通りですとも!!」


 声の主はこの場に相応しくないほど瞳を爛々と輝かせ、こちらに近寄ってきた。

 その様子に見覚えがある。確か、ケリーを信仰していた男性も、このような目をしていたような……


「ルシファー様はおっしゃられました。我々はみな救われるべき、尊き魂だと!」

「……くそ、こんな時にまでお前らは悪魔崇拝かよ……」


 男性は忌々しそうに吐き捨て、近付いてくる女性から距離をとる。


「何を言いますか! 神にさえ見捨てられた我々にとって、ルシファー様は最後の希望! 貴方も信じれば救われるのですよ!」

「ああ……くそったれ。地獄ってのはこの世のことを言うんだ。間違いねえ……」


 もはや、喧嘩をする気力すらないのだろう。

 男性は澱んだ双眸そうほうから涙を零し、頭を抱える。


「……」


 リチャードはその光景に、何か、胸の奥でつっかえるものを感じた。


「来たわ!!」


 ……が、胸に引っかかる「何か」を言語化する暇もなく、アイリスの叫びが響く。


「な、何が……?」

「……歩幅、体格を思うに……『テレーズ・マーモット』ね。戦闘スタイルから考えれば、まだマシな相手よ」


 テレーズ・マーモット。

 リチャードの知らない名前だ。


「もしかして、『処刑人』か?」

「ええ」

「そいつも、フランシスみたいに特殊な武器を……?」

「今は知らなくていいわ。あなたが戦う必要は無い。こういう時の戦闘は、わたしの役目」


 アイリスは太もものホルスターから拳銃を取り出し、スーツの上着をバサリと脱ぎ捨ててベストとシャツだけの姿となった。

 そのまま、スカートのホックにも手をかける。


「えっ、ちょっ、何を……!?」

「何って……戦闘形態モードに切り替えるのだけど?」


 腰布を取り払った臀部でんぶから太ももにかけては鎧のような金属に覆われており、薬莢やっきょうがずらりとその表面を覆っていた。


「セドリックへの連絡は任せるわ」


 アイリスは端末をリチャードに渡すと、凄まじいスピードで壁を登り、割れた窓から建物の外へと飛び出した。

 軽々と壁を駆け抜ける姿に、リチャードはもちろん、避難中のフリー達も魅せられたかのように釘付けになる。


 彼女は空を舞い、やがて、敵の前に降り立った。

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