私、3月に沖縄旅行に行ってきたんです。いろいろな場所に行って、素敵なお店との出会いもあったりしたのに、それを文章まとめようと思うとハードルが高いですね。柊さんの旅行エッセイのすごさを感じました!
旅行先の食べ物って、まず材料はなにかに言及しないといけないし、建物の説明は見たことのない人にもわかりやすく……ってなると、書く気が失せた(^◇^;)
改めて、柊さん偉いなって思ったよ!!
ルーアン大聖堂。近況ノートに写真がありましたが、柊さんの印象や解説などによってイメージがさらに鮮明になりますね。建物の彫刻って説明するのが難しいと思うのですが、『レース編みにレース編みを重ねたような立体感がある。精巧な飴細工のよう』ってわかりやすいし、素敵な表現です。
柊さんを褒めすぎている?
いやいや、本当のことを書いているだけですよ!柊さんの詩的な表現には昔から尊敬の念を抱いています。柊さんをおだてて、オリンピックグッズを送ってもらう計画なんて立ててませんよぉ
作者からの返信
遊井さん、コメントありがとうございます。
たくさん褒めて下さって恐縮です……ありがとうございますm(__)m
沖縄は行ったことがないので知りたいです。遊井さんの言葉でどう書かれるのか、興味が出ますよ。でも旅を文章にまとめるのは難しいですね。今回は4回に分けて書きましたが、テーマを絞るのがまず難しくて。
読者が見たことのないものを描写するのは、フィクションの世界でも同じか、もっとハードルが高く思えます。なんせ読者はその世界を知らないから、一から見せるということなので。遊井さんはファンタジーが多いですが、その架空の舞台がしっかり見えるのすごいなと思っています。
百聞は一見に如かずというし、写真で一発で分かるものを書いて意味があるのかな、なんて思ったりもします。でも半分は自分のための覚え書きみたいなエッセイなので、自分の書きたいことを書いています。
オリンピックグッズはあの赤い三角の目玉人形がいいですかね?笑
ルーアン。ジャンヌ・ダルク火炙りの地。そうか、モーパッサン先生の処女作にして最高傑作たる『脂肪のかたまり』は、ルーアンから始まりましたね。この二つは吐き気を及ぼすような人間の愚かさ、浅ましさで重なるようにも思えてきました。ルーアン大聖堂の尖塔が、胸を抉る穂先にも見えそうです。
でも同時に。蒼穹に真っ直ぐ伸びる尖塔は、道を示しているようにも見える。
愚かで穢らわしい 人間どもよ
だが諦めることなく 進め
魂の揺さぶりが伝わるような手記。とても惹き込まれました!
作者からの返信
呪文堂さん、コメントありがとうございます。
ルーアン=ジャンヌ・ダルクの火刑というイメージは強いですよね。「脂肪のかたまり」もまさにここからで。この二つを重ねると、なるほど人間のエゴとか愚かさにたどり着きますね。
大聖堂の尖塔が抉るようにも指し示すようにも見える、というところも感性の鋭いご意見だなと思いました。
どちらになるのかは人間の行いにかかっている、ということでしょうか……。
柊さん、こんにちは。
旅はノルマンディーでしたか。探しものはなんですか。
数年前の夕方、ルーアン大聖堂を見かけられた時、「ああ、あそこがルーアンか」と思われたのですよね。あれがモーパッサンのルーアンか、でしょうか。
去年の冬、柊さんの「モーパッサンはお好き?」に出会いました。かなり前に書かれたものが多く、わたしがそこを訪れた時は、キャンディ屋に子供がひとり状態。子供はキャンディをほおばり、おいしくて夢中になりました。柊さんが映像があるよと教えてくださったで、以来、論評を読んで、映像を見て、大先生の全文を読んだりもして、感想を書く、が習慣になりました。時には不思議なエネルギーをいただいて自分でも短編を書いちゃいました。私のは勢いで書いた迷作。(笑)
ルーアンは「脂肪の塊」の出発点、「マドモアゼル・フィフイ」の若い神父の教会でしたよね。映画では、教会の前に「愛国者ジャンヌ・ダルク」の碑がありました。このふたつの作品は「ニックネーム、娼婦、プロイセン将校」と似ているのに、ストーリーは逆。42歳という人生でしたが、短編は300以上。
ノルマンディーといっても、彼が尊敬してやまないフロベールはルーアン生まれですが、自身は地方ですよね。田舎を題材にした小説もいくつもあります。あの太って飲み屋のおじさんが、こわい妻に命じられて身体でひなを返すなんていう話がありましたよね。映像にあった屋根が三角形の鳥小屋や農家、今でもあるのでしょうか。それから、「ミス・ハリエット」の哀しい恋がありました。あの風景描写は天才の技。何でもできちゃう先生です。
柊さんはあんな田舎の家を見たり、ハリエットが見た海にも行かれたのでしょうか。
今回のタイトルは「百の鐘が鳴る街」ですよね。私は「百塔の町」プラハには行ったことがありますが、鐘は鳴りませんでした。
百の鐘がいっぺんになったら、街が音に包まれて、どんなことになるのでしょうか。
今、これを書きながら、去年の冬を思いだし、なんて贅沢で、楽しい時間だったのだろうと思っています。今さらですが、髭の大先生とパリの若先生に感謝です。
作者からの返信
九月さん、コメントありがとうございます。
あまり遠出をしないでパリ脱出というと、ノルマンディーがすごく便利です。時間をかけずに雰囲気がガラッと変わるので、数日間の気分転換にはもってこいじゃないでしょうか。
>あれがモーパッサンのルーアンか
鋭いですね。先生の作品にはよくルーアンが登場します。なんとなく「脂肪のかたまり」の名残りをイメージしてきたのですが、季節が違うからかそこらへんは全く感じませんでした(笑)旧市街のほかは現代的なので。
フローベールの博物館もあったんですが、今回は行きませんでした。文学館ではなく医学館のようです。
「ミス・ハリエット」の舞台のエトルタは、以前「海峡の風・ゾウの鼻」の回に書きました(目次が見づらくてすみません)。「女の一生」の舞台も海の方なので、その近辺へ行ったんです。冒頭に書いた海に行った帰りとはその時のことです。
プラハの別名も素敵ですね。鐘の音は意外と大きくてそこら中に響くんですが、不思議な鎮静作用がありますよね。
こちらこそ、九月さんに頂く細やかな考察に気づかされることが多かったです。改めてお礼申し上げます。
柊木さま
ルーアン大聖堂がいつか行ってみたい場所になりました。
フランスは、なぜか行ったことがなくて。友人がひとりいるのですが、彼女にも会いたいと思っています。
作者からの返信
雨さん、コメントありがとうございます。
行ってみたくなるって、書き手として本当に嬉しいです。お友達がいらっしゃるならぜひ。特に地方は目の保養になるのでいいですよね。
この大聖堂の絵、見たことあると思い、今モネの画集を出してきたところ、かろうじてありました。一枚だけ。
でも、私は柊さんが撮った本物の方が迫力があっていいなあ。
今回も、柊さんの大聖堂の比喩など、読んでいてう〜ん、と唸ってしまうような表現が多々あり、とても素敵なエッセイだと感じました。
こんな心地よい柊さんの案内でルーアンを旅する気持ちになれるのは幸運なことです。
先を楽しみにしております。
作者からの返信
レネさん、コメントありがとうございます。
どこかで見たことある、という絵ですよね。かなりの数の連作みたいで、同じ角度ですが時間帯や天気で色味が違うのが面白いです。
モネの絵だとちょっとぼやけて見えるんじゃないでしょうか。曇りの日の絵だと迫力より哀愁を感じますよね。この大聖堂の正面をどう喩えたものかと言葉を探すのに迷いました。なのでそう言ってくださるととても嬉しいです。
こちらこそお付き合いいただき、ありがとうございます。
柊圭介さん、おはようございます😊
写真も見させて頂きましたが、もう外観だけで圧倒されますね。
フランスの教会の中でも一番高いのが頷けます。
さらに尖塔の色をオリジナルの青緑色に塗り直すための修繕中に遭遇とは。
それを残念と思いながらも、尖塔の足場にいる職人の気持ちに思いを馳せてみるのも面白いですね。
>細かいレース編みにレース編みを重ねたような立体感がある。精巧な飴細工のようでもある。
この表現が絶妙だなと思いました。
>まるで横顔を見ただけの憧れの人みたいに心に残ってしまったのだ。
そんな思い入れのあるルーアンの旅、「百の鐘が鳴る街」と聞いただけで、厳かであり、心も踊るようです。
一緒に楽しませて頂けて嬉しいです(#^.^#)
作者からの返信
この美のこさん、こちらにもコメントありがとうございます。
以前に正面の改修工事をしてきれいに洗ったそうで、白い外観が蘇っていました。なのでひとつひとつの彫刻が余計くっきりと見えてすごかったです。
最初は尖塔が覆われている(写真でも分かるように)のが残念だなとしか思っていなかったんです。でもそこに人がいるのが見えたとき、急に現実感が出たというか。昔の人もあそこまで足場を組んで造ったんだと思うとすごいエネルギーだと思いますね。それを継承するのは大変だけど誇りもあるのだろうな、とか。
こういった場所を形容するのは難しいですが、感じ取って下さって嬉しいです。お付き合い下さり、ありがとうございます。
編集済
「百の鐘が鳴る街」ルーアンの魅力が惹き出される、すばらしい玉稿ですね。
いつもながら、一度も行ったことがない、そして生涯行く機会がないにちがいない御地の風景が活き活きと眼前に迫って来ます。
細かいレース編みにレース編みを重ねたような立体感 ← 素適な表現!!
名ナビゲートを楽しみに拝読させていただきます。
作者からの返信
上月さん、コメントありがとうございます。
ルーアンのキャッチコピー(?)素敵ですよね。そして本当にその通りでした。
大聖堂は思っていたよりもずっと圧倒的で、とにかく彫刻がものすごいのです。後で知ったんですが、石のレースといわれるそうです。ああやっぱりみんなそう感じるんだな、と納得しましたね。
編集済
>まるで横顔を見ただけの憧れの人みたいに心に残ってしまったのだ。
すっと心に入り込む一文を、何食わぬ顔でさらっと差し込まれるの、いつも油断ならないです……笑
過不足なくて、涼やかで、気が利いていて。
柊さんのエッセイを読むために、カクヨムに登録してる気がします……
作者からの返信
伊矢祖さん、ルーアンの旅に全話お付き合い下さり、ありがとうございます。
過分なコメントをいただいて恐縮しています。
どう言えば自分が一番しっくりくるか、言葉選びは難しいですね。読んで下さる方に伝わるかいつも不安に思っていますので、励みになるお言葉、本当に嬉しいです。感謝です……!