第11話…「魔王様の星空の下」


「ふひぃ~…」


 今日も今日とて疲れた…と、吐く息に詰め込んで、魔王は自室から行けるテラスに出ると、地下のクレイドルではなかなか見る事の出来ない夜景を楽しみ、傍らのテーブルには色とりどりの食事が並び、舌の方もなかなかに打つ事の出来る状態だ。


 本来、人の姿を映すための魔法である姿映しを応用し、今この瞬間の地上クレイドルの空に広がる夜景を映し出す。

 満点の星空に映る三日月の歪にも思える形、魔王はこの夜景が好きだ。

 魔王になる前、彼は地上で生活をしていた。

 その時は、こんな手間をかける必要もなく見られていたモノ…、その夜景を見ていると吐く息と共に、疲れすら抜け落ちていくような気さえする安らぎが体を包む…。


 魔王が…というより、彼が…だが、そもそも魔法を得意としない。

 特出した能力は、言うなればその強靭な肉体にある。

 竜の血を引く彼にも、魔法を扱う事は難しくはないだろうが、その習得までが難しかった。

 頭を使う事の多い魔法は、どうにも性に合わなかったらしい。

 そんな中で、唯一…という訳ではないけど、数少ない彼が習得した魔法がコレだ。

 姿映しで映し出された夜空は、魔王の周辺を包み込むように映し出され、彼の足元にはその草花まで映し出されている。

 夜空を映す事が主目的ではあるが、その周辺全てを映し出しているに等しい。

 本来の用途とは言えない魔法の使い方も相まって、遠く離れた場所にいる者の姿と音を飛ばす機能は大幅に拡張、本来の拡張前の使い方の方が、彼にとっては使うのが難しい…という周囲の人間が首を捻る状態になってしまっている。

 魔王自身、なんで本来の使い方がなかなかできないのか…理解できていない。

 …と言っても、彼にとって、それは些事に過ぎず、本来の目的であったこの夜空を見る事ができるだけで、満足なのだ。

 満点の星空の美しさを眺めると同時に、周囲の草花が揺れる音、それを揺らす風の音、それらもまた魔王の疲れを優しく飛ばしていく。

 そんな安らぎの時を過ごしていた魔王の元に、軍隊長が大きな樽を肩に担ぎ、2つの大きなコップを持って現れた。


「相変わらず、図体に似合わない晩酌をしてるな」

「いつもの事だ」


 軍隊長は、魔王のテーブルを挟んだ反対側に座り、担いでいた樽を足元に置く。


「それは?」


 こんな時間に持ってくる樽…など、聞くまでもなく明らかではあるが…。


「いつもの酒だ、ブドウ酒。家で作っていたのがようやくできたんで持ってきた」

「それはまた」

「ここに来れば、美味い酒のつまみがあるからな」


 そう言って、軍隊長はテーブルに並ぶ料理の中から、塩漬け肉の焼肉を摘み取り、一口に口の中に放り込む。


「間違っちゃいないがな。だが…ズレてもいるだろう」

「ハッ、ズレてんのはお互い様だ。俺の方は、仕事中はしっかりと熟しているだけマシってもんよ。お前は今日も逃げ出したがな」


 軍隊長は、その口調もそうだが、明らかに昼間の会議の時と比べて、その喋り方も、表情も、雰囲気そのものが豪快になっている。

 それは公私を完全に分け切っているからこそ、仕事外のこの場は素を出しているに他ならない。

 軍隊長は、魔王にとっては遠縁の親戚、仕事の終わったこの時間は、何のしがらみも無く語り合う事の出来る時間だ。

 素が出ているのも、その辺が理由である。


「挙句の果てには若い女どもと追いかけっこってか? 良いご身分だな~、おい?」

「柄じゃなくても、身分だけは高い身だからな。それに追いかけっこ…なんて、可愛らしいもんじゃなかった。貞操の危機だ、貞操の」

「何言ってんだ…。据え膳食わぬは男の恥って言葉知らねぇのかよ?」

「相手が発情期じゃない…普通の状態でソレを望んでくれてるんなら、嬉しいがな。・・・いや、駄目だな、駄目だ。関係を持つ事はできん」


 こういう話になる度に、魔王の頭には竜の血とは…という思考が巡る。

 その血を持つ者の行く末、その責任と重さ…、彼自身は大いに自由な行動を取ってはいるが、その度に、軍隊長は…前魔王様は…と言葉を並べ、本来の魔王というモノの責任を考えさせられた。


「また下らねぇ事でも考えてんのか?」


 軍隊長は、魔王の言葉にため息を吐く。


「くだらなくねぇよ、大事な事だ。わかるか? 急に魔王になれ…て言われた我の気持ちが? 急に国の背負えって言われた気持ちだ…。やりたくねぇって言ってんのに、やらなきゃ自分が好きなモノ全部がおじゃんになるって…、そりゃあ国が無くなるかもしれないんだ…、全部無くなるのも可能性としちゃあるだろうよ…、ありゃあもう脅し台詞だぞ? 分かるか?」

「わかるわかる。何回も聞いたよ、ソレ」

「わかるなら、くだらなくなんかないだろ? そうだよな?」

「ああ、そうだな。くだらなくなんかねぇ」

「その言葉を突っぱねる事だってできるんだ。だが、結局ソレは国を頼りにしてる連中に背を向ける事、その瞬間、この国の連中を敵に回す事になる。それに国が無くなるって事は、つまり泣く奴らがいるって事だ。アイツが死んだ…アイツが殺された…、そんな言葉が飛び交うようになるかもしれん。我のせいじゃなかったとしても、その言葉は確実に…我に向けられる…魔王という存在にな。竜の血を持ってるってだけの理由でだ。それに…」


 そして魔王は続ける。

 魔王という権力に飲み込まれる奴も出てくるかもしれないと…、その血を持つから…と声を上げ、国の中で…仲間同士で争いを始める連中がいるかも…と。


「だから女はもう作らん」

「別に、女を作ったからって、絶対に子供を作る事になるとは限らんだろ?」

「絶対なんてない。だが、夫婦になったら、必ずその話は生まれる。駄目だ…と言葉にするのは簡単だが…、それはこっちの都合で、相手の気持ちは考慮されていない。気にしない…と言う奴はいるだろうが、消え去る感情でもないだろう。生物として、子孫を残すのは体に刻まれた本能そのものだ。それが小さな欠片だったとしても、確かにそこに存在する」


 頭で理解していても、体がソレを許さない…と魔王は続けた。


「小さな欠片1つでも、我が大地を割れるように、心を簡単に砕いちまう」

「簡単に大地を割れるとか言う辺り、力だけなら確かに魔王様だな…こわいよ」

「ほっとけ、そういう話じゃないだろ」


 軍隊長の冷やかすような視線を避けるように、魔王は彼の持ってきた酒を一気に呷るのだった。


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