資金力を活かして魔王を倒す②

道中の敵と対峙せず魔王のもとへ辿り着く唯一の手段。その道をセレスは知っているようだった。


「セレス。どこだ? 教えてくれ」


「ああ、あれを見てくれ」


彼女が指を向けた方向を見ると、拠点の周囲を囲んだ空堀の中に、ぽつんと鉄格子で蓋をされた穴のようなものがあるのを見つけた。


「なにあれ、どこに繋がっているのかしら」


視力が悪くてよく見えないのだろうか、目を凝らしたヴィオラが不思議そうにしている。


「あの鉄格子の先は魔王様がいる広間付近に、直で繋がっている」


「なんだと……!? めちゃくちゃショートカットじゃないか!」


セレスの衝撃的な発言。わざわざ敵がたくさんいる場所を強行突破する必要はないということか。


「でも、なんのためにそんな通路を作ったのかしら。もしものときの避難用ってこと?」


ヴィオラは腰掛けポシェットからメモ帳のようなものを取り出してなにやら書き込んでいた。本当にマメな性格だ。


「表向きは避難用だが……真の目的は違う」


「真の目的? なにかしら」


口を結び複雑な表情を浮かべるセレス。


「……ちょうどいい。あれを見てみろ」


再度鉄格子の方向に目を向けると、どこから現れたのか1人の女の姿があった。グリーンのシンプルなワンピースを着ていて、ポツンと佇んでいる。かと思うと突如鉄格子が中から開けられ、女は何かに誘われるかのように身体を屈めて入っていった。


「女性があんなところに1人で? 危なくないかしら……」


「今入っていったのは、エルフ属の女だ」


「エルフ属の女の子? どうしてあんなところに入っていったの?」


「……魔王の夜伽の相手をするために専用の通路から向かったのさ」


「な、なんですって!!」


「ちょっと待て、声がデカい!」


目立ってはまずいのに大きな声を出すセレス。俺は慌てて口を塞いだ。彼女はごめんと言ったあと何回か深呼吸して冷静さを取り戻す。


「魔王の私的な欲望のためにやっている、エルフの女は美しいからな」


「ゆ、許せない。弱いエルフをそんな風に扱うなんて……最低じゃない」


「エルフ属は人間にも魔物にも属さず、中立の立場を主張している。魔王の指示で魔物もエルフに手を出さないように言っているのだが……」


「……魔王がそのように指示する条件として、エルフに夜伽の相手……『裏の契約』を結んでいるってわけね。全く中立ではないわ」


ワナワナと震えるヴィオラ。俺はその光景を見つつ、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。


「なんで、そんなにコソコソとしているんだ。仮にも魔王だろう?」


「魔王とはいえ私的目的で色々と好き勝手やることはできない。魔物の反感を買ってしまう可能性もあるからな」


「へぇ、魔王といっても自由にできないもんだな。この大陸を任されているとはいえ、限られた範囲の支配しか任されていない。いわゆる中間管理職か」


「ちゅ、ちゅうかんかんりしょく? なんだそれは?」


「いや、なんでもない……」


一つ例え話をしてもなかなか伝わらない。こういうとき異世界のギャップを感じてしまう。


「とにかく、行動を進めよう。あの鉄格子の中にはどうすれば入れるんだ?」


「それは問題なんだが、エルフ属の女があの鉄格子に1人で近づいたときに限り。中にいる門番が開けるようにしているんだ」


「外から鉄格子は開かないのか?」


「外から無理に開こうとすると、検知する魔法がかけられているから、先に魔王に気がつかれてしまうだろうな」


「つまり、エルフ属の女の協力が必要……ということか」


なにか良い手段はあったものか。

腕を組みしばらく考えを巡らせていると、近くで蚊帳の外になったのか、暇そうにあくびをしているカーミアの姿が目に入った。


「カーミア……? そうだ。その手があったか!」


俺はカーミアの近くまで近寄るると、興奮のあまり彼女の肩を掴んで前後に揺すってしまった。


「え、え! あんっ。ケータくん……。ダメだってそんな激しく……! そんな、強引にどうしたんだよぉ……」


「ごめん……興奮しすぎた。カーミア。お前にだけしか頼めないミッションがある」


「え、ボク? ボクにしかできないこと?」


「そうだ。さっき遠目でみたエルフ。いちばんの特徴は人間とは違う尖った耳だが。カーミアの耳もそうなっている」


「そ、そうだけど。ボクはサキュバスだよ?」


「上手いこと隠せばサキュバスであるお前もエルフになりすまして通れると思うんだ!」


「えぇ! 全然似てないよー! 冗談キツいって!」


「流石に無理な注文かもしれないが……突破口はこれしかないんだ頼むよ」


「……わかった。そこまで言うならケータくんのために頑張るよ。その代わり『一晩分』だからね……」


カーミアは顔を赤らめてこちらもモジモジとした表情で見つめた。俺はその視線を返すことなく。


「……わかった」


と一言だけ返した。

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