資金力を活かして中ボスを仲間にする④

地面にばら撒かれた宝玉をみた魔物セレスは口を大きくあんぐりと開けたまま動きを止めていた。ショックで思考が停止してしまったのだろうか?


「セレス……。俺たちについてきてくれるんだったら、この宝玉をお前にやろうと思う」


「まさか。これは……で、伝説の宝玉『ガァラス』か?」


「よく知ってるな。その通りさ」


「は……初めてみた。これは私の一生分の給料より遥かに価値のあるものだ」


「俺はそれ相応の評価をセレスにしたいと思っているのさ」


「……き、貴様ぁ!」


顔を真っ赤にして、ビシッと人差し指をこちらに向けるセレス。まずい、怒らせてしまったのか。俺は攻撃に備えて身構えることにする。


「どうした……セレス?」


「貴様はやっぱりシャーマンだな! そんな凄いものを人間が持ってるはずないだろう! そうだ、こんなの偽物に決まっている!」


「いやいや、本物だって! 近くで見てみてもいいぞ」


セレスはビクビクしながら地面に散らばっている宝玉(ガラス玉)に近寄ると、うつ伏せに寝そべってガラス玉の気泡のひとつひとつを食い入るように見つめた。


「本物か……まさか」


「どうだ? 俺たちの仲間になる気は起きたか?」


「そ、そ……そんな気になるか! 馬鹿にするなよ! 金の問題じゃないからな!?」


叫ぶセレス。

単純な性格かと思ったけれど意外と粘り強い性格みたいだ。彼女は自分の身体を両手で抱きしめるようにしていた。もはや戦う意思は全くなさそうだ。


「そんな魔王様を裏切るようなことできる訳ないだろ! それも人間共の仲間になるなんて……」


「いやいや、セレス。裏切りっていうのはちょっと違うぞ。正当に『退職』というものをすればいいんだよ」


「た、『たいしょく』だと? なんだそれは?」


「簡単に言えば自分の役目を退くことを、相手に示すということさ。お前は酷い待遇にも関わらず十分仕事を頑張った。だから正々堂々組織に対して辞めたいと言う権利もあるはずなんだ」


「そ、それは……正々堂々ということになるのか?」


「もちろんさ。辞めるという意思は誰にも止められるべきではないのさ」


正直、口から出まかせだったが。通用するだろうか。半ば神に祈るような気持ちだった。


「そ、そうなのか……。しかし、人間の仲間になったら魔王様と敵対することになってしまう。それは裏切り行為の他ない……裏切り行為は正しくない」


セレスは魔物のひとりではあるものの、自分の正義と仁義に対しては貫きたい強い意志があるみたいだった。ひとえに魔物といっても全てが悪ではない。正義の反対はまた別の正義とは言い得て妙である。


「セレス。そんなことはないぜ。俺は別にこの大陸の魔王とやらと敵対したい訳じゃない。平和的な解決ができればそうしたいと思っているのさ」


そのとき、背後からゾクリとした視線を感じた。おそらくヴィオラの『そんな話きいてない』といったメッセージを孕んだものだろう。


確かなプレッシャーを感じながらも、俺はそのまま無視して話を続けることにする。なにせ陥落は目前なのだ。


「そうか……敵対する訳じゃないのか?」


「あぁ、そうさ。基本的には話し合いで解決する気でいるってことさ」


「むむ……」


口を結んでしばらくのあいだ俯く彼女。なにかを考えこんでいる様子だった。


「わ、分かった……お前たちと一緒になろう」


セレスは肩を落として言った。


「よかった……歓迎するよ」


「だが! 決して金や自分の都合だけでお前たちの仲間になる訳じゃないぞ! 私は魔物のひとりとしてお前たち人間が悪事を働かないようにだな……!」


「わかった、わかったって!」


声を震わせながら意見してくるセレス。どうみても自分の待遇の不満と、金に目が眩んでいるような気がするが、もはや彼女の真意はこれ以上掘り下げない方がいいだろう。


それにしても、なんとか丸め込むことに成功して良かった。


俺の膝はずっと微かに震えていたが、ここにきてプレッシャーから解き放たれたのか、膝から崩れ落ちてしまった。なんとか両手を地面に立ち倒れ込むことだけは防いだ。




「ということだから、今から俺たちの仲間になる『元』魔物のセレスだ」


事が収束したことを確認したのか、物陰に隠れていたヴィオラとカーミアがやってきたので、セレスを紹介することにする。


「まさかとは思ったけど、本当に仲間に引き込むなんて……」


驚きと呆れが混じったような顔のヴィオラ。セレスは俺の後ろにピタッと隠れて一言も喋ろうとしない。まるで借りてきた猫のようだった。


「いやいや、ケータくん本当に凄いよ! それにボク。前から人型魔物ちゃんの身体も興味あったんだぁ!」


「か、身体だと……!?」


セレスはビクッと震えて、俺の腕に身体を寄せてきた。握力が強いのかそこそこ痛い。


「あー、そこにいる性欲サキュバスには近づかない方がいいぞ。基本的には俺とヴィオラを頼るようにしな」


コクリと頷くセレス。そして彼女は、


「よ、よろしく……」


と小さな声で呟いた。白肌に恥ずかしさで桜色に染まった頬が美しく、魔物らしくないな。と思った。

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