どクズ令嬢の思うがままに

天笠すいとん

前編 どクズ令嬢の思うがままに

 

「あいつらが犯人です!」


 どこかの貴族のお屋敷。

 私がビシッと指差したのは吊り目の化粧がキッツいおばはん数人。

 それを見た複数人の騎士がロープを使って彼女達をぐるぐる巻きにする。


「マイン! 貴女裏切ったわね!!」


「騎士様、あの子も同罪ですわ! 捕まえてください!!」


 リーダー格とその取り巻きが何やら喚いているが、騎士達は負け犬の戯言として無視した。

 ま、私が捕まるわけないんだけどね。


「マイン。よくやってくれた」


 敗北者達が連れ去られた後、私に声をかけてくる人物が一人。


「クロ王子。ごきげんよう」


 お淑やかにスカートを摘んで挨拶をする。

 顔なじみとはいえ、格は向こうが上。


「君のおかげで助かったよ」


「いえいえ。私はただ指示通りに動いただけです」


 ざっくり説明しよう。

 クロ王子は現在独身。イケメンでお嫁さん募集中。

 そんな中、超タイプの美少女を発見。

 さっきの連中はその子に嫉妬して嫌がらせを開始。窃盗に傷害、殺害未遂もあり。

 私、王子に命令されて潜入捜査。証拠を掴んだので密告。あいつら逮捕。ざまぁみろ。


 以上。


「あと、芋づる式に彼女らの実家の不正や汚職の資料もでてきたのでどうぞ」


 数十ページの紙の束には各家の裏帳簿から隠し金庫の場所までが正確に記してある。


「……君は本当に有能だね。勲章を授与したいくらいだよ」


「勲章なんて要りませんよ。少しのお金と次のお仕事さえいただければ」


 あんなものあるだけ邪魔だ。

 授与式だの面倒事は勘弁して欲しい。


「君のような素晴らしい貴族が増えてくれれば我が国も安泰だろうに」


「そうですね。この国には問題事が多過ぎます。おかげさまで退屈しな…ゲフンゲフン!! 困りますわね!」


 いかんいかん。口が滑った。


「困りものだ。正規の手段では取り押さえられない事件が山ほどある。……だから危険があっても君に頼るしかないんだ。君が頼りなんだ」


 甘い声で囁く王子。

 さっきのオバさん達だったら卒倒ものだね。

 耐性ある私には効かないけど。


「これからも期待しているよ。それではまた」


 そう言い残して清々しい顔で退場していった。

 これで王子は愛した女性と幸せな未来を………得られるといいですね。


「さて、お仕事開始」


 捕まった令嬢達の屋敷捜索を開始する。

 実はさっき王子に渡した資料とは別に隠された財宝や宝石がいくつかあるのだ。


 屋敷内は騎士達と使用人達がいるけど、今は王子を見送るために外に並んでる。

 その隙に私は引き出しの二重底にある宝石、貴金属類をこっそりポケットにIN。

 証拠が残らないように細心の注意を払ってます。


「あとは……」


 金塊や札束もありますが、サイズが大きかったり嵩張ったりする物はノータッチ。

 美術品や骨董品も触りません。

 これらは全て犯罪者からの押収品として国庫に納められるのです。


「しっかし、今回もぼろ儲けね」


 ホクホク顔で屋敷を出て行きます。

 馬車に乗って騎士達にお見送りされて自宅に到着。

 出迎えのメイドや執事に適当に挨拶をして自分の部屋に入る。


 隠し本棚からの鍵付きの宝箱。その二重底にある丸い石ころ。

 今度はその石ころを暖炉の内側にある窪みに嵌めるとズズズと暖炉自体が横にズレ、ハンドルが登場。

 ハンドルをくるくる回すと壁に固定されている私の自画像が………(この後に数工程あり)


「部屋の改造やりすぎかしら」


 最後に出てきた麻袋に今回の戦利品を収納。

 麻袋はかなりパンパンに膨らんでいる。

 そしてまた長ったらしい手順を踏んで何事もなかったかのようにする。


「人を騙して流す汗って気持ちいいね」


 私は自分のことながら最低最悪だと思う。

 修羅場とか人の感情を剥き出しにすることとか、媚びへつらっての土下座とか。持ち上げて持ち上げていっちばん高い所から落ちていく様を見るのが大好きなのだ。

 あと、お金とかキラキラした物好きです。

 昔から他人の恋の話や内緒の話は大好きで、それをあちこちに聞いて回ったら浮気、二股が発覚。

 あの時の私だけが知る緊迫感がスリリングで楽しくって止められない。潜入捜査もそれがあるからいい。


 そして何より正義の為、国の為という免罪符がある。

 あくまで私は捜査で犯人達の仲間のフリをしたし、悪事の現場に参加する。

 ただ、上手いこと言って手は汚さない。今回についても王子の恋の相手について情報を売ったり、いじめの現場を公に知られないよう見張ったりしただけだ。


 国からの信頼は篤くなり、お金は手に入り、愉悦に浸れる。

 一挙両得ならぬ三得だ。


 何度も繰り返していると私の顔や名前が広まってしまうけど、そこは大丈夫。

 本当に命奪って社会的に殺しにかかってくるヤベー重鎮方には手は出さないし、王子や国サイドの情報も小出しにして流しているのでそれを求めて近寄ってくる連中は減らない。


「多重スパイって重罪だしバレたら死刑だけど、そのスリルがまた堪らないのよ」


 脳内で緊張と興奮が入り乱れるのはまさに快感。変な薬を使わなくても十二分にトリップできる。


「さて、次のお仕事のために新しいカモを探すとしましょうか」


 私ってば本当にどクズで悪い令嬢ね。



























「ご苦労様だったねサラ」


 城に戻った僕は騎士達に保護された僕の恋人を演じていた部下に労いの言葉をかける。


「いえ。これも任務ですので」


 諜報、暗部に所属する彼女はさっきまでの怯えた表情から能面のような瞳に光のない顔に変わる。

 今、僕の周りにいるのは信頼できるごく一部の騎士とサラだけだ。


「仕事とはいえ辛い目に遭わせた。報酬は弾むよ」


「ありがたき幸せ」


 今回は随分と危ないところまでいった。嫌がらせや窃盗までは予想してたけど人攫いや殺し屋まで雇おうとするなんてね。

 彼女に危険が及ぶところだった。


「騎士団長、今回の事件の出所は?」


「はっ。闇ギルドのボスから余所者が仕組んだことで既に粛清済みだそうです」


 非合法だったり表に上げられない負の仕事だったりを請け負う闇ギルド。暗黙の了解で国が関与しない彼らの縄張りを荒らすなんて馬鹿な連中だったな。


「闇ギルドから黒幕の首を買ってこい。大方、隣国が揺さぶりをかけてきたんだろう。諜報部は引き続き警戒を怠るな」


「「「はっ!」」」


 国の舵をとる王族っていうのは気疲れする。

 代々そうしてきたとはいえ、他国との関係性や騙し合いに化かし合いは落とし所が難しい。

 ……自国の人間なら簡単なのに。


「ところで今回の彼女の報告は?」


「はっ。渡された資料はいつも通り完璧でした。裏帳簿との帳尻も合っています。不自然な点が一切ありませんでした」


「はははっ。また隠し事が上手くなったんだねは」


 お淑やかに振舞って必死に猫を被る姿を思い出す。

 お辞儀をして俯くその顔に笑みが浮かんでいるのを俺は知っている。

 いつだってそうだ。マインは決して痕跡を残さずに俺を、権力を利用して財を着服、人が堕ちていく様を観察する。


「王子。また悪い顔になっていますよ」


「あぁ、すまない」


 歪んだ顔に理想の王子としての仮面をつけ直す。

 いけないなぁ。マインのことになるとつい緩んでしまうのは。


「それで、彼女の今後の行動は?」


「恐らく近いうちに孤児院やスラムに行って食料を配布するでしょう」


 うん。とても素晴らしい。

 たとえそれが貧しい民へ施しを与える愉悦に浸るための行為だとしても。

 一般市民からのマインの評価は高い。私財を使ってボランティアに精を出し、経営難の商会や店への融資や再建のアドバイス。

 貴族からは情報通や恥知らず、アラクネやウツボカズラなんて呼ばれているけどね。


「強きをくじき弱きを助けるなんてまさしく将来の国母に相応しいじゃないか!」


「王子、顔」


 むっ。またか。


「……異敵いてきの干渉も今回の件で大人しくなるだろうし、必要悪じゃない邪魔な国内の膿もかなり摘み取ったんだ。そろそろマインも狩ろうかな」


「ついにですか」


「あぁ」


 自らを餌にして売女を近づけてきたけど、そろそろ今後のために身を固めるべきだろう。

 切り捨てられない大貴族からの圧力もあるし、父上も心労とストレスから解放されたいと言っていたからな。


『お主のように真っ黒で心臓に毛が生えた者が実の息子なんて信じられん』


 流石にこの発言には傷ついた。

 俺だって最初からこんなではなかったのだ。

 あれはそう、城で俺の社交界デビューを記念したお茶会の時、


『クロ王子は○○○様と○○様のお二人と親しい仲だって聞いたのですが、これってあまりよろしくありませんよね?』


『うっ、それは……』


『もちろん。私は王子の味方ですから安心してください。その代わりに私がお二人が他の方と関係がないか調べて参りますから』


 懐かしい。

 7つになったばかりの俺にとびっきりの邪悪な笑みで話しかけて強請ってきたマイン。

 あの愉悦に浸って恍惚な顔。魔性の誘惑。悪魔との取引。

 ……あれが今の俺への扉を開いた。

 人として最低だが最高に愉快だと感じたんだ。


 彼女の魅力を引き出し、もっと昇華させるための下準備をした。

 自由に行動できるための免罪符を与えた。

 手足となりえる人材を紹介したのだ。


「手順は前からご指定のやり方でよろしいので?」


「交渉材料は山のようにある。押収品の着服も把握済みだし、彼女の家族も取り込み済みだ。文句を言う連中がいれば今までの功績を利用して勲章を与えて格上げする。それでも楯突く連中は……闇ギルドに任せよう」


 尤も、その候補になりそうな奴らはマインの手によって監獄塔の中にいるが。


「嬉しそうですね王子」


「嬉しいさ。サラ、君は好きな相手が自分こそが最も高くて安全な場所にいると信じていたのに逃げ場が無くて顔を赤くして屈辱に染まるのは嫌いかい?」


「趣味が悪い」


 おっと。タダでさえ無表情な顔が更に死んでる。

 騎士達も頷いているし。


「マインも自分の家や友人に諜報部や暗部がいることに気づいていれば……いや、気づかれていないからこそが」


 待っていてくれたまえ俺の愛しい人。


 たとえ君がどんな悪役令嬢だろうと俺は逃がさない。


 箱庭の中で精一杯笑う君を永遠に眺めていたい。


 できることならば首輪を嵌めて飼い殺したい。




































「へっくしゅん! ……誰かが私の噂話でもしているわね。心当たりが多すぎてわからないわね。それに寒気するから風邪でも引いたかしら?」








 残念。マインは逃げられない。

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