第16話 ヤンデレ違憲論争

「痛いよ、宗太くんっ」

「我慢して」

「うっ」

「ほら、大丈夫だから」

「……うん」


「お兄ちゃん!」

「ん?」

「やっぱり手当は私がするから!」

に手当なんてしてほしくないよ~だ」

「う、うるさい!」

 何かしゃくに障ったらしく、先ほどの塩らしい彩香の姿はまたもや消え去っていた。いつまでもそういう所は妹らしい。他の妹サンプルがないので当社比とも名乗れないが。


「それで、妹さんは私の何が気に食わなかったのかなぁ?」

 ……まぁ、嫌味な口調で済ましてもらっていると思えば、こちらとしても何も言えないな。まぎれもなく本来であれば警察沙汰。

 それをに連れ出す事で不可能にするというこれまた案件まがいの行動。

 揉み消し策としては年季の入ったものだが、古典とは何某かの教訓・正攻法が含まれているからクラシックなのだ。

 形勢逆転とはいかずとも、再び拘留されないためには、然るべき弁護でもって自由を勝ち取る。それが法治国家の大原則。


「で、でもお兄ちゃんを縛り付けたりしてたじゃないですか!」

「あれは、『日常生活は私が引き受ける』ってのを実践できてるかハッキリさせるためだよ」

 普通なら無理のある弁明だが、ソクラテスと違って彼女の言葉は少なくとも僕には届いた。なるほど、確かに日常生活は自分が負担する、と言ってもどうやってそれを示すのか。

 家政婦であれば、食事の用意や掃除など、目に見えて成果があるが、などという極めて抽象的な業務内容であれば、いかに奉公を尽くした気になっても、主君から御恩ごおんを賜る事が叶うかは怪しい。まさに成果主義の弱点である。


「嫌だった……?」

 弱気な言葉とは裏腹に、目には自信の影が見えた。

「嫌とかそういう問題じゃないんです!」

 彩香も察したようで、僕が答える寸前に路線を変更した。とは言え、彩香にはスタンガンを持ちだすのが許される持ち札は無い。

 帝から綸旨りんじを賜ったわけでも、ましてや革命に燃える若き思想家でもない我が妹に、如何なる大義名分があろうか。

 兄を思っての凶行。

 元凶が僕なので、無論、僕も反省する必要があるが、彩香が審判を下す立場にいない事は調書を取るまでもなく明白なのだった。

 突発的行動に対して、スタンガンという計画性。犯人はシリアルキラーかな?


 そんな思わぬサイコパス性が露見した本件は、調停によって無事、一応の解決を迎えたのだった。

「む~お兄ちゃんがそこまで氷室さんの肩を持つとは……!」

「私たちの日常がこんなにも危ういだなんて、まるで悲劇のヒロインになった気分だよ。そんな感じの本ある?」

 円満な解決は滅多に起きないから、名誉革命や無血開城が今でも語られるのだ…………


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