第4話 色の白いは七難隠す

 突然の眠気。それは推理小説における定番のシチュエーション。察するに僕は彼女に一服盛られたのだろう。やはり毒見役を設けて、冷めたものだけを食べる生活こそ、歴史が生み出した選ばれし方法なのだと朝日に照らされながら感じる僕。

 ここで問題になるのは何故、僕は睡眠薬を服用せねばならなかったのかという点だ。

 そのヒントとも答えとも思考の妨げとも言うべき情報はすぐ伝えられた。氷室さんは昨晩のメイド風エプロンの進化系、いやむしろあれが亜種であった事を天下に知らしめるかのような貫禄のある正真正銘のメイド服を着て、僕の真横に腰かけている。

 仮に彼女がメイドで僕が主人であるならば、解雇まったなしの行動だが、皮下神経が違和感を訴える。僕はどうやらヘッドフォンを付けられているようだ。それもノイズキャンセリング機能付きの高価な代物を。

 僕が起き上がるよりも早く彼女は身を屈め、耳とヘッドフォンにわずかな隙間をつくる。

「おはようございます。今日は司書メイドとして一工夫してみました」

 そう言うと再びヘッドフォンが両耳を覆い、世界から雑音が消え去る。しかしそれも束の間。耳には氷室さんの声が丁度いい音量、ペースで流れだす。

『おはよう、宗太君♡今日はより、負担が減るように、オーディオブックに挑戦だよ。昨日の小説の続きを読ませていただきます♡』

 驚いた僕の顔を見て、嬉しそうに笑う氷室さん。なるほど、紙の本で読むことが素晴らしいのは言わずもがなだが、オーディオブックもいい。これは彼女の朗読が優秀な賜物であるに違いない。

 そう、それはまさに、母親に絵本を読んでもらう幼児のように安堵に包まれた読書体験だった…………


 何故録音なのか、それは僕が聴いている間に、朝食などの準備をする為であった。王侯貴族と言えどもここまで誠意をもってお仕えされる経験があろうものか。

「ありがとう」

 聞こえたかどうかは分からないが、自然とそう言いたくなった。


 ***

 えっ、今、宗太君、ありがとうって呟いてなかった!?あ~もうマジ天使!他人に興味を持ってないあの宗太君が私にありがとうって♡

「えへへ♡」

 ああ、何だってしてあげたい。寝る間も惜しんで録音したのが報われたぁ~

 今度は何してあげようかな♡

 ***


 朗読が終わる丁度その時に、彼女は本物のメイドのように紅茶を運んできてくれた。なるほど、自分で録音したのでタイミングが完璧なのか。おもてなしのプロ。メイド文化万歳というある種、日本的な感情に対して、外面は朝の紅茶を嗜む英国紳士さながらの佇まい。彼女の働きかけによってめでたく日英同盟が樹立した記念すべき朝となったのだった。

「ちなみになんだけど、睡眠薬飲ませる必要あった?」

「秘密です♡」

 優雅さに浮かれた僕は、彼女の持つな側面が今後の生活を変貌させかねない力がある事に今はまだ気が付いていなかった…………

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