クレーム

「いらっしゃい……ってなんだ、お姉ちゃん達じゃん」


 店内に入るドアを開けると、すぐ近くにいた葵ちゃんが出迎えてくれる。

 エプロンの上からでも分かる胸の膨らみにミニに近いスカート……

 これ、やばいよね……

 どこに目を向ければいいのか……


「やっほー。食べにきたわよ」


「今、大丈夫かな……?」


「うん。注文はいつものでいい?」


 言いながら、葵ちゃんはおれ達を適当な席に案内してくれた。おれの向かいにサヤさんと美咲さんが座り、それぞれに水の入ったコップを差し出してくれる。


「そうね。って海斗は初めてだから、わからないわよね。私達はいつもハンバーグセットを頼んでるんだけど、海斗もそれでいいかしら?」


「え、あ、うん……」


 しかし、おれは心ここに在らずといった様子で、つい返事が適当になってしまう。

 やっぱり、千鶴が働いているレストランだったか……

 もう来ないと決めた矢先に来ることになるとは……

 今のところ、姿は見てないから、このまま会わないことを祈ろう……

 それに葵ちゃんもいつも通りな感じだったけど、なんか気まずい感じがする……


「……じゃあ、すぐに持ってくるね」


 葵ちゃんは、おれのことを少しだけじっと見つめた後、伝票をささっと書き、裏へと下がっていった。


「それよりねぇ、ちょっと海斗。あんた、さっきから生返事ばっかで全然会話する気ないじゃない?なんなのよ、一体」


 葵ちゃんがいなくなってすぐ、サヤさんが眉間にシワを少し寄せながら、そう尋ねてきた。そう言われるのも無理はない。


「あ、ごめん、ちょっと……」


 しかし、おれはそれ以上、何も言うことはなく、そのまま黙ってしまう。いや、正確にはこのことは言いたくないんだ。だって、恥ずかしいし、言いたくない過去の一つくらい誰だってあるだろう。


「ちょっとって何よ。言わなきゃわかんないじゃない。それとも私達には言えないことなの?」


「いや、言えないというか、言いたくないというか……」


「言えないって何よ?このままだと、ご飯食べる気になれないから、さっさと言いなさいよ」


「ちょっとサヤ姉さん、言いすぎだよ……」


 見かねた美咲さんがおれ達の仲裁をしてくれる。

 でも、確かにサヤさんの言うことも最もだ。ご飯を食べるのに、このままの気分じゃ食べる気にもなれない。それに、どのみちこの事は話さなきゃいけない時がくるはず。だったら、今言っても変わらないよな。


「いや、大丈夫だよ、美咲さん。それより話すよ。まぁかなり恥ずかしい話になるけど」


 おれは二人にそう前置きした後に、深呼吸し、何故、返事が適当になってしまったかの理由を説明し始めるのだった。















♦︎












「なるほどねぇ、元カノが……」


 フォークに刺さったハンバーグを口に運びながら、サヤさんは相槌を打った。


「うん。だから、ここに来たら会うだろうから、あんまり来たくなくてさ……」


 ん、このハンバーグうまっ。口に運んだ瞬間に感じる。

 前来た時は味なんて分かんなかったからな。

 でも、今回は分かる。デミグラスソースが肉に程よく絡み合っていて、最高だ。


「海斗さん、元カノなんて居たんですね……」


「まぁね。意外だった?」


「いえ、そういうわけではなくて……!」


 美咲さんは慌てた様子で顔を横に振った。

 少しだけ顔を赤らめている。その様子に相変わらず、純情だなと思ってしまう。


「にしても海斗の元カノねぇ。一度見てみたいわね」


「いや、やめてよ……」


 サヤさんのことだから、あなたが海斗の元カノなのねって声かけそうだし。


「なんで別れたのよ?」


「あー、うん……それが親の都合で引っ越すから遠距離になるから、別れようって」


「え、何よ、そんな理由?」


 サヤさんは、かなり驚いた様子でそう言った。


「うん……そうなんだよ。おれとしては遠距離だろうが、付き合っていきたかったから、説得しようとしたんだけど、千鶴の意思は固くて……おまけに好きな気持ちも薄れてきたって言われてさ……」


「それはきついわね……」


「初めての彼女だったから、1ヶ月くらい、ずっと引きずってたよ」


 はははと苦笑しながら、おれは当時のことを思い出していた。

 あの時の気持ちは二度と忘れないと思う。

 きゅっと胸を掴まれるような感覚で、これは現実なのかと思いたくなる。夢ならどれだけ最高なのかとさえ。


「そういうことなら、ここに来るのは控えた方が良さそうね……」


「うん、そうす……」


 そうするよ。と、おれが言おうとした時のことだった。


「どれだけ待たせりゃ気がすむんだよ!!」


 突然、男性の大声が店内に響き渡った。

 あまりの声量に、おれは反射的にその声がした方に顔を向けた。それは、おれ達の席から少し離れた斜め向かいの席だった、店内にいた他の客や店員さんも何事かと心配そうにそちらを見ている。


「す、すいませんでした……」


 見ると、料理を運んできたのは葵ちゃんのようだった。料理を運んだテーブルには、大柄なスーツ姿の男性が座っていた。見た目からして年齢は50歳前後と言ったところか。


「すいませんでした。じゃなくて、申し訳ありませんだろ!こっちは客だぞ!その上、注文してから何分経ってると思ってんだよ!時間ないんだよ!こっちは!」


 男性は苛立った様子でテーブルを何度も叩いている。クレームか……大丈夫かな、葵ちゃん……


「「……」」


 そして、それは目の前にいる姉達も同じことを思っているようだった。おれと同じ方向を向き、次、どうなるのかと固唾を飲んで見守っている。


「しかし、お客様……注文された料理ですが、メニュー表にも書いていますが、出来上がりまでに時間がかかると……」


「はぁ!?客にいちいちそこまで見ろってことか!?全員が全員そこまで読んでねぇだろ!だったら、注文した時に言うのが、サービスってもんだろ!」


「……」


 男性にそう言われ、葵ちゃんは黙り込んでしまった。


「もういいよ。お前じゃ話になんねぇ。上のやつ、連れてこい」


「え、あ……あ、上の者は今、席を外しておりまして……」


「だったら、電話とかしてすぐに戻るように伝えろよ!今、いないとかしらねぇんだよ!こっちは!」


「……」


「全くこれだから、バイトの女は使えねぇんだよ……」


 吐き捨てるように男性がそう言った瞬間、何かが、プツンと切れ、おれは席を立ち上がり、そのまま葵ちゃんと男性の元に向かった。


「え、海斗……?」


 おれと突然の行動に困惑するサヤさんと美咲さんであったが、おれは歩みを止めるつもりはなかった。


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