第十二話 Mustang 後編

「ゲーム脳、全開──」

 この部屋の地形、人数、武器、スキル、当て嵌められるのは──

「ジャンル選択、RPG」

 神衣は更なる変化を遂げて、私の身体を包み込んだ。

 夜空の瞳にルーン文字は浮かばない。

 この神衣に魔力は使わない。

 あるのは私の中で煮えたぎるだけの、ゲームに当て嵌められた心のみ。

「様子が変わった⋯⋯」

 変容に気にも止めず、六花さんは一直線にやってくる。

 つまり、六花さんのターン、通常攻撃。

 コマンド選択の後、私は瞬時に跳躍し、六花さんの背後へと回った。

浄化の轍ピュラクランチ

 浄化の枷を極めて大きく形成させた後、相手へぶつける。

 車のタイヤの如き厚さのソレを、遠慮なく六花さんの背中へ振り翳した。

 大きくぶつかった衝撃は辺りを見えなくさせ、地面が割れる音を響かせる。

 数秒、煙が晴れると六花さんは刀でなんとか防いだのが見えた。

「くっ⋯⋯」

 間も無く軌道を逸らされ反撃の手が迫ってきたが、もう片方の轍で防ぎ切り、後退する。

「逃げるコマンドを選択、対象からの戦闘を一時的待避した後、再度対象とのエンカウントを背後から開始、バックアタックによる先制有利から戦闘を再開させ技を発動するも防がれる。次の六花さんのターンは⋯⋯」

「ゲーム?」

「うむ、今の小夏はゲーム脳全開状態。あらゆる事象を全てゲームに変換させて戦う、ルーン魔術とは全く違う新しい、小夏専用の戦闘技術じゃ!」

 緋咫椰さんとラオ君の声が電子音のノイズと共に耳に届く。

 嗚呼、私の全部を曝け出して、六花さんを止めるんだ。

「ゲーム、思ったより厄介だな」

「ジャンル選択、FPS」

 キャラ投影開始、形成された怪しい注射器を懐から取り出し、自分の心臓へ差し込んだ。

「そ、それは大丈夫ですの!?」

 一連の流れに菜々さんが戸惑う。

 モモさんは沈黙したまま私の変容の様を見続けている。

 注射を打った反動で、私の身体が震えだしているのを感じる。

 危険な描写に見えなくも無いが実際はただの演出であり、注射器には針も中身も無い、あくまでゲームキャラの投影だ。

 視界が一気に冴え渡った、六花さんの動きを滑らかに感じ取る事が出来る。

 両手に持った浄化の枷は銃の形へと強制的に形成された。

「次はやたらと物騒な感じだね」

「二丁拳銃、ですわね⋯⋯」

 モモさんも菜々さんも、六花さんよりも私を見てる⋯⋯。

 いや、駄目だ。

 常に精神を一定に保たなければ、この神衣は維持出来ない、集中しなければ。

「面倒だな⋯⋯」

 六花さんの小さな囁きでさえ、今の私には鮮明に聞こえてくる。

 即座にアンダー側へ移動し、銃撃のタイミングを測った。

「⋯⋯常識を越えたその動き。なるほどな⋯⋯アンダーに移動したか」

「⋯⋯っ」

 六花さんの動きがピタリと止まる。

 それに気付かれた⋯⋯しかし関係ない。

 常識を越えて、両手に握った銃を撃ち放った。

「⋯⋯そこ!」

 亜空間からの銃撃を、六花さんは見切り、刀で次々と斬っていく。

 縦横無尽に動いては撃ち、ランダムな角度からエネルギー弾を速射していく。が、六花さんの刀に悉くを防がれる。

 通じない、でもそれでいい、私の狙いはそこには無い。

 続けて一分間、ランダムな銃撃を繰り返した。

 激しい銃撃を演出した事で、私は周りの人の動きも止めていたんだ。

 そしてこの一分間は大きな一歩である事を、アンダーからでも分かるあの不敵な笑みが物語っていく。

「良くやった小夏、データは全て抽出出来たぞ」

 よし、時間は十分に稼いだ。現実に戻ろう。

「あら〜? 誰か忘れてないかしら?」

「っ!?」

 不意に、声と共に背後を忍び寄ってきた影が視界の端に見えた。

 それが手だと気付く頃にはもう、私は拘束されていた。

「また後ろ、取られちゃったね」

「くそっ!」

 プレミした。集中した事が結果的にもう一人の存在を蔑ろにしてしまっていた!

 ⋯⋯馬鹿力過ぎるっ! 必死に拘束を解こうとするが腕ひとつ動かせない。

 いや違う、考えろ、考えろっ!! このままじゃ神衣が解けるっ!!

「貴方って本当厄介。他の猫巫女とはまるで違うみたい」

 腕で首も拘束されてて息苦しくて、判断が鈍ってるけど、それ以外は動くじゃないか。ならやれる限りやるだけ──!

 この銃に使われるエネルギーはアンダーと現実の境界に干渉してそれぞれを行き来してる! だから干渉して着弾した瞬間にゲームジャンルを変えて、弾の概念を変えて、ゴリ押すしか無い!

「まさか、貴女もやり直して──」

 相手の視界からは見えないよう真下に構え、銃を撃った。

「アンタの話を聞く気は無いね! ジャンル選択、サンドボックス!」

 境界は干渉を受け、概念を変えて置物となった銃弾は四角いブロックに形を変え、空間に挟まった。

 丁度真下に見つけた菜々さんに向かって、助けを叫んだ。

「菜々さん!! こっちに向かって撃って!!」

「小夏さん!? えっででも、巻き込んでしまいますわ!」

「良いから撃って!! 今すぐ!!」

「わ、分かりましたわ!」

「ボックスを、インベントリに⋯⋯」

 菜々さんによって放たれた複数の弓矢は私ごと皧狐へ直撃した。

「うっ!! 悪知恵が働くわね⋯⋯!」

「皧狐がまだ背後に⋯⋯! 小夏、捕まって!」

 皧狐は怯み、拘束は解かれた。

 菜々さんは私を連れ戻そうと、空間へ跳躍し、手を伸ばしたのが見えた。

 私も空間越しに手を伸ばし、菜々さんの手を掴んで引っ張られた。

「させるものかっ!!」

 皧狐の叫びに威圧され、全身が一瞬恐怖で覆われる。

 微かな悪寒を感じつつ私は現実へ戻ったが、再び空いた空間を見上げると、今度は菜々さんが皧狐に捕まっていた。

「あはっ⋯⋯予定とは大分違ったけど、まあコイツはコイツで良いわ」

「何を言って⋯⋯」

「小夏ちゃん、前見て!」

 モモさんの声に、咄嗟に前を向くと、私に向けて六花さんが刀を振り下ろさんとしていた。

 必死でブロックで妨害し、動きが止まった所に背後から緋咫椰さんは追撃を仕掛けた。

 しかし追撃は避けられ、六花さんはまた距離を置いた場所へ着地した。

 そしてこの攻防の間に空間は消えて、菜々さんと皧狐の姿も見えなくなっていた。

 心が、気持ちが⋯⋯大きく揺れ動く。瞬間、神衣は力を失い、解除された。

「くそ⋯⋯っ神衣も終わっちゃった」

「おいどうする? もう片方の皧狐を追うか?」

「もちろん! 助けようよ、ひーちゃん!」

「ひーちゃん?」

「えっ! あっ⋯⋯ひ、緋咫椰、さん」

 モモさん、緋咫椰さんの事まだ怖いのかな。

 無論自分も菜々さんを助けに動く。

 でもまずは六花さんを倒さないと追って貰えなさそうだ。

 肩で息をしながら、六花さんの様子を見る。

 呼吸を乱さず、まだ刀を握ったままだ。やっぱり相当な経験を積んでるように伺える、流石だ。流石は六花──

「ねぇ六花、約束、覚えてる?」

「⋯⋯っ!?」

 ? なにか、今⋯⋯無意識に言葉が、口から溢れ出た。なんで? それに六花さんも、凄く動揺してる⋯⋯?

「お前、今⋯⋯っ!! ぐ、うう⋯⋯あ、頭が⋯⋯っ」

 きっかけがあったのか、突然六花さんの姿勢が崩れ、頭を抱え始めた。

「な、なになに? なんかお互い変な感じじゃないっすか!?」

 ダエグさんの明るい言葉が差し込まれるが、自分は未だ唖然としたまま──

「私を惑わす、なぁ!!」

 頭を抱え、痛みに耐えながらも、六花さんは立ち上がり、私に向かってきた。

 しかし唐突に横から飛び出して来た盾に阻まれ、その反動で大きく尻餅をついた。

 姫李ちゃんの加勢でようやく六花さんを止められた。

「チェックメイトだな、皧狐」

 緋咫椰さんが首元に鎌をやり、勝ち誇る。

「チッ⋯⋯」

「もうこの場所に用は無い、小夏、コイツを拘束しておくんだ。その間にボクが天眼で攫われたバナナを見つけ出す」

「分かった」

 不安だが、菜々さんの居場所は姫李ちゃんに任せよう。

 浄化の枷で六花さんの両手を縛る為、背後まで近寄った。

「おい⋯⋯お前」

 六花さんが語り掛けてきた。

「⋯⋯話は菜々さんを見つけた後にしましょう、貴方を一時的に拘束します」

「いや⋯⋯もう遅いんだよ」

「えっ?」

「もう負けたって事だ」

 もう遅い? もう負けた?

 六花さんの今の発言は自分には理解出来なくて、ただ頭を悩ませる事しか出来なかった。

「⋯⋯? おい、梵彼方、聞こえてるかい?」

 姫李ちゃんが焦った声で彼方さんを呼ぶ。

『聞こえてるよ』

「二人とも、どうしたんですか?」

 何か、変だ。姫李さんの様子もだが、何か⋯⋯部屋全体が、重く、鈍く感じる?

『小夏ちゃん。皆、聞いて。外の様子がおかしいの。大至急猫カフェから──』

「彼方さん!? 彼方さん!?」

 突然、彼方さんの通信が途切れた。

 ザー、ザーと不快なノイズだけが耳に残ったまま、彼方さんの声が唐突に途切れてしまっている。

「通信途絶⋯⋯? いや、本人の魔力切れでこの現象などあり得ない」

「あの皧狐が襲ったんじゃねえか?」

「それは考えられないんじゃないかな⋯⋯菜々ちゃんの反応はどこにあるの? 姫李ちゃん」

 彼方さんが皧狐に襲われる可能性は、考える限り低いはずだ。

 仮面を付けた皧狐は今菜々さんを抱えているはずだし、六花さんの姿もまだ近くにある。

「馬場園菜々の反応は⋯⋯反応は⋯⋯ううむ」

 姫李ちゃんが沈黙する。

「ど、どうしたの?」とモモさん。

「反応は確かに近いのだが⋯⋯いや、まさか?」

 姫李ちゃんは何か気付いた様子で、六花さんを見始めた。

「何か分かったの? きり──」

 言い終わる前に、地鳴りのような音と共に、大きく部屋が揺れ出した。

「ん? 地震か」

 緋咫椰さんが上を見上げながらそう呟いた。

「分かんないけど、なんかまずい予感がする⋯⋯一旦外に出よう!」

「モモも賛成〜!」

 拘束した六花さんを連れて、私達は地鳴りが続く猫カフェの中を走り抜け、迅速に外へ出た。

 そして、外に出て一瞬で気付ける程にその異変は広がっていた。

「な、なに⋯⋯空が⋯⋯」

「赤い⋯⋯それにあれは、月?」

「それに今、夜だよね⋯⋯?」

 赤く、紅く、ただひたすらに赤。

 空が全て真っ赤に染まっており、その宙に佇む、巨大極まる月の様な丸い何かが⋯⋯雲を割って⋯⋯まさに堕ちようとしていた。

「落ちてきてる⋯⋯」

「まるで終末のような光景だ⋯⋯」

 皆が絶望を口にする中、ただ一人、笑みを浮かべる人物がいた。

「フフ、終わりだ」

 誰もが上空の異質な存在に佇む中で、ただ一人、六花さんだけが、冷たく笑っていた。

「我らが主が動いたんだ⋯⋯間も無くアレは落下し、この世界は終わる。お前たちの負けだ」

「我らが主⋯⋯? 世界が、終わるって⋯⋯」

 途方も無い⋯⋯まさに終末の一部を私達は目の当たりにしていた。

 なんなんだ⋯⋯平和を取り戻そうと手を伸ばした結果が、終末を呼び寄せるなんて。

 絶望、絶望、絶望、絶望⋯⋯そう感じる度に、全身の力が抜けていった。

 こんなの⋯⋯力を合わせて成し遂げられる様な規模じゃないと、そう思ってしまう程に。

 しかし絶望を前に打ちひしがれた私に、依然として瞳を輝かせたままのラオくんが声をかけた。

「小夏よ、しっかりするんじゃ」

「⋯⋯ラオくん」

「恐らくこれが、十回目の光景なのじゃろうな」

「十回目⋯⋯? それって、まさか」

 十回目の光景⋯⋯ラオくんの言葉を飲み込むのに時間はそう掛からなかった。

 異様な程の赤い空、天から降りて来ている巨大な隕石の様なモノ⋯⋯姫李ちゃんの言った終末というワード⋯⋯これらから関連づけられる答え。

 誰よりも先に口を開いたのは姫李ちゃんだった。

「⋯⋯アレが落ちてしまう前に、誰かが世界をループさせている?」

「誰かって誰だよ」

「お嬢は鈍いっすね〜。世界をやり直すほどのチカラっすよ〜? それが出来る存在なんて、恐らく一人だと思うんすよね」

「⋯⋯ああ、確かに居るな。ずっと姿を隠して来てるアイツが」

 猫側でこの終末を知っていて、尚且つ崩壊前に世界をループする事が可能かもしれない人物。

 そんなのはもう一人しか居ない。

「⋯⋯イズンさん、だよね」

「確かに、こんな時にまで姿を隠しているイズンが何か握っている事は明白だろうねぇ」

「⋯⋯モモ様、最悪の事態は想定しておいて下さいね」

「プロデューサーちゃん⋯⋯うん、分かってるよ」

 最悪の事態⋯⋯モモさんにとっても終末の景色なんか絶対見たくないし、自分を生き甲斐にしてるファンの人たちに見せたくない物の筈だ。

「でもイズンを探すっていっても、見つけらんねえぞ? どうする気だよ」

「そこが問題なんだよね⋯⋯うーん⋯⋯あっ」

 待てよ、私達が見つけられなくても、ブラギ様なら分かるのかな?

「ラオくん、もう一回神衣! 皆、私ブラギ様に相談してみる! 何か分かるかも!」

「なるほどのう、それなら──」

「⋯⋯おい、ちょっと待て」

 緋咫椰さんが私を静止させる。

「緋咫椰さん、どうしたの?」

「爺さんに相談して、イズンを止めたとして、だ。その後はどうするつもりなんだ? まさか、あの隕石を自力で止めるなんて言い出さねえよな?」

「それは⋯⋯」

「あんなん降って来ちまったらもう和解とか言ってられないし、実際問題都心部どころか世界中が崩壊する。それに、バナナの事も後回しにしとくのか?」

 緋咫椰さんの言葉が、私の心に痛く突き刺さる。

 自分の考えだけで即行動に移すのは、私の悪い癖だ。

 緋咫椰さんの言う通りイズンさんを止めたからって、その先は⋯⋯? あの馬鹿でかい隕石みたいなのを止める手段は?

 考えれば考える程まとまらない⋯⋯どうしたら最善なんだ? 

 緋咫椰さんは悩む私の胸ぐらを掴みかかり、怒号をあげた。

「悩むくらいなら先走ろうとするんじゃねえ!」

「緋咫椰さん⋯⋯」

 その時の緋咫椰さんの表情はそれほど険しくはなくて⋯⋯憂に満ちた、愁色の面持ちで私をじっと見つめていた。

 そんな表情に私は何も言い返せず⋯⋯立ち止まってしまった。

「分かってる。昨日だって考えて、答えは出なかったんだからな⋯⋯」

 しかしそれと同時、彼が私達の前に姿を現した。

 本当に急に、唐突に、突然に、彼が現れたんだ。

「やあ。思い悩んでいるね」

「貴方は⋯⋯ソラさん」

「呼んだのはキミの方だろう?」

「え⋯⋯?」

 前触れなく、瞬きの間に彼の姿が目の前にあった。

 私を含め一同が驚く中で、長い髪を揺らしながらソラさんは当然のように落ちる隕石みたいな物を見上げていた。

 見上げたまま数秒の沈黙。

 その後、見上げたままで、私に語りかける。

「⋯⋯数多の願いが打ち砕かれた道だ、西野小夏。そんな破片まみれの道をキミは歩もうとしているんだ。であれば、それ相応の覚悟を持ちなさい」

「なんかフワッとしてんな」

「しーっ、お嬢っ」

「⋯⋯後悔しない道を選んだつもりです」

 ソラさんの言葉には、胸の奥にズキズキと突き刺さる感覚があった。

 だって、世界崩壊を一旦は受け入れる道なんだ。

 滑落する恐怖と隣り合わせで渡り歩こうとする選択を、迷いながらでも選んだんだ。

「ホント、嫌い」

「え!?」

「繰り返される戦いで、我々は戦う選択肢を幾度も捨ててきた。捨てたはずだったのに⋯⋯キミだけはどの世界でも抗おうとする」

「ソラさん⋯⋯貴方は、世界の在り方を知った上で⋯⋯?」

「立場上、話せないんだよ。九生絶花の為に尽くしてきた側だからね。さて、爺様に問いかけなさい。今のキミならきっと力を貸して下さる。そうだねベルカナ?」

「今のワシはベルカナではない、ラオシャだ」

「はいはい⋯⋯では隕石は姫李と一緒に、何とか最低限頑張ってあげよう。不良は狐巫女の見張り、アイドルは馬場園菜々の捜索だ。さあ各々動きなさい」

「はい!」

 モモさん達は迷いなく神衣を宿しながら、私たちを背にして颯爽と走り去っていった。

「おいおい待ちたまえソラ。ポッポに救援を求めてからでも⋯⋯」

「それじゃあ遅すぎるだろ? それに彼女は今ここに来る術が無い。二人でやるよ」

「しれっと巻き込まれてるのが嫌だって言ってるんだけどねぇ⋯⋯はあ」

「不良⋯⋯忘れてやらねぇからな、その言葉⋯⋯」

「私たちもやるよ、ラオくん」

「ああ!」

 皆が皆、ソラさんの言葉に突き動かされ、前に進み始める。

 私はもう一度神衣を降ろし、瞑想の構えを取って精神世界にブラギ様を呼びかけた。

 

『ブラギ様聞こえてる!?』

 すぐに返事が返って来た。

『ああ、全て見ていた。お主らの予想通りだ、イズンこそが世界をやり直そうと⋯⋯九生絶花の器を利用するつもりだ』

 頭の中でブラギ様の声が響き始める。

『九生絶花⋯⋯でもそれって、猫巫女の魂が九つ無いと駄目なんじゃ?』

『不完全な状態であってもこの世界をその時、その場所までやり直す事は可能な程の力はあるのだ』

『じゃあ、イズンさんは今何処かで九生絶花を起動しようとしてる?』

『九生絶花は⋯⋯空にある。だが⋯⋯止めるつもりでいるのか? イズンを?』

『当たり前じゃないですか、まだ諦めてませんよ、私も、皆も! 何処かで菜々さんだって!』

『運命に抗う、と?』

『⋯⋯はい! だから力を貸して、ブラギ様! 少しでも構いません、イズンさんを止められるだけの力を私に!』

『⋯⋯後悔するなよ』

『当然!』

『『神 衣!!』』

 その瞬間、巨大極まる魔力が私の中に流れ込んできた。

『ケットシーは我の片割れであり器。扱いこなしてみせよ』

 溢れないように、必死に魔力を抑え込んでいく。

 到底無理なベンチプレスを持ち上げているような感覚に襲われる。

「うっ、ううう⋯⋯っ!!」

 息つく暇もなく、身体の痺れを感じながら魔力を徐々に流し込まれていく。

 身体の中がぐしゃぐしゃだ、息苦しい。

「押し潰されそう⋯⋯っ。でも、でも!! 友達の為にも、諦めてたまるかーーっ!!」


 次の瞬間、気付けば私は、空を飛んでいた──

「あっあれ!? ここは──」

 人間、一度は空を飛んでみたいと思うだろう。

 飛んでみたいという欲望が身体を突き動かす刹那を今体現して、私は空を目指しただけ。

「あはは⋯⋯三年ぶりだな、空を飛ぶの」

 九生絶花は空にある──

 風を切り、雲のカーテンをそのまま突っ切って、赤い景色と、隕石のようなモノを背負って視る──

「天眼──」

 その言葉の後、眼を輝かせて空一帯を観た。

 ラオくんと繋がって観る天眼の比ではない、瞬く間に視界が広がり、観る物全てを収めていける程の感覚に包まれていく。

 目的の物を見つけるまでに時間は掛からなかった。

 装置を見つけた。天高く浮かび上がる、時計の様な形をした雲よりも真っ白な装置。

 そしてその上で祈る、一匹の猫の姿。

「見つけた」

 その装置まで行きたいと願い、私は再び空を駆け、装置の上へ着地した。

 装置までの距離など関係ない、私はただそこへ行きたいと願っただけ。

 ただ願うだけで、そこまで辿り着けた。

「イズンさん、久しぶりだね」

「!? そのお姿は⋯⋯ブラギ様!?」

「違うよ、私は小夏」

 ただならぬ神聖な雰囲気が、巨大な装置にはあった。

 そしてブラギ様から送られた魔力の中に、この装置の知識もあった。

 

「小夏? 何故この場所が。それにここは誰の侵入も受け付けない筈、それにその神の姿⋯⋯まさかブラギ様の力をその身に宿したと⋯⋯?」

「イズンさん、九生絶花は使わないで。まだ希望を捨てるには早いよ」

「⋯⋯そうですか、貴方は全てを理解しているようですね⋯⋯ですがワタシが終末を止めなかったとして、その先はどうするのです? 貴方達程度でどうにかなりますか?」

「分からない⋯⋯でもだからって、イズンさんを行かせるわけにはいかないんだよ」

「理想だけで突き進む、愚かな人間⋯⋯」

「その理想が皆を救う鍵になってくれるのなら、私はもう迷わない。貴方を止めて、終末も阻止してみせるよ──!」

「崩壊を前に血迷うなど王の器に在らず──!」

斎戒式さいかいしき浄化じょうかかせ

 構えると共に浄化の枷を周囲に出現させる。技なんて即興だけど、この力なら、本気のイズンさんと対等に渡り合える気がしてくる。

「冰槍時雨!」

 無数の氷の槍を出現させ、それを全て私の方へ射出してきた。

 飛んでくる相手の槍に合わせて、私も枷を飛ばし、お互いに牽制していく。

 金属同士がぶつかるような反響音が響き渡り、そして幾ばくかの時間が過ぎた。

 痺れを切らして動いたのはイズンさんの方だった。

 氷槍を手に、全速力で向かってくる。

「斎戒式・天翔神楽てんしょうかぐら

 こんな咄嗟に技の名前が出るのには明確な理由がある。

 結論から言うとブラギ様の知識が私の頭の中にあるからだ。

 一言にブラギ様の知識と言っても、私の何百倍もある膨大な知識量が一欠片として垣間見えているのであって、コレら全てに手を伸ばそうとした瞬間、頭が弾けてしまうのではないかと危機感が脳が電撃のように察知してくる。

 一欠片を閲覧するしか至れないという枷が反射的に働くのが実態だ。

 だからこそ知識量は控えめに、後はアドリブで技を構築していく。

 唱えた瞬間、身体が宙に浮き始め、迫り来る冰槍の雨を難なく躱す。躱す。躱す。

 視界の端で捉えた白い何かが私を浮かせたモノだと気付いたのはまさに躱している最中だった。

 翼が、天使の如く翼が、私の背中に生えていたのだ。

 イズンさんの攻撃を次々と躱していく、もはや人間の動きじゃないけれど。

「今度は私の番だ、イズンさん。覚悟してね」

 枠組みから逸脱してこそ、彼女と相対する意味がある、とそう思った。

「斎戒式・浄化の枷──」

 私たちはこの世界の燃えカスだ。

 花なんかじゃないし、ましてや星でもない。

「理想論者が、二度目があると思うなっ!」

「イズンさんこそ、十回目の正直なんか無いですからね!」

 鍔迫り合いの中、睨み合った。

 お互いが負けを認めるまで絶対に譲らない、そんな猫同士の喧嘩の始まりを繰り広げようとしていた。

「ワタシたちが創り上げたこの理想の世界を、貴方一人の理想の為に壊させはしない⋯⋯!」

「何度も同じ結末を辿る事が正しいなんて、私は思わないよ! 今ある現実を受け止めた上で進まなきゃ、未来なんて生まれてくれないんだから!」

「それが不可能だから世界を繰り返しているのです! そして繰り返した先で数少ない未来を掴み取れば良い! 死ぬ運命を受け入れるなど⋯⋯あって良いはずが無い!!」

 鍔迫り合いを解かれた勢いで地面に膝がついてしまう。更に間髪入れずやってきた追撃を受け止めるが、不利な状態での鍔迫り合いになってしまった。

「ぐっ⋯⋯それこそ理想だよ、イズンさん。不可能だって思い込んで、逃げ続けてるだけなんだ!」

「逃げてなどいない! 九生絶花は数少ない未来を勝ち取る為の手段、希望だ! 貴方がそれを止めようとしてるんだ! 受け入れろ!」

「嫌だ⋯⋯絶対に嫌だ⋯⋯約束なんだ! 六花と、由里香と! もう繰り返させたくない! もう壊させたくない! 今変えなくちゃ駄目なんだ⋯⋯!」

 激情に任せている内、また私の意識とは関係なく言葉が紡ぎ出された。

 そしてその言葉を聞いた時のイズンさんの顔は、かなり意外だった。

 まるで、私の事をずっと前から知っているような⋯⋯。

「⋯⋯! 西野小夏、貴方はもしかして、表側の──」

 イズンさんの力が、ほんの一瞬緩んだのを見逃さなかった。

「オラァアアあああ!!」

 力を振り絞り、浄化の枷の形状を変化させ、二つに折った。

 二つに折れた輪っかはそれぞれ湾曲したブレードに変わり⋯⋯気付けば、イズンさんを大きく突き飛ばしていた。

 私が、というより二本のブレードがそうさせた。

 ブレードから射出されたナニかが、イズンさんを突き飛ばした。

 そしてそのナニかは王冠の形になり、私の頭上に乗っかった。

『ワシの出番が一切無いじゃないか、のう? イズンよ』

「ラオくん!?」

 王冠からラオくんの声がする?! まさかさっきのはラオくんの仕業?

『小夏よ、この分からず屋に言ってやれ。大事なのは未来ではなく今である、と。魔女が破滅の運命を受け入れたのは、未来を悲観して得た結論ではないのじゃと』

「⋯⋯片割れがワタシに楯突くと?」

 ラオくんの登場から更にイズンさんの形相がより鋭くなっていく。

 しかし、その通りだろう。今の道を進むということは────破滅の道を辿ること。

 でもその前提を決めつけて、また同じ道をやり直すなんて、浅はかだ。

「諦めなければ道はあるよ、イズンさん。だから⋯⋯私に譲って? イズンさんの未来を、私に預けてよ」

「あずける、だと⋯⋯? お前のような⋯⋯人間に、ワタシの未来を⋯⋯?」

「イズンさんの意思は必ず私が紡いでみせる。だから、今度は私が魔女の意思を継いで、新しく未来を作り出してみせるよ!」

「ブラギ様は⋯⋯それで良いのですか? 死の運命を受け入れて尚⋯⋯こんな人間の勝手な想いを受け入れて」

「我は賭けてみる事にしたのだ。ケットシーではなく、巫女たり得た西野小夏の可能性を」

「馬鹿ですね、本当に⋯⋯貴方も魔女も⋯⋯変わってくれない。ワタシも、そんなあなたたちの頑固なところが昔から嫌いでした⋯⋯」

「まって! イズンさん!」

 装置の端に足を乗せ、飛び降りようとするイズンさんを、必死に止める。

「破滅を防ぐなど出来るはずがない。たとえアレを防いだとしても、この地には魂だけが残り、生きる物は悉く腐敗していくのです⋯⋯その結末をワタシは、既に観てきたのだから」

『だから、小夏がそうならない為のカギなのじゃろ? ソラが言っておったぞ』

「ほお⋯⋯別の未来を観たのか⋯⋯だが、それももう過ぎた事。西野小夏!」

「イズンさん⋯⋯」

「もう、良いです。勝手にすれば良い。ワタシはこの世界の終わりを見届けます、せいぜい足掻いてみせなさい。そしてその行動が、志が、無意味で虚無な物であったと思い知りなさい」

「イズンさんこそ、目を背けないでね。私の可能性と、この裏返った世界の結末を⋯⋯しっかり焼き付けてて」

「フン⋯⋯」

 世界に降りようとする異物を眺めるイズンさんの背中には、少し寂しさを感じた。

 そして、そんな光景を目にして、綺麗だと思ってしまった。世界の終わりなんて滅多に見れる物じゃない、なんて若者の目線で、イズンさんを見てしまっていたんだ。

 それでようやく、折れてくれたのだと伝わった。

「じゃあ行こう、ラオくん、ブラギ様。今からあの異物を止めに行く。もう少しだけ力を貸して」

「我が儘を許してくれ、イズン。どうしても我は見届けたくなったのだ。欠けて、空へ飛んでいかんとする花弁に、手を伸ばしてみたくなったんだ」

「⋯⋯ありがとうイズンさん。この世界を創ってくれて⋯⋯猫巫女を創ってくれて」

 イズンさんの隣に立ってから挨拶を交わした後、足場から勢いよく飛び降りた。

 急降下しながらも翼を展開し、空に佇む異物まで向かっていく。

「イズンさんの説得は終わった。後はこの異物を片付けないと⋯⋯どうしたら良いと思う?」

「全力を注いで、割れるような代物では無いな」

『止める手立ては、一応ソラと姫李が考えてくれておるのじゃろ? まずはあやつらと合流するのが良いじゃろう』

「⋯⋯私の心の中、マンションみたいになってるな⋯⋯ん? 通信? てことは⋯⋯!」

 心の中で私以外の声が二人聞こえている中、耳元からノイズが走る。

 これは通信があった時のノイズ、耳を澄ませていると予想通りの声が舞い込んできた。

『⋯⋯ん、やっほー。生きてる?』

「彼方さん!! そっちこそ、大丈夫だったんですか!?」

『まあねー⋯⋯ちょっと、あの隕石みたいな奴の正体を探ってたんだ。んで、ちょっと分かったことがあるよ』

 彼方さんも逃げたアイツに襲撃を受けたんじゃないかってずっと気にかかってたんだ。

 でも良かった⋯⋯とにかく無事みたいで安心した。

 そして、そんな元気そうな彼方さんから気になる言葉が飛び出してきた。

「異物の正体⋯⋯?」

『うん。そもそもアレは、皧狐じゃなく、皧狐の主が発動させた“妖術”ってことらしいんだ』

「妖術? 聞いたことない言葉⋯⋯てことはえっと⋯⋯私たちに置き換えれるのでいくと、ルーン魔術みたいな物?」

『まあ⋯⋯大体そんな感じで捉えておいて良いよ』

「なるほど。じゃあその妖術で、あの異物ら呼び出したって事ですか?」

『んーん、少し違うんだ。異物を呼び出したんじゃなくて⋯⋯どうやら皧狐の主は、破滅を願う人物の願いを叶えたらしい』

「願いを叶えた? どういう事ですか?」

『詳しい事は知らない。でも破滅を願う人物なんて、それこそ皧狐の中の誰かだろうね。そして願いを叶えた結果、空は赤くなって、異物が降りてきたって形になったんじゃないかってアタシは考えているよ』

 破滅の願いを叶えた結果⋯⋯つまり終末の原因はあの異物を召喚したとかじゃなくて、終末の光景そのものを妖術で作り出したって事なのか。

「じゃあ、異物を止める事自体に意味は無い?」

『⋯⋯多分ね。妖術を止めるには、妖術を発動した皧狐の主を止めれば良い筈だけど⋯⋯』

「でも、その主の手掛かりなんて一つも⋯⋯ブラギ様は何か知ってますか?」

「済まない、何一つ情報は無い」

『え? ブラギさん近くにいるの? てか、小夏ちゃん今どこよ』

「あっああ、今は⋯⋯ブラギ様と神衣を結んでて⋯⋯空飛んでます」

 彼方さんに言われて、改めて周囲を見渡す。

 空を飛びながら街まで降りようとしてて⋯⋯眼前には小さく見える都会の景色に、隣には異物。空の青い匂いと赤い空の風を身体で感じながら、天使の様に翼を広げて⋯⋯。

 もしかして今の私、人間辞めてる?

『へえ⋯⋯そこまでの器が、キミにはあったんだね⋯⋯ねえ、小夏ちゃん』

「? どうしました?」

 なにやら神妙な声で、彼方さんの声が響く。

『この世界、変えたい?』

「ど、どうしたんですか? 彼方さんらしくないですよ」

『⋯⋯ごめん。とにかく、妖術の事を聞き出せる皧狐を見つければ、この終末の景色を止める手段が見つかるかも知れないよね。任せていい? 小夏ちゃん』

「⋯⋯はい! 任せてください、私が終わらせてみせます!」

『良い返事だ。じゃあ、アタシは皧狐の主の情報を探してみる。それじゃあ、頑張れ、小夏ちゃん』

 そう言い残して、通信は切れた。

『ふむ。皧狐といえば、ワシらの方で捕捉している奴がいたな?』

「あ、六花さん!」

「決まりだな、では先に皧狐を任せている緋咫椰と合流しよう」

「はい!」

 ラオくんとブラギ様の言葉を受けて、行動の方針を決めた。

 街を降りる前に天眼で緋咫椰さんを探すか。

「天眼!」

 猫カフェ出てすぐに私が勝手に飛んで行っちゃったから、緋咫椰さんたちは近くに居るはず⋯⋯見つけた。

 ハンバーガーを食べながら異物を眺めている緋咫椰さん。その後ろには俯いたままじっと縛られている六花さんがいた。

 狙いを定める様に翼を動かし、勢いを殺しながらゆっくりと緋咫椰さんの目の前まで着陸した。

「緋咫椰さん! 無事だった!?」

 頬張りながら、緋咫椰さんは返事する。

「コンビニ寄れるくらいにはな。お前は?」

「イズンさんの説得はなんとか⋯⋯でもこれからやらなきゃ行けない事があって⋯⋯六花さん」

「⋯⋯なんだ」

 六花さんの表情を見た時、内側から燃えるような感覚が身体中を覆った。

 イズンさんと同じ、終わりを受け入れている表情が、私にはとっても不愉快で⋯⋯なんだか物凄くイライラした。

「六花さん、この妖術を解く方法は? どうしたら良いの?」

「フッ⋯⋯今更何を言っても、もう遅──」

「いいから答えて!!」

 叫ぶ私に皧狐は顔をあげて静かに睨み始めた。

 なんで彼女を前にするとこんなにも心が揺さぶられるんだろう。

「敵に対して何を質問している?」

「願いを利用して妖術が発動されてるのはもう分かってる。そして発動したのが貴方達の主って事も。とにかく時間が無い、早く教えて欲しいの。こんな終末、貴方達にとってもメリットなんて無いでしょう?」

「⋯⋯無知とは恐ろしいものだな。この妖術は確かにお前達にとっては終末と同義だろうが⋯⋯我々にとっては違う、と言うだけだ。この意味が分からないか?」

「⋯⋯どういう意味?」

「教える義理など無い」

「ああ? テメェはテメェで今の立場が分かってねえな?」

 そう言って、緋咫椰さんが六花さんの首元に鎌をあてがう。

 六花さんはもう話す事は無いと言う様に再び顔を俯かせた。

 私達にとっては終末で、六花さんたちにとっては終末でない⋯⋯?

「時間は限られている。可能性を絞っていくぞ、小夏よ」

「は、はい⋯⋯ブラギ様はどうですか? 過去の世界で、この妖術を見た事は?」

「我は毎回殺されているからな⋯⋯事の顛末は知らぬのだ」

「そうですか⋯⋯」

『視点を変えて考えるべきじゃな。皧狐から見てこの終末の景色はどう映るのか? という所から、じゃ』

 六花さんを目の前にして、心の中で会議をする。

「うーん⋯⋯自分達にとって終末ではないっていうのはつまり──」

「皧狐にとってあの隕石みたいなのが落ちることにはメリットがあるって話だろ?」

 話の内容を聞いていた緋咫椰さんが間に割って入る。

 メリット⋯⋯? どうして得する様な事があるんだろう⋯⋯?

「まあまず、物理的な干渉が起きる事が無いのは予想出来ねえか?」

「物理的干渉?」

「ほら、街が壊れるとか、地球がぶっ壊れるとかはコイツらにとっても損だろうしよ」

「確かに緋咫椰の言う通り、それでは歪んだ世界を元に戻すという皧狐の目的にズレが生じてしまうな」

「⋯⋯もしあの異物が落ちてきたとしても、直ちに影響は無い?」

「恐らくは、な。つまりあのバカでけえ異物は、隕石みたいな見た目をしてるだけでその実マシュマロみたいに柔らかい可能性もあるって事だな」

「そ、そんな訳⋯⋯えっと、もし隕石じゃないのなら、アレは一体⋯⋯ん?」

 私はまだ天眼を解いておらず、その目のまま異物を再度見上げたその時だった。

 メキッ⋯⋯という、何かが割れるような音があの異物から漏れ出たような⋯⋯。

「⋯⋯え?」

 異音が漏れ出た、と思考が答えを出す前に、全て分かってしまった。


 メキッメキメキッ⋯⋯パリパリパリ⋯⋯。

 異音、それによる異物の変化で、おおよそが理解出来てしまった。

「ひ、緋咫椰さん、あれ⋯⋯」

 異物の変化に慄いてしまいそうになる。

 メキメキ⋯⋯と──異物が──割れたのだ。

 まるで卵のように⋯⋯内側から溢れ出るように割れ始めて、そして⋯⋯次の瞬間にはもう⋯⋯狐の尻尾が、異物の中から飛び出していた。

「妖狐だ⋯⋯」

 緋咫椰さんから漏れ出たその言葉と割れ始めた異物に、一気に危機感が身体を襲う。

 ブラギ様との神衣を紡いでいる事で、より一層焦りと恐怖で震えそうになってくる。

 分かるんだ、ブラギ様との知識共有で⋯⋯これが、これこそが世界の上書きであると。

 私達はあれが落ちてしまったら、もう後が無いのだと。

「⋯⋯止めなきゃ」

 無意識に私は翼を広げると、あの異物の方へ飛び始めていた。

「あ、おい待て!」

 緋咫椰さんの静止を聞かず、思い切り風を切って、異物の方へ一気に近づいていく。

「浄化の天輪てんりん!」

 最大まで、とにかく大きい武器で、異物を殴った。

 しかしそんな程度の一撃は、あの異物にとっては悪あがきの様な攻撃だった。

 それでも立ち止まれず、次の一手を──

「浄化の王冠ブレード!!」

 輪を切り、ブレードを両手に異物にぶつかる。

 でも、異物は止まってくれない。

 そうしているうちに、私に向かって尻尾が飛んできた。

「っ!?」

 なすすべなく、尻尾による薙ぎ払いが直撃し、吹き飛ばされた。

 視界がブレる。身体の感覚も掴めなくなった。ブラギ様の意識も離れてしまい、神衣も解かれてしまっていた。

 たった一撃で空中から叩きのめされた私はビルの屋上まで吹き飛ばされた。

 息苦しく、土煙に塗れた。

 腹部の激痛を押さえながら起きあがろうとするも、身体は言う事を聞かない。

 ブレる視界くらいは何とかしようと、腹部を押さえていた手を近くまで寄せるが、その手は、私の血で真っ赤に染まっていた。

 息苦しい、呼吸も正常には出来ない。

 視界がブレているのは、ただ尻尾にやられた衝撃だけでは無いと察した。

 絶望って、こんなにも赤いものかな⋯⋯。

「⋯⋯」

 間違った、のかな⋯⋯。

 唐突に、私の希望は打ち砕かれた。

 ⋯⋯私一人が世界を変えるなんて、無理だったのかな⋯⋯。

 多分、死ぬ直前って、こんな感じだと思う。

 私の場合は、奇跡的にその瞬間が長かっただけで──

 ああ、駄目だ。こんな時に、沙莉の姿を眼前に思い浮かべるなんて⋯⋯。

「ごめ、んね」

 糸が切れた人形の様に、指先から力が抜けていって──

 火が消えるように、私もそこで事切れていった──


 私の人形劇りそうあそびは、終わりを告げて──

 

 世界は、崩壊した。

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