第八話 Season of Death


 彼方さんとは連絡を取り合っていなかったんだけど、禊猫守のグループの中にいつの間にか参加していたみたいで、そこから私宛にメッセージが飛んで来ていた。

 合流先はフィットネスジム、大学を終えたそのままの足で向かう事にした。


 季節はすっかり十二月の冬。雲一つ無く、神様が悪戯に凍てつかせたこの世界に生きる私は今まさに、冬の陽だまりを求めて歩く猫の様だ。

「雲一つ無いや」

 寒空の空気を肌に感じながら、白い息を吐いて空を見る。

 まさか力を失ってから、この都心の空が綺麗に見えるなんて思わなかった。

 手に持っていたスマホが通知を鳴らす。

『シロの事は任せたまえ』という、姫李さんからの一文。

 再び歩き出しながら、朝のことを思い返す。

 家を出る前、シロちゃんは私に着いて行くと言って聞かなくて大変で、結果姫李さんがシロちゃんを止めてくれたおかげで外に出れたのだけど⋯⋯。

 う〜ん任せて大丈夫だったのかな。

 

 そうこう考えているうち、フィットネスジムに到着。大学から徒歩十分。

 黒い箱型の建物で、ガラス張りになっているから中の様子を確認する事が出来る。

 どうやらカフェと併設されている様で、一階では様々な人がカフェを楽しんでいるのが見えた。

「は〜、お洒落だなぁ」

「あら、案外狭いのね」

「うわっ!?」

 いつの間にか菜々さんが隣に立っていた。

「うわってなによ!」

「いやいや! 気配も無く隣に立たれてたらビックリしますって!」

 今日は車椅子に座ってない⋯⋯て事は今は能力を使った状態だろう。

 それにイズンさんから貰った猫耳パーカーワンピもとい祓命真依ふつめいしんいを着ている。

 側から見てもやっぱり可愛い。ローブっぽくて、魔法使いみたいだし、白と赤で統一されているのもシンプルで良い。

「やあやあ二人とも〜。来たね」

「あ、彼方さん!」

 ジムから彼方さんが歩いて来た。

 彼方さんの呼び声に、思わず笑顔で手を振って応える。

「本日はよろしくお願いいたしますわ、彼方さん」

 丁寧なお辞儀で一礼する菜々さん。

 彼方さんは変わらずふんわりした話し方で接している。

「おー、よろしくねー。早速中に入ってよ、二階の一部をちょっとだけ借りてるからさ」

「はい!」

「ええ!」

 菜々さんと一緒に、彼方さんの後ろについて行く事にした。


 カフェの中は綺麗で、入った瞬間から甘い匂いが鼻に抜けていくのを感じた。

 途中に見えた看板にはプロテインや、高タンパクを売りとした料理がある様で、普通では食べれない物が多そうで、ジムで鍛えた後に効率的に摂取出来る料理に少し興味が湧いてくる。

 二階へ進むと色んなトレーニング機器が並んだ空間へ辿り着いた。

 様々な機械が様々な人の身体を鍛えている。

「ああ、鍛える前にすぐそこに更衣室があるから着替えていくと良いよ。小夏ちゃん」

「はい?」

「はいこれ、トレーニングウェアの上に着るといいよ」

 渡された物を見て、私は真底驚いた。

 彼方さんが私に差し出して来たのは、なんとイズンさんから託された禊猫守だけが着れる祓命真依だったのだから。

「え? こ、これって⋯⋯!」

「祓命真依ですわ!」

「どうして彼方さんがこれを!?」

「イズンから貰ったんだよ。禊猫守にはならないって前から念を押してたんだけど、少し前にこれを渡されちゃってね」

「少し前⋯⋯」

「ちょうど失踪する前かな。禊猫守みそぎびょうしゅに何かあった時には、貴方が助けに行ってあげて欲しいって言われてたんだよ。まあまさかその直後に色々な事が早くに起こるとは、想定していなかったけど」

「イズンさんがそんな事を⋯⋯」

 イズンさん、今どこで何をしているのだろうか?

「アタシ用に作られた物らしいけど、アタシには必要ないからさ、小夏ちゃんにあげるよ。ちょっとオーバーサイズだけどね」

「いえ! その方が好みです、ありがとうございます!」

 スポーツウェアの上に祓命真依を着ると、彼方さんからヨガ用のルームまで案内された。

 ここにはヨガに使うマットくらいしか物が無くて、非常に落ち着いている。

 白いフローリングに壁一面が鏡の、動画なんかで良く見る風景そのままだった。

 しかし動画で見るよりも暖かく、優しい印象が伝わってくる。

 集中するのに最適な環境に造られているのだろう。

「結構狭いのね⋯⋯」

 菜々さんには伝わっていないみたいだった。

「よし、じゃあまず二人には⋯⋯」

と彼方さんは話しながら手を扉の方にかざすと、扉を封印する様に魔法陣を作り出し、固定させた。

「簡単な瞑想に入って貰おうかな」

「瞑想、ですか?」

「うん。瞑想に入ったら二人に術をかけさせてもらう。術がかかったらキミたちは深層心理の中に入り込み、過去を追体験してもらう流れになる」

「過去を追体験、ですか?」

「過去⋯⋯」

「自分の中に深く刻まれた過去を辿り、それらを克服したり精進したりする事によって更なる強さを手に入れる方法だよ。人によってはトラウマと対面する場合もあるから、試練だと思って心しておかないと危険だよ、心しておいてね」

 過去の追体験、自分の場合は三年前の出来事だろうか。なんだかんだ、あの頃の三ヶ月間が濃厚だったもんな。

「わ、分かりましたわ」

 同じ瞑想のポーズのまま、菜々さんは緊張しているのか既に汗を流していた。

 顔に滴る汗が首へと流れていっている。

 菜々さんの過去は、どういった物だろうか? 他の禊猫守たちの過去も少し気になってきた。

 ⋯⋯他のみんなの事も、もっともっと知りたいな。

 これが終わったら、色々話しかけてみようかな。

「二人とも目を閉じててね。それじゃあ始めるよ。⋯⋯小夏ちゃん」

「は、はいっ」

 始まる前に彼方さんが私を呼びかけると、彼方さんの吐息が耳に掛かり、酷く興奮しそうになった。秒で耳が真っ赤になったと思う。

「キミは個性的な一面があるのにも関わらず、それを表に曝け出そうとしない。それじゃあ狐には到底及ばないよ、全力を振り絞らなきゃならない。キミがカギなんだ」

 彼方さんは真面目なトーンで、私の耳元に囁きかける。

 私の個性が表に出ていない? 今の自分のままではそのまま力を取り戻したとしても、狐には敵わないという事?

 それに最後の言葉、カギ⋯⋯その言葉、前にもどこかで⋯⋯。

 言葉を思い出そうとするが、彼方さんに既に術を掛けられているのか、意識が薄まっていくのがハッキリと感じる。

 思考もやがて止まり、深い水の中で息を止めて、ただただゆっくりと沈んでいくような感覚が身体に満ちていった。


 しばらくして、光を感じた。

 瞼の裏で明滅する道標に応じる様に目を開けて、手を伸ばそうと試みる。

 光は遠くにあって、手では届きそうに無くて、私を見届けるかの様に辺りを照らしていた。


 次は後ろにも光を感じた。

 でも、その光は見覚えのある光で──

 

 唐突に身体は感覚を取り戻した、沈んだ意識は急激に浮上する。

 目を開けると、そこはもうヨガをやっていた場所はなくて、とても見覚えのある場所と懐かしい匂いが眼前に広がっていた。

 オレンジ色の夕陽に包まれた全て、最近整備されたプランター、地面には一面円形状に連なり広がっている暖色のタイル。

 ここは姫浜町の駅前で間違いない。

「おお、姫浜駅だ! 懐かしいなあ⋯⋯って、あれ? なんか違和感があるような⋯⋯」

 見渡している時に感じた自身の違和感に、恐る恐る自分の身体を腕から確認してみる。

 視界に入った瞬間、着ている服や腕の細さでその違和感の正体は瞬時に判明した。

「か、身体が縮んでる!? もしかしてこれ三年前の姿!?」

 この白Tは私が猫巫女活動の時にいつも着てた服だし、三年前はシュッとしてたこの二の腕!!!!!

 間違いない、ここは三年前の姫浜町だ。

 という事は、本当に過去に戻ってきたらしい、そんな術が使えるなんて彼方さん何者!?

「完璧に私の身体⋯⋯それに姫浜かあ」

 懐かしいけど、冬になる前に一度帰ってたし、三年経ってもこの町の景色は全く変わっていない。

 一つ都心との違いがあるとするなら夕陽の色くらいだ。

 こっちの方がなんというか⋯⋯夕陽が蜜柑みたいで、暖かさがまるで違う。

「で、ここから何をすれば良いのかな〜っと⋯⋯」

 駅前を見渡して、思考を整理する。

 器を形成する為の追体験だが、何をどの様にどうすれば良いのかはさっぱり。

 術を掛けられて過去に戻ったこの事象については多分簡単な事だ。

 これは時間が巻き戻っているのではなく、私の記憶の中から形成された姫浜町なのだろう。

 最近整備されたプランター⋯⋯確かに三年前には黄色い花が咲いていたけど、帰省した時には紫色の花だったはずだ。

 過去の姿になったのは自分だけではなく、自分を含めたこの姫浜の全てという事。

「追体験って言ってたけど⋯⋯ここでは何も起きないのかな」

「お〜い、小夏! ここにおったか、そこで何をしておる〜!」

「おっ、この声は」

 声のする方向へ身体を向ける。

 声の主は私と共にしてきたオスの声、この声を聞いた瞬間、私は安堵すら覚えてしまう。

 軽快に地面を走り、私の元へすぐに寄ってきた灰色の彼を見下ろす。

「やっぱり、ラオ君だ! ラオ君〜!」

 エメラルドグリーンにも劣らないその輝かしい瞳は今でも変わらない。

 でも⋯⋯やっぱりこの頃は小さいし痩せてるな⋯⋯いや今が太り過ぎなのか。

「な、なんじゃその呼び名は⋯⋯まだそんな仲ではないじゃろう、自惚れるでないわ」

 ⋯⋯そうだった。

 今目の前に現れたラオ君は三年前のラオ君で、呼び方はラオシャのまま。

 しかしラオくんは急いでいる様子だったけど、何があったんだろう? 内容次第で細かい時系列が分かるかな? それとなく聞いてみよう。

「ご、ごめんごめん。ところでラオシャ、何か用?」

 私の問いかけにラオくんはキュートなお口をあんぐりさせ⋯⋯その直後に放った言葉は怒号であった。

「なっ⋯⋯馬鹿もの!」

「え、ええ〜!?」

「友達の沙莉さいりを探しておる最中じゃろうが! こんな一大事に何を寝ぼけた事を言っとるんじゃお前は!」

「沙莉が⋯⋯ってああ、なるほど」

 今のラオ君の一言で大体は察しがついた。

 この時間軸は迷魂めいこんに憑依された沙莉を今まさに探している時、つまり、神衣を習得する前の時だ。

 つまりこの後の時間の流れに従えば、私はまた神衣を発動する事になる? でも今は魔術すら扱えない状態だけど⋯⋯。

「分かったら別の場所を探すぞ、ここにはおらんかったのじゃろ?」

 考えてる状況じゃないか、とにかく今は過去の出来事を振り返りつつ、これから起きる事を予測しながら動いてみよう。

「え? あ、ああ⋯⋯じゃあ、ひとまず学校に戻ろうよ、何か進展があるかも」

「ふむ、学校じゃな。しかしお主、やけに冷静ではないか? 少し前まで沙莉沙莉と焦っておった様に見えていたが」

「い、いや? そんな事ないよ? 早く行こう、ラオ君」

 憑依された沙莉は学校の屋上にいる。

 迷わず足取りを学校に向けて、私はラオ君を肩に乗せて走り出した。


     ✳︎

「ウオオオオオオオ!!!!」

 学校の屋上、風の強いこの場所で、鬼の様に荒ぶってる沙莉と対峙する事になった私たち。

「よし、ラオ君、行こう」

 ラオ君は頭に乗ると手を額に当てて、魔力を流し込んだ。

 どうやらこの過去の自分の身体には器は宿っていたみたいで、魔術は普通に扱えるようだった。

 だから、ただ単純に過去に戻った訳では無いようだとこの時に感じた。

 この感覚はとても夢に近い、私の精神的部分が見る光景を、彼方さんの術によって体験出来る様にしているのかもしれないな。

 なら今の状態であれば。

 今の私が過去の私を動かしているこの二周目プレイであれば──

「依代司るは神の衣、我、真名の開示により力を解き放つ── ベルカナの全権限をもって、全てのルーン文字を依代に刻む」

「なっ⋯⋯小夏、既にワシの真名を!?」

 こういう事も出来てしまう。

神衣かむい!」

 勢いよく発したその言葉に応えるように、私の身体をルーンの力が覆っていく。

 ラオ君と再び精神を共にし、全身から力が溢れるのが伝わってくる。

 私は再び、光の輪を手に取った。

 夜空の瞳は私に見えない物を見せ、相対すべき相手の色を映し出してくれた。

 ああ、この感覚だ。この感覚さえ忘れなければ、私は力を取り戻せる。

「ウググ⋯⋯!」

 赤い気を纏う沙莉に取り憑いた迷魂は、変容した私に怯えている。

「お待たせ、沙莉。二回目だから、最速で行くね」

 いつもならシンクを実行して、相手の心の中に入り込み浄化する所だけど、自分自身を鍛えたいが為に、少しだけ肉弾戦をしかけた。


     ✳︎

 

 二周目プレイはやりたい放題に続いて、ついにイズンさんからの案内で、ブラギの王様に会いに行く場面までやってきた。

 薄暗い洞窟の中を蝋燭だけで灯したようなこの空間を、再び追体験している所だ。

 沙莉を助けた後の追体験は幻の様に次の場面へと転換して、予め設計された舞台の上を歩いている様な感じで進んでいった。

 つまりこの夢幻空間は要所要所の場面を切り抜いた舞台でしか無く、細部までは再現されてはいない様だ。

「⋯⋯どうされますか? 西野小夏」

 そして今この瞬間はまさに、私がブラギ様の加護を受けてから禊猫守になるかの問いかけのシーン。

 当然断るつもりだけど⋯⋯ブラギ様、か。

 顔は薄暗い洞窟の中だし、めちゃくちゃデカいしで良く見えないけど、少し前、夢の中に直接語りかけてきた事があったはず。

 今の状態が夢に近いものならばいけるだろうか? 過去のブラギ様を通じて、今のブラギ様に言葉が届くかどうか、確かめてみる価値はある。それに。

「イズンさん」

「なんですか?」

「ブラギ様に、聞きたい事があるんですけど」

「はあ⋯⋯質問、ですか」

 イズンさんはブラギ様の方へ顔を向け、数秒の沈黙が続くと、再びこちらに顔を向けた。

「良いですよ。ワタシがブラギ様の言葉を繋ぎます」

 イズンさん⋯⋯本当は、少し怪しいと思っている。

 東都の話題になると皧狐の事ばかりで、あの雲のように集まった迷魂には目もくれない。

 禊猫守の統一したパーカーを作ったかと思えば、それらは皧狐の襲撃に耐えられる様に設計されていて、そしてその直後に皧狐の襲撃があって、本人は失踪。

 気持ちが分からなくは無いけど、皧狐の事以外で、禊猫守が集まって活動した事なんて、ただの一つも無い。

 リーダーも居ないから、みんなの気持ちもバラバラのまま、ブラギ様にも会えていない。

 ⋯⋯ごめんね。私の中で増幅するこの不信感は、イズンさんにも関係してるんだ。

 聞いてみよう。ブラギ様、もし聞いているのならば、この声に応えて欲しい。

「ブラギ様⋯⋯猫巫女の他に、巫女って存在してるの?」

「⋯⋯なに?」

 案の定、イズンさんの顔が強張った。

 威圧感に苛まれるが、私は動じない。

 戦う準備はもう出来ている、神衣は既に私の袖を通っていた。

 光の輪をブラギ様に向けて、言葉を続ける。

「──禊猫守になってから、碌な事が起きていないんですよね。どうですか⋯⋯⋯⋯貴方は今も、殺されたくないと願いながらその大きな椅子に座るだけの日々ですか?」

 あ、あれ? そんな事まで言うつもりは無かったのに⋯⋯歯止めが効かない。

 ここが夢に近いからか、細かな思想までもを大きくしてしまうのだろうか、それとも誰かが、私を操ってる⋯⋯? とにかく口が勝手に動いて止まってくれない。

「どうなんです? ブラギ王」

「ちょっと⋯⋯言葉が過ぎますよ、西野小夏」

 イズンさんが見たことない表情で私を強く睨みつけ、身体からバキバキと氷槍を生み出している。

 後半は私が発した言葉ではないけど、でも言いたい事は概ね同じだ。

「イズンさん⋯⋯貴方も何か、隠している事がありますよね。ブラギ様と秘密にしている何かが」

「何の話をしているのです西野小夏、貴方は一体」

「「秘密主義も大概に」して欲しいって事だよ。そんなキミたちのお陰で、アタシ達は今大変な目にあってるんだ。さあ答えてくれよブラギ王。猫以外に巫女が居るのか居ないのかを。例えば⋯⋯狐の巫女とかさ」

 その瞬間、イズンさんの顔が驚きの物へと変化した。


 予想外の一手だったと物語るような表情の変化に、予想通りとため息を漏らす。

「っ!? どう、して⋯⋯その事を」

 イズンさんが言葉を漏らした。

「やっぱりね⋯⋯」


《今回は随分と早かったな、西野小夏よ。そして、梵彼方》

 頭の中で声が大きく響いた。

 それは、一度聞いたら簡単には忘れられない声。

 夢の中で聞いたことのあるその声に、私は上を見上げた。

「ようやく話せましたね、ブラギ王」

 私が意識とは関係なく口が動く。

 彼方さん⋯⋯今、ブラギ様彼方さんって言った? つまり、この半分乗っ取られてるこの感覚は彼方さんによる物? 彼方さんが外側から介入してきている?

「その通りだ、小夏ちゃん」

 心の声を聞かれて動揺している間に、彼方さんは私の身体から分離し、姿を出現させた。

「彼方さん!」

「ごめんね、どうしても話したい相手が居たからさ。ってな訳で、ここから先は夢幻空間の先だ。このイズンは夢幻の中の存在だから、これ以上言葉は発さない」

《我々の能力に随分と詳しいようだな。さては、予言の巫女と関わったか》

「流石、話が早いじゃないか王様。そうだよ、お陰でこれから起きる全てをアタシは知っている。だからこそ今回は賭けに出てるんだよ」

「予言の巫女⋯⋯?」

《ほう⋯⋯ではこの争いの結末を知っていて尚、其方は抗うと決意したか》

「⋯⋯半分違う。アタシはね、世界が終わる事を知ってて、諦めの境地に居座ったアンタ達が気に食わないだけだ!」

 彼方さんの怒った姿を見るのは、この時が初めてだった。

 ブラギ様を激しく睨みつけ、感情的に声を荒らげて訴えている。

「あ、あの、待って下さい! 彼方さん、ブラギ様、私にも説明してください!」

 この時の二人の会話が私には理解出来ない内容だった事が、なぜか途轍もなく気に入らなくて、少し私も感情的に割り込んでしまう。

 彼方さんはそんな私を伺ってから、ゆっくりと話し始めた。

「⋯⋯小夏ちゃんは、占いを信じる? アタシは半分信じて、半分信じない。それに従って生きるのは面倒だし、占いの結果に右往左往されるのも嫌なんだ。でもね、結末が変えられない絶対的な未来が先に待っていたとしても、足を止めちゃならないんだ。進み続けなきゃ、今だって変えられない⋯⋯予言の巫女は、小夏ちゃんも会った事がある人物だよ。名前は、ソラ。彼女によってこの世界の結末は予知されている。彼女曰く、予知された内容は不変の物、つまり──」

 彼方さんは沈黙し、俯いてしまう。

 どうしてそんな顔をしてまで⋯⋯と思う前に、ブラギ様がその言葉を続けた。

《皧狐の手によってこの世界は終わりを告げる。これはもう、決められた事象である。そしてここは九回目の予知を記した世界線の枝。もう我々は⋯⋯この戦いを捨てている》


 呼吸を忘れてしまう程の衝撃だった。

 次々と出てくる言葉に信じる事が出来なくて、置いてけぼりにされている様な気分だった。

 しかしその中で、パズルのピースが埋まる部分がある事が嫌だった。

「今回は」などと云う引っ掛かる言葉を使ってきたのはまさにこの人達、未来を知ってる人達だったから。

「そんなの、急に言われたって⋯⋯」

 彼方さんは悲観する私の肩を掴んで、それを否定した。

 何度も占って結果が変わらない事実なんて、そんなの唐突に言われても、上手く飲み込めない。

《何百、何千と未来を見る事は彼女一人に背負える業では無い、たった九回などと思われるかも知れんな。だがしかし、八回だ。八回も我が身を得体すら知れぬ者に無情にも滅ぼされ、朽ち果てる夢を、九回目の我が見たのだ。きっと、今回も⋯⋯》

「違う! まだ終わってなんかない! だからこそ今回は賭けてるんだって言っただろ!」

「賭け⋯⋯彼方さんの賭けって、一体?」

 既に幾度も終わった世界、掴みどころの無く雲りがかったこんな果てしない話に、私は未だ頭が追い付けていない。

 彼方さんの「賭け」という言葉も、私には半分届かない。

「その前にまず⋯⋯ブラギ王には全部話してもらうよ。皧狐が猫巫女達を狙う理由と、猫巫女の始まりを」

 理解が追いつかないこの状況で、これだけはハッキリと思う事はあった。


 いつまでも浮き沈みした謎を抱えたまま皧狐と相対するのはもう嫌だ、と。

 猫巫女に対して抱えていく不満も疑念も全部整理して、その結果で皧狐と戦う事になっても。


 全部知りたい、猫巫女の事、皧狐の事。

 この世界の事を全部。

「私からも、お願いします。ブラギ様。この世界の全部、知っておきたいんです」

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