第三話 水着の猫巫女 後編 〜フィールドマップをキャラが歩くゲームは今時見ないかも〜

 電車に揺られ、隣町の海岸から少し離れた場所にある宿へ着いた私達は、早々にチェックインを済ませた後、各々が一つの部屋で荷物をまとめて、これから向かう海岸への支度をしていた。


 

 既に沙莉と共にベッドにダイブインを決めているし、そろそろ水着に着替えて海に向かおうかと私も服を脱ぎ着替え始める。

 私は匍匐前進の早い女なので、控えめにフリルのある水着をチョイスして、髪はおさげにはせず後ろで結んで⋯⋯と、隣にいる綾乃へ振り向くと脱ぎかけのメロンが二つ、私の視界にこれでもかと映ってしまった。


「うっそ⋯⋯」


 情けない声を漏らしてしまう程に、その実は大変たわわであった。


 普段の制服姿では全く気付けなかったが、こうして近くで拝見するとでかい、嘘だろ。


 綾乃はそこまで大きくない、そう判断した私の目は節穴だった。


 私の絶望寸前の視線に気付いた綾乃が両腕でぎゅっと寄せてそのたわわな実を隠した。


「こ、小夏ちゃ⋯⋯ダメ⋯⋯」


 その恥じらう姿に目眩がしそうだ。私は綾乃に一言謝ってから、反対側へ視線を向ける。


 反対側では沙莉と紬先輩がいて、既に二人は着替え終わっていた。


 二人共スタイルもよく果実もよく実っている為、こうして比べてみると完全に負け犬である。


 沙莉は部活動でも活発に動く為か、肌が既にほんの少し焼けていて、日焼け後と白い肌の境界がほんのり分かる。


 紬先輩はというと殆ど日に焼けてはおらず、肌の白さを保っていた。


 そんな二人をじっと見つめていると、紬先輩が私達に声をかける。


「とりあえず、海に来たら自由行動でも良いかしら、海に入るもよし、フェスではしゃぐもよし、屋台を巡るのも良いと思うの」

 真っ先に沙莉が反応し、身振り手振りを大きく取る。


「賛成ー! 今すぐにでも海入りたいし、色んなもん食べまくりた〜い!」

 元気よく手をあげて応えた沙莉に乗っかるように、綾乃も賛成する。


「私も⋯⋯聞きたいアーティストがいるから⋯⋯」


「小夏は? どうする?」

 紬先輩が私の返事を待つ。


「うん、私も海行きたいし、かき氷も食べたいですから、沙莉に付いて行きます」


 案の定、私の言葉を聞いたとほぼ同時に沙莉が密着してきた。


「こなっちゃん⋯⋯! あたしの事、やっぱり好きで──」

「あーー、あーー、ええから早く行くよ⋯⋯」


 否定はしない、沙莉にはこの友達の輪以外でも私に良くしてくれていたりするので、今日みたいな特別な日には私から恩返ししたいというものだ。


 恥ずかしさが拭い切れないが、私は抱きつかれた手を解き、もう一度その手を握って部屋の扉の前まで一緒に移動した。


「今日くらい⋯⋯付き合ってあげるから⋯⋯」


 沙莉の顔を見れないまま真逆を向き、照れ顔を極力見せずに私なりの感謝を示した。


 どうせこんな反応を示したとしても、沙莉はいつもの様に弄り倒して来るのだろう、私は反対を向いているから分からないが、今沙莉の顔はにんまりしているに違いない。無言のまま、沙莉の反応を待っていると。


「あ⋯⋯え⋯⋯? うん⋯⋯ほな、いこっか⋯⋯うん⋯⋯ね⋯⋯?」


 え⋯⋯

 いや⋯⋯


 それは違う、違う。

 知ってる反応と違う。

 予想していた反応と違う。

 どうしてそんな。


 ずるい、これ以上は──

 私が──



「何してるの、早く行くわよ二人共」

 紬先輩の声で一時的に我に返り、私達は足早に部屋を後にした。


 綾乃も紬先輩も見ていなかったのか、表情にも現れてはいない。

 四人歩く中で、私と沙莉だけが


 未だ頬を染めて前を歩いていた。


 長い時間硬直し続けていた筈だが、恐らく一瞬の出来事だった様で──

 海岸までの道すがら、繋いだ手から伝わる熱だけが、私達を溶かし合っていた。


     ✳︎


 海岸までやってきた私達は、各々行きたい場所へ移動して散り散りに行動していた。

 紬先輩は屋台を。綾乃は好きなアーティストを観にフェス会場に向かって行った。


 綾乃曰く、頭に猫の被り物を被ってバンド活動をしているアーティストが好きで、今年のフェスに参加している、らしい。どんな陽気なバンドなんだろうか。


 私と沙莉はというと、気持ちを落ち着かせる為にお互い海に入ろうと砂浜に立っていた。その前に。


「あの⋯⋯手⋯⋯」

 流石に冷静になった私は、我慢できず、ここに来るまでずっと繋がれていた手を沙莉の前へ突き出した。


 沙莉はもう片方の手で真っ赤になった顔を覆いながら言い訳を並べ始める。


「あ、ああ⋯⋯いや、ちゃうねん⋯⋯その⋯⋯こなっちゃんの事は、好き、やけど⋯⋯そういうのとはちゃうくて⋯⋯攻められるのが⋯⋯な⋯⋯」


 こんなにも弱々しい沙莉を見るのは初めてだった。いつも私を攻め立てていた沙莉が、攻められる側になるとこうもふにゃふにゃだとは。


「分かってるよそんなん⋯⋯だからっていつまで握ってんのって⋯⋯もう、汗でびしゃびしゃやんか⋯⋯」


 今にも思い出してしまいそうになるあの部屋での一瞬を、私は繋がれた手と一緒に振りほどいた。


「じゃあ⋯⋯海、入るんでしょ⋯⋯ほら、行くよ?」


 真っ赤な顔を隠す様に、片腕を顔に当てている沙莉は無言で頷き、私の後ろに付いて歩いた。


 ずっとこの調子なのだろうかと思っていたが、海に入ってからはいつもの調子が少し戻った様で、真っ赤になった顔は無くなっていた。

 でも、いつも過剰なスキンシップが海ではかなり控えめだった気がする。

 

 

     ✳︎

 

 沙莉に一頻り構った後は一度全員集まり、昼食を済ませていた。その後は色んな屋台を巡ってみたり、持ってきたビーチボールで遊んだりと、時間を忘れて海を満喫した。


 そして夕日が町を包む前の時刻、私達は最後に、綾乃の言っていた猫の被り物バンドの生演奏を見にフェス会場まで足を運び、その空間を全身で堪能しに行った。


 猫の被り物をしたアーティストは意外にもごりごりのロックバンドだったもので、綾乃のセンスがイマイチ分からなくなったのは私だけではないはずだ。


 私はそのバンドを見るのは初めてで、終わりまでずっと頭は暑くないのかと疑問に感じながらも楽しんだ。


 そうしてすっかり夕陽も顔を出して、海の色と合わせたコントラストが私達を包んでいた。


 少し遊び疲れ、私は一人アイスを片手に海岸へ座り、海から夕日を眺めていた。


 今日は生きてきた中でも、特別に思えた時間だった気がする。友達の見たこともない表情も、私の感じた事のない感覚も、全部楽しい思い出になったとそう感じる。


 ただどうだろうか。

 猫巫女になっていなくても、この一日はあっただろうか。そしてこの先、私の日常は平穏でいるのだろうか。


 そんな事を片隅で考えて、ビーチボールを取り出す時に持ってきていたモノクルを手に取って天眼を発動し、片目で海を見る。


 迷魂も何もない、夕日の海に足された流れる星が、より一層この景色を幻想的に映す。

 そうして天眼モノクル越しの景色をじっと眺めていると、綾乃が隣に座ってきた。


「小夏ちゃ⋯⋯楽しかったね、ビーチフェス⋯⋯」

「あ、綾乃! うん、楽しかった!綾乃ロックバンドとか聴くんだね⋯⋯」

「うん⋯⋯普段からよく聴くんだ⋯⋯あのバンドさん達だけだけど⋯⋯」

 綾乃が隣で三角座りのまま、好きの思いを打ち明けてくれた。

「意外だったなあ⋯⋯まだまだ仲良くなれるね、私達」

 綾乃に向けて、私は笑顔を送った。

 綾乃も向日葵のような笑顔を私に送り返して見せ、前のめりに私に迫って来た。

 私の片腕に大きめのメロン二つの感触が襲う。

「うん⋯⋯! 小夏ちゃ⋯⋯! また来年も海、行きたいね⋯⋯!」


「う、うん⋯⋯凄い⋯⋯」

「⋯⋯?」

「ああいや、また行こう、ね! あはは⋯⋯」


 片腕にその感触を残したまま、前のめりになった綾乃を元の姿勢に戻す。


 でっか⋯⋯。


 格差に絶望しそうになっていると、綾乃が何か言いたげにもじもじしている。

 私はそれを見て

「ん? ど、どうしたの? 綾乃⋯⋯」

 綾乃は少し動揺しながら口を開き

「ううん⋯⋯小夏ちゃ⋯⋯最近、明るくなってるというか、行動的になったかなって⋯⋯」

 

「そうかな? いつも通りだと思うけど、なんか変?」

「変じゃないの⋯⋯でも⋯⋯えっと、思ってる事、言うね?」


 改めて、綾乃は私に真剣な顔を向けた。あまり見ない眼差しをしているので思わず息を呑んでしまう。


「えっと⋯⋯なにか、隠してない、かな⋯⋯そのモノクルだって⋯⋯」

「え、あ、ああ⋯⋯隠してるっていうか、これは、その⋯⋯」

 

 綾乃は再び私に詰め寄り言葉を続ける。

「この前もお弁当食べてる時、ずっと考え事してた、よね⋯⋯何かあるんだったら、相談して欲しい⋯⋯友達だから⋯⋯」

 まさか綾乃がそこまで歩み寄って、私の事を思ってくれていたとは思わなかった。

 だが友達とはいえ、言うべきなのだろうか。

 最近の私と、私の猫の事を。

 

「えっと⋯⋯うーんと⋯⋯その⋯⋯」

 言葉に詰まり、少しの間沈黙が流れる。これはもう言わなければ進まない所まで来てしまっている。


 これがゲームやアニメの物語なら、種明かしすべきは最後の方や、誰かしらにバラされるパターンがあるだろう。でも私は、友達に嘘を付いてまで、猫巫女を続けたくなかった。


 多分、きっと、どうにかなる。私は恐る恐る、綾乃に向き合い、口にする事にした。

 たとえ禁じられていたとして、恐れる必要なんてない、私は私の猫巫女を、やり遂げてみせるだけ。


「うん⋯⋯分かった。⋯⋯綾乃、私ね。猫巫女に、なったんだ」


 続けて綾乃に向けて秘密を話す。


「ゴメン、よく分かんないよね。猫巫女って、言われても⋯⋯あのね」


 静寂の中放たれる私の言葉を一つ一つ、綾乃は胸の中に仕舞い込んでいく。


 猫巫女とは何か、ラオシャが居ること、今までやって来た事を綾乃に説明し、打ち明けていった。

 最初こそ不思議がっていたが、綾乃は最後まで私の話を聞いてくれた。


 そしてそんな私達の後ろで、真剣な話をしていると察してくれていたのか、紬先輩と沙莉は少し離れた所で食べ物を食べながら私達を待ってくれていた。

 

「その町の迷魂を全部還すのが、私とラオシャの役目なの」

 綾乃は少し深呼吸をした後、少しずつ言葉を並べてくれた。


「小夏、ちゃん⋯⋯ありがとう、話してくれて⋯⋯」

「ゴメンね、何となく、秘密にしといた方が良いかなって思って、話さなかったんだけど⋯⋯そ、そんなに思い詰めた顔してたかな?」


 恐らく私が迷魂に対して使う技を考えている時だろう。思い返してみるとその日はずっと頭で考えていて、あまり綾乃達との会話にも参加していなかった気がする。綾乃はそんな私の様子をずっと心配してくれていたのだ。


「うん⋯⋯その前の日も、ちょっと⋯⋯動物の匂いも少ししてたから⋯⋯」


 こんな時に猫巫女基本スタイルの弊害が露わになってしまったが、綾乃はそれ程良く私の事を見てくれていた証拠だろう。


「ああ⋯⋯朝起きたらラオシャを吸ったりしてるから⋯⋯」


 明日ラオシャを洗う予定を立てた所で、沙莉から声がかかった。


「お、お〜い、そろそろ帰らな暗なるで〜!」

「う〜ん! 今行く〜! じゃあ、行こっか。今度、私の家に招待するよ、その時にまた一杯話そう?」


「うん⋯⋯! ありがとう、小夏、ちゃん!」


 私は綾乃に約束をし、沙莉達と合流して宿へ戻っていった。

 

 それにしても、こんなにも早く友達に打ち明ける事になるなんて予想もしていなかった。


 帰ったらラオシャにも報告しよう。

 

 今日は本当に色々ありすぎた。

 


     ✳︎


「そんな訳で、綾乃にだけ話しちゃいました」

 

 後日、綾乃を私の家へ招待し、自室にてラオシャを紹介しながら、綾乃に猫巫女について明かした事を話していた。


 ラオシャが話し出す光景に綾乃は怖がっていたが、今は多少落ち着いている。


「まあ、事前に禁止されたりしてなかったし、良いかなって思って⋯⋯」

 

 クッションの上でおっさん座りのラオシャは、綾乃の方をじっと見ながら話し始めた。


「まあ、致し方ないの。ほれ、小夏が昨日からやり出したゲームのストーリーでもあった様に、いつかはバレてしまう物よ、遅い早いは問題では無いな。それに、彼女はなるべくしてなったとも言えるかも、のう」


 ニヤリと口角を上げながら、私の方を見つめてくる。


 私の隣にいる綾乃はというと、私の部屋に入ってから、モニターの下の小さな収納に置いてあるゲーム達を眼鏡も輝かせて見つめている。

 アニメ好きである彼女もまたゲームを嗜むのだろうか。


 そう言えばゲームをする事は話していない事を思い出したので、猫巫女の話が終わったら綾乃の話も聞いてあげよう。


 それはさておき、先程のラオシャの言葉に疑問を抱く。


「なるべくしてっていうのは、どういうこと?」

 綾乃も頭に?を浮かべてラオシャの方を見つめ始める。


 そしてラオシャは口を開き、とんでもない事を言い出した。


「うむ、綾乃は猫巫女の適正ランク第二位じゃからな。小夏が逃げ出したら、次の候補の綾乃を猫巫女にするつもりだったんじゃよ」


「「えええええー!」」


 綾乃と口を揃え、驚きの声を漏らした。

 「これも何かの縁じゃし、綾乃も私と契約して、小夏のサポートに回るというのはどうじゃろうか?」

 ラオシャの思い切った提案に、私は堪らず反応する。


「いやいや駄目だよ! いくら何でも友達を巻き込むのは──」

 

 私の言葉を遮り、綾乃がラオシャの言葉に返事をした。


「あ、あの! ⋯⋯それ、私、やります⋯⋯猫巫女、やらせて下さい⋯⋯」


「決まりじゃな♪」


「なんでぇ!」


 この日を境に綾乃は猫巫女の契約を結び、町には二人の猫巫女が生まれましたとさ。


「めでたい、のかなあ⋯⋯」

 

 猫巫女になってから、色んな事が起きていたんだと、身に染みた私でありました。

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